第8話 ライラ様のお慈悲
「お前か」
「あ! ライラ様! こんばんは! ご機嫌麗しゅう?」
夕食を食べ終え、あったかいお茶をもらってほへーとマドル先輩に見守られながらゆっくりしていると、食堂にライラ様が現れた! 慌てて席からたってご挨拶する。
「ふ。なんだその似合わない挨拶は。ガキが無理しても似合わんぞ」
「えへへ、はーい」
口は悪いけど、気を使わずもっと普通でいいってことだよね。優しい! 好き!
ライラ様は私たちをじろり、と寝起きだからか昨日より機嫌の悪そうな顔で見てから、ツカツカと足音高く近寄ってきて、マドル先輩と別の方の席をひいて座った。
よく考えたらこの館はマドル先輩しかいないわけだけど、ライラ様ってマドル先輩のひとりをお供につけてたりしないんだね。二人くらいつけてても全然おかしくないオーラ、と言うか普通にご主人様なのに、そんなことないんだ。
でもそんなちょっと乱暴な仕草も美しくてどこか気品を感じる。
「マドル、お前がこんなところで座って茶を飲んでいるとは珍しいな」
「お茶ではなく水です」
「黙れ」
「あ、あの、すみません。私が一人でご飯を食べるのが寂しいので、一緒にってお願いしたんです。お仕事の邪魔してごめんなさい」
ライラ様がにらんで険悪なムードになってしまったのはマドルさんの言い方も問題だったと思うけど、でも私のお願いのせいで怒られてしまうのは申し訳なさ過ぎて切腹ものだ。私はあわててライラ様に向かって頭を下げる。
うう。せっかく昨日は多少好印象かなって思ったのに、これじゃ、当分献血当番もまわってこないよね。
「お前が? ……ふん。誰彼構わず尻尾を振る駄犬だったようだな」
「え、そ、そういうつもりでは」
どことなくすねたような声音で怒られて顔をあげると、私がにらまれている。いや、私が怒られるのは想定内だけど、なんか思ったのと違う内容で怒られてる?
「わ、私が一番好きなのはライラ様です! 第一印象から決めてました!」
「くっ、何を訳の分からないことを言っている。お前が愚かなのは見てわかっているぞ。まだ食事中なんだろう? 席につけ」
「あ、はい」
立ちっぱなしだったのをそう言って座らせてくれた。優しい。と言ってもお茶をゆっくり飲んでただけで食べるものはもうないんだけど。
あー、でも、お腹がおちつくほんわかまだ温かくて甘いミルクティを、ライラ様見ながら飲むのおいしいぃ。なんだかすごく高級なお茶の気分。いや元々高級なんだろうけど。
思わず見とれながら飲んでしまう。ライラ様、切れ長の美しい目の形なんだけど、ちょっと細められることで睫毛の影がおちてするどい美貌。明るい室内では金に輝く髪が、ライラ様の美しさをアピールするように縁取っている。なんてじっと見ていると、口元がふっとゆるめられた。どきっ。び、美女すぎる。
ずずっ。
「あ、すみません。つい」
美味しすぎて一気に飲み切り、最後すするみたいにちょっと下品な音をたててしまった。
「ふっ。ガキに礼儀は期待していない」
「ありがとうございますっ」
不手際も笑って許してくれる。優しい。言い方がちょっと乱暴でアウトローっぽいのも、すっごい似合っててほんと格好いいなぁ。美人は何をしても絵になる。
「エスト様、おかわりはいりますか?」
「あ、はい。ありがとうございます、マドル先輩。お願いします」
「かしこまりました。主様は何か飲まれますか?」
「……いれろ。が、それはそれとして、なんだ、先輩というのは」
立ち上がったマドル先輩が二人分のお茶を入れてくれる。マドル先輩には悪いけど、ライラ様とお茶してるみたいで、なんだかわくわくする。と私はテンションをあげているのだけど、ライラ様は変な顔をしている。
「先にライラ様にお仕えしている先輩と言うことで呼ばせてもらっているんですけど、駄目でしたか?」
「……いや、マドルがいいならいいが。お前は本当に、変わっているな」
「えへへ、照れます」
「照れるのか。ふん。しかし一人で食事が寂しいというが、他の奴隷はどうした?」
「う……あの、私は別に嫌われているとかじゃないですけど。その、なんだか距離を取られているといいますか」
まだこの家に来て二日目なのだ。全然? 全然仲良くなれてなくても不思議じゃないはず。でもほかのみんなは一緒にいるみたいだし、あの、なんか改まると私、同年代と友達ができないから年の離れたお姉さんに甘えている子供みたいじゃない? ち、違う。いやでもマドル先輩の優しさに甘えまくっているのは事実っ!
「そうか。私もお前のようなものは初めて見るが、そうだろうな」
そうだろうな、とか言われた。全然強い言葉じゃないのに、ライラ様の今までの言葉の中で一番きついんですけど。私がハブられるのは想定内に見えますか、そうですか。
「……くくっ。哀れなやつだ。仕方ないな。次から私がお前の食事に立ち会ってやろう」
「えっ!? そ、そんな特別待遇をしてくださるんですか!?」
しょんぼりしてしまう私に、楽しそうに笑ったライラ様はそんな提案をしてくれた。飛び上がるように顔をむけて喜ぶ私に、ライラ様はにんまり微笑んでくれる。
まるでお友達になじめない園児に保育園の先生が一緒にいてくれるみたいな優遇じゃん! ふ、ふくざつー! でもライラ様と一緒にご飯とか、ご褒美以外のなにものでもない! 嬉しすぎる!
思わず背筋をのばしておしりをあげかけながら確認する私に、ライラ様は口元を隠すように手を添えて目をほそめる。
「ああ。お前の血はうまかったからな、特別に、甘やかしてやろう」
「ら、ライラ様! 惚れちゃいそうです!」
「くくく、はは、はーはっはは! いいぞ。特別に私に思いを寄せることを許そう。称えるがいい」
テンション上がって図々しい私の冗談についに笑い出したライラ様は上機嫌でそう言ってくれた。ライラ様、この美貌と地位をもちながらノリもいいなんて、最強すぎる。
「きゃー! ライラ様ー! 優しい! 素敵! この世のだれより美しいその美貌! しゅき!」
「ぅはははは!」
ノッてくれたライラ様に全力で応えるため、私は両手を口の横に添えてメガホンのようにして大きな声でライラ様を褒め称えた。豪快に笑うライラ様もいい。純粋に見た目もいいし、私なんかの語彙のない褒め言葉にこんなに喜んでくれるなんて可愛すぎか?
「お茶、冷めますよ」
と言うマドル先輩の突っ込みも耳に入らない私はしばしライラ様を称えた。
〇
「まさか本当に毎日お風呂にはいっていいなんて……マドル先輩、私、言ってくれたらいつでもマドル先輩の入浴介助もしますからね!」
「気持ちだけもらっておきます」
夕食を終えてお風呂もいただいた。マドル先輩としてはまだ私の汚れは落ち切っていないようでまた丸洗いされてしまった。
本気で感謝してるし、一方的に洗われるのも申し訳ないから一緒に入って洗い返してあげたいのだけど、全然その気はないらしくつれないお返事だ。
マドル先輩からしたら、私子供だし一人でいれられないから見てくれるけど、自分はゆっくり一人でお風呂に入りたいタイプなのかな? そういう人もいるよね。これ以上は言わないでおこう。
「ただいまー、ナトリちゃん」
「あ、お帰りなさい……」
部屋に戻るとナトリちゃんがいた。昨日ぶりだ。ようやく会えたね!
「ナトリちゃん、今日はみんなで集まってどうしてたの? 奴隷の先輩はいい人たちだった?」
「あ、う、うん。いい人、だったよ、その、色々、ここでの生活について教えてもらって」
ナトリちゃんは昨日より身ぎれいになっているので、お風呂もそっちで教わって入ったのかな? さっきまで入ってたのになんだかタイミングが全然合わないなぁ。
「ねぇナトリちゃー」
「わ、私もう寝るね!」
「え、あ、ごめんね。邪魔して。お休みなさい」
「……」
色々聞きたかったのだけど、もうお眠だったのか不機嫌そうにそう言われてしまった。布団に頭までくるまって、返事もなしだ。
うーん、なれなれしくしすぎたかな? これでもナトリちゃんのベッドにまで言って隣に腰かけてお話しようと思ったのを我慢して自分のベッドに座ったのに。
まだ遅い時間じゃないけど、明かりを無駄に使わないように庶民は寝るのが早いのが普通だ。もしかして私がお風呂から戻ってきたら騒がしいだろうから、それまでは明かりをつけて待っててくれたのかな?
とりあえずさっさと私も寝てしまうことにする。マドルさんに言ったらさっき渡された歯ブラシで歯を磨いて、今日のところは就寝する。
明日こそ早く起きて、奴隷の先輩に挨拶しないと。マドル先輩に文字を教えてもらう予定もあるし、あ! そうそう! 明日はライラ様が一緒にご飯食べてくれるんだもんね! めっちゃくちゃ楽しみー!
とわくわくした私はやっぱりなかなか眠れなくて、翌日も起きた時はナトリちゃんはいないし、遅めになってしまった。
「ま、マドル先輩、ナトリちゃんたちはもう朝ごはんは?」
「すませています」
「うっ、ですよね。ごめんなさい、マドル先輩。ライラ様は? 朝食の時間に来られてましたよね? 怒ってました?」
「ああ、主様が朝に起きれるはずがありませんから確認していませんが、寝ているでしょう。昨日はあれだけ大口をたたいたのですから、夕食時間にはまた来るのではないでしょうか」
「あ、あー、なるほど」
よ、よかった。考えたら具体的に何時に、と約束してないし、私はみんなが何時にご飯食べてるか知らないんだよね。ライラ様が何時って思ってたかもわからないし。
ライラ様は優しいけど、ご主人様なんだから気を付けないと。今回一歩間違ってたらライラ様を待たせてたわけだし。なにより、そんなことして嫌われたくない。
あんな綺麗なライラ様に嫌われて、あの玉座から見下されると考えると……ちょっと悪くない気もしてきたけど、ライラ様の場合嫌われたら普通に無視して捨てられそうだし、ほんと、気を付けないと。
「朝食を食べたら、昨日していた勉強の続きをしますか?」
「お願いします!」
とりあえず、今日も一日頑張るぞ!
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