第9話 ライラ様のお仕事

「にしても、お前は本当によく食べるな」

「んぐ。はい! とっても美味しいので。いつも美味しいお食事ありがとうございます」


 ライラ様に買ってもらって一週間がすぎた。毎日たくさん食べて、毎日お勉強したりライラ様やマドル先輩とおしゃべりしたり、お風呂にはいってゆっくりしたりととっても幸せな日々を送っている。

 たった一週間だけど、幸福度がすでに今までの人生分を超えている。もう元の生活には戻れないレベル。


「美味いのか。他の奴隷の食事風景を目にしたこともあるが、あまり食がすすまないようだから、てっきりマドルの食事が原因かと思っていたが」

「えっ!? めっちゃくちゃ美味しいですよ!?」


 なんでみんなそんな遠慮して……え? 遠慮? え、私が遠慮しなさすぎ? 奴隷の癖に毎日三食しっかり食べて食後のお茶ももらって、最近は三時のおやつとして間食までもらってるの、もらいすぎ?

 いや、だとしてももう、戻れない。駄目だ。話題をそらそう。


「ら、ライラ様はこういう食事はされないんですか?」

「うーん。してもいいが、マドルのつくったものは前に食べた時に薄味だったからな」


 ガチャ! と食器がぶつかる耳障りな音がしてびくっと私は飛び上がりそうになる。ゆっくりそちらを見ると、ライラ様のカップを置いたマドル先輩が犯人だった。

 ライラ様はマドル先輩のいつもの無表情ながら言いたいことがありますオーラを何ら気にすることなく振り向いた。


「なんだ、マドル。言いたいことがあるのか」

「はい。以前主様が私が作ったものを食べたのは、私が生後半年のことでした。そのような幼いころの可愛い失敗をいつまでも引きずるなど、主様もお年をお召しになられましたね」

「貴様、大口をたたくな。それだけ言うなら、私の口に合うだけのものがつくれるのだろうな」

「無論です」

「あわわわわ」


 な、なんだか大変な展開に。と言うか、マドル先輩とライラ様って主従っていうより、作られたって言ってたし親感覚に近いのかな? 薄々そんな気はしてたけど。でも私の前で喧嘩しないで。ライラ様はにやにやして楽しんでいるようにすら見えるけど、第三者の私の心臓に悪いから。


「夕食時、目に物みせて差し上げます。それまでせいぜい、エスト様と一緒にお腹を空かせておいてください」


 慌てる私をチラ見したマドル先輩はそう言うと私とライラ様のカップを下げて食堂を出て行ってしまった。最後の食後のお茶が……。まあ、仕方ない。


 ライラ様はあれから、朝は無理だけどお昼ご飯の時も来てくれる気はあるようで、今日で二回目のライラ様付きのお昼ご飯だった。午前中は毎日マドル先輩と勉強して、午後はお手伝いと言う名の見学したりしてるけど、ライラ様がいてくれるから今日もそれはなしだね。

 今日はどうしよう。前回はおしゃべりしながら一緒にお屋敷の中を散歩して、娯楽室の玩具について遊び方とかいろいろ教わったけど。ライラ様のお仕事は緊急時に出動する正義のヒーローみたいなものらしく、基本は暇らしいけど、いつもは何してるんだろう。


「さて、茶もなくなったし、行くか」

「あ、はい。ライラ様、夕飯まで一緒にいてもいいのですか?」

「かまわんが、お前は何かすることはあるのか?」

「えーっと、何にもないですし、ライラ様といられるならなんでも嬉しいです。普段ライラ様が何されてるのか知りたいです」

「そうか……じゃあ、見回りに行くが、ついてくるか?」

「えっ、行きます! わー、領主様としてのお仕事ってことですね!」


 そっか、緊急時以外も見回りがあるんだ。ますますヒーローっぽい。いや、警察? ライラ様は本当にすごい人なんだなぁ。もちろん見た目からしてすごいのだけど、いい人すぎてそういう感じがなかったし。


「ああ、そうだ。特別にお前には、吸血鬼の力を見せてやろう」

「わぁ! ありがとうございます!」


 わ、わくわくがとまらないね! さすがライラ様、エンターテイナーとしても一流!

 それにこの館、お屋敷? にきてから、考えたら一歩も外に出てないもんね。物干し場に出たりもしてるから実感ないけど、たまには外に出ないとね!


 やる気満々で食堂を出て歩くライラ様についていくと、玄関前にマドル先輩が何かを手に持っていた。


「ライラ様、こちらをお召しになられてください。室内着が傷つきます」

「そうか」


 ライラ様、いつもドレスだけどこのままいくのかな? と思ってたけどマントみたいな外套っぽい上着を渡されて来ている。ていうか、そのいつでも社交界に出て踊れます、みたいなドレスだと思ってたの、室内着だったの? 室内で着てるけども。価値観。まあ私が着てるメイド服も結構いいものだしね。


「エスト様はこちらを。風が冷たいですから」

「ありがとうございます。えへへ」


 そしてライラ様に渡したのと別の小さいのも持ってたから察してたけど、やっぱり私のも持ってきてくれたんですね! ちゃんとした丈夫そうなつくりの皮の上着だ。子供サイズがなかったのか大人のやつで肩が落ちているけど、その代わりひざ丈くらいになっているので、コートみたいに着れる。丁寧に袖をまくってくれたので動きにも支障はない。

 ていうか袖くらい自分でまくれるのに自然にしてくれた。マドルママ……。好き。


「風か」

「はい。主様と違ってエスト様は人間で簡単に死んでしまうのですから、注意してくださいね」

「ふん。そのくらいわかっている」


 おや? 死んでしまう目にあうわけじゃないよね? 見回りって何にも起こってない状況で念のため、予防的な感じでするもんね? 見回りしてますよってアピールで犯罪を抑止するのがメインだもんね?

 ちょっと不安になってきた。それにどこに行くのか聞いてない。軽ーく出てきたから近所だと思うけど、考えたらここって隣の村からも馬車でそこそこ離れていた。結構歩くのかな。いや、体力には自信ある。いける!


「行くぞ」

「はい! マドル先輩、行ってきます!」

「はい。お帰りをお待ちしております」


 マドル先輩に見送られ、いざ、出発! さぁ、頑張って歩くぞー!

 と思ったのだけど


「あれ? ライラ様、どこへ?」

「ん? 見回り、ああ、わかっていなかったのか。この森の見回りだ」


 何故か家の前から続く道からそれ、裏に回るように歩き出すライラ様についていきながら尋ねると、ライラ様は一瞬顔をしかめたけどすぐに説明してくれた。


 ライラ様曰く、この建物の裏手には大きな森が広がってそのまま山へと連なり、大自然が広がって遠くに別の国があるそうだ。そしてこの森は狂暴な生物が跋扈しているので、ライラ様は気が向けば見回って駆除したりしているらしい。

 要請があった時に出動するのとは別でこれも大事な領主としてのお仕事らしい。はえー。なんていうか、領主っていうか守り神では?


 あとライラ様とおしゃべりさせてもらうようになってから気づいたけど、ライラ様普通に優しいだけじゃなくて、偉い人なのに説明したり教えるの好きだよね。質問すると得意げにちゃんと説明してくれる。可愛い優しい。


「はい、わかりました、気をつけまわっ」


 普通の人間が入るには危ない森だから、ライラ様から離れたりしないようにと言われて元気に頷いた勢いで足元がお留守になってしまい、まだ森に入って五分と立っていないのに転んでしまった。

 ライラ様が先導して歩いているのについていくため、小走りになっていたのもあって盛大に転んでしまった。スカートもロング丈だから膝は擦ったりしてないと思うけど、勢いよく手と膝をついてしまった。痛い。手はちょっとすれて血がにじんでる。


「……どんくさいな。あと、足が遅い」

「う、すみません。足手まといですよね」

「ああ、よっと」

「わっ」


 立ち上がって服について砂をたたき落としながら謝罪すると、ライラ様はおもむろに近づいてきて私の上着の襟をつかんで持ち上げた。


「う、うぐぐ」

「ん? ああ」


 一気に持ち上げられ、上着が首にかかって苦しい、と呻くもすぐに解放される。一瞬投げるようにさらに上に持ち上げられてからライラ様の片腕が私のお尻を支えてくれる。


「これなら苦しくないな」

「はい。え、でももしかしてこのまま運んでくれるんですか?」


 片腕で抱っこされてしまった。ライラ様は私が子供なのを抜きにしても長身だ。私のいたところが田舎でみんな発育不良だったとしても、村で一番大きい男の人に負けないくらい大きいと思う。下から見てるのでちゃんとはわからないけど。

 と言うかほんと、近い。普段は半分、とまで言わなくてもかなり身長差があるし、隣の席に座って近くなっていても普通にお話の距離で眼福眼福ーって思ってたのに。こ、こんな、ちょっと勢いがついたら顔がぶつかっちゃいそうな距離。

 私の方がライラ様より上に視線の位置があること自体も新鮮だけど、それ以上に触れたら汚しちゃうんじゃないかと怖くなるくらい綺麗なライラ様の髪が目の前にあって、ライラ様の美しい顔を照らしていてもうキラキラしすぎて目がつぶれそう。

 森の木々の隙間から落ちてくる光は影をおびていて、ライラ様の髪は濃い金の色になっている。お日様の糸のようにきれいな髪だ。真っ赤な瞳も、こうして近距離で見ると宝石のルビーみたいなきらきらしたもので、じっと見てると吸い込まれそうな感じがする。

 でもずっと見ていたい。にやにやした悪戯っぽい顔も素敵。


「文句があるのか?」

「いえっ、文句なんてそんな。その、特等席すぎて申し訳なくて。えへへ。その、嬉しいです。でもあの、ライラ様に手とか触れちゃっても大丈夫ですか」

「気にするな。と言うか、初日は自分から抱き着いてきた癖に今日は遠慮をするんだな、マセガキ」

「えっ、あ、吸血の時の。うー、それはその、記憶がおぼろげですし」


 抱っこしてもらって嬉しいけど、密着具合にドキドキするし緊張して、手持無沙汰だし歩いたり動かれると触れちゃいそうで、失礼にならないかな。と言う気遣いからの質問だったのにとんでもないことを言われてしまった。

 ま、マセガキって。いや前世の記憶込みでもライラ様からしたらガキだろうけど。ていうか、あの時はほんとに意識もうろうとしてたし、記憶もうろ覚えだった。なんとなーくすごい密着して気持ちよくなって抱き着いた気がほんのりしてたけど、ほんとにしてたのか。


「ほう? 今も、ずいぶん動揺しているみたいだが?」

「うっ。それは、ていうか、ライラ様みたいな美人なお姉さんに抱っこされてドキドキしない人います?」

「……ふむ。確認してなかったが、お前は吸血の時の記憶がちゃんとあるのか?」


 真っ赤になりながらした反論に、「確かに他の人間もみんなそうだ」みたいなことを言われて「でしょー!?」ってなるはずだったのに、何故か急に真顔で話題変えられてしまった。いや変わってるかこれ。


「え? えっと、膝にのせてもらった状態で血を吸われて、気持ちいいなーて思ってなんとなくライラ様の頭を抱きしめちゃった気はします。その、うろ覚えですけど。もっと何かしちゃってました?」

「いや、普通に全部覚えているな。お前はあれだな。馬鹿だな」

「えっ、急に。まあ、はい、否定はしませんけど。まだ文字も読めないですし」


 そら貧乏田舎の木っ端庶民ですからね。なんとなく前の世界と違う魔物と呼ばれる生き物がいるし異世界だなーとは思ってもここまでのファンタジー世界と言うことにも気づけない程度の文明レベルで、もう別世界でしょって感じの生活だったし、言われてもしゃーないけど。


「……まあ、いい。手をだせ」

「え、はい」


 言われるまま胸の前に両手をそろえてだす。なんとなくこう、何か渡されるのかな? と思ってお椀のように両手をだした。ライラ様は私を抱っこしているのと反対の手で私の右手をつかんだ。

 右手の手のひらの親指の付け根あたり、さっき転んでちょっと血がにじんでるところだ。たれてくるほどでもなく、赤い点々があるくらいだ。でも強く打ったから、血が出てない面も普通に赤くて力をいれるとちょっと痛い。


「お前、私のものだという自覚がないのか?」

「えっ、あ、ああ、ありますけど?」


 じろっと半目ににらまれながら言われた言葉に思わず動揺してしまうけど、奴隷なのでそりゃあライラ様のものだ。当たり前だ。でもそんな風にこんな至近距離でそんなものとか言われたら、変に意識してしまうでしょ、そりゃあ。


「お前の血の一滴まで私のものなのだから、気をつけろ。ん。うむ」


 私の変な感じの返事に構わず、ライラ様はこれまた意味深な単語で注意してから、私の手をなめた。べろり、と傷跡をひとなめしただけで、怪我したからだろうって頭ではわかってたけど、でもなんていうか、びっくりするよね。

 ていうか舐めてからすごい満足そうにうなずいたけど、そんなに血って美味しいんだ?


 わかるけど、わかるけど、ぬめっとした感触と言い、その口元といい、満足げな顔といい、なんかちょっと、エッチでしょ! ただの食事だってわかってるけども! ただでさえ密着でドキドキしてのに、こんなことされて心臓がおさまるわけがない。


「なんだ、赤くなって。本当にお前はマセガキだな」

「そ、そんなことはぁ……」


 私の手を離してライラ様はおかしそうにくすっと笑う。そのお上品な微笑みはさっきの表情とは全く違っていて、ギャップで頭がおかしくなりそうなくらいだ。

 思わずもじもじと両手をあわせてから、はっと気が付いた。右手の痛みがなくなっている。見るとにじんだ血がなくなっているだけではなく、赤みが消えていた。皮膚のちょっとすれていたのも綺麗になっている。


「あ、あれ!? 怪我が」

「ふっ。お前は本当にどんくさいな。行くぞ」


 混乱する私に、呆れたようなライラ様はおかしそうに笑ってから、私を抱っこしたまま歩き出した。

 よくわかんないけど、これも吸血鬼の力なんだろう。すごい。今の衝撃でちょっと私の心臓も落ち着いたし、落ち着くか。ってもしかしてライラ様それが目的もあって? ライラ様……お、落ち着け。

 いくらライラ様の腕の中とは言え、森の中は危険って注意も受けてるんだから、落ち着いて回りを見ておくくらいしないと。


 ……にしても、ライラ様、なんか花みたいないいにおいするなぁ。

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