第7話 お勉強の時間

 食堂のドアは両開きでちょっと大きい。今の私では片方開けるので精いっぱいだ。いつか大きくなったらばーんと両方一気に開けたいものだ。


 昼食にお腹を空かせながら中に入ると、すでに他の奴隷が待っている、と思っていたのに全然そんなことはなかった。誰もいなかったし、マドル先輩が料理を並べていることもなかった。なにもない。

 あれれ? さっき出ていった台車はどこに?


 とりあえず朝も座った席につく。生活に問題が無い程度には背丈はあるけど、自分で椅子をひくと結構重いし、椅子に座ると足が床につかない。冷静になるとこの広い部屋、長テーブルに一人だけでこの状態は落ち着かない。


 他の奴隷仲間は一緒にお昼食べないのかな? 早く来すぎただけなのかな? 一人だと寂しい。マドル先輩まだかな。


「失礼いたします」

「待ってました!」


 座ったまま周りを見渡して待っていると、ドアが開いてマドル先輩が台車を押してやってきた。


「遅くなりましたね。他の方の給餌をすませてからきましたので」

「あ、すみません、全然私最後で大丈夫なので。気を使わせてすみません」


 待ってました、と言ったせいで先輩に謝らせてしまった。反省。お約束でつい言っちゃったけど、相手を選ばないと。マドル先輩は真面目でお堅そうだし、冗談は通じない、と。


「ええ、大丈夫です。気を使っているわけではありませんから」


 うん? にこりともしていないけど、冗談かな? マドル先輩、意外と冗談も通じる人だったのか。美人で有能で表情筋は仕事しないけどおちゃめさんって、なにそれ、正直好き。

 と思ってるとマドル先輩がお皿を並べてくれているのと反対側に別のマドル先輩がもう一台台車を持ってきた。


「昼食からノンアルコールドリンクをご用意させてもらいました。ミルクや果汁ドリンク、その他多種多様な茶葉も用意しておりますが、希望はありますか?」

「あっ、そういえばそんな話を晩御飯の時にしてましたね。えー、そんな贅沢いいんですか?」

「もちろん水でも構いません」

「オレンジジュースでお願いします!」


 せっかくなのでここはジュースを選ぶぜ! えへへ、前世でもご飯の時はお茶か水だったから、ジュース飲めるの嬉しい。


「オレンジですね」

「わ、わー!」


 マドル先輩は籠にかかった布巾をとり、オレンジを取り出すとぱっと切断して二つにして絞り出した。め、目の前でしぼりたて! こんな贅沢、ほんとにみんなやってるの!? 王侯貴族でもほんとにやってるってくらい贅沢じゃない!?


「すごーい! ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 マドル先輩はスマートに私の前にカップを置いた。


「いただきます!」


 美味しそー! さっそく一口いただく。すっぱい! 苦い! でも砂糖いれてくれてるから後味あんまい! こんな味だったなー! 美味しい!


「んはー! 美味しいです!」

「それはよかったですね」

「はい!」

「では私はこれで」

「あ、マドル先輩」

「はい、なんですか?」


 一気飲みしたコップにお代わりを注いでもらっていると料理を用意してくれていた方のマドル先輩がそう声をかけてきたので思わず引き留めると、ジュースの方のマドル先輩が返事をしてくれて、料理の方は出て行ってしまった。

 や、ややこしいな。二人いるとどう会話していいのか混乱してしまう。


「えっと、マドル先輩はもうご飯食べたんですか? よかったら一緒に食べませんか?」

「私は食事の必要がありません」

「……ん? え、それってご飯を食べないってことじゃないですよね?」

「ご飯を食べないってことです」

「ええ!?」


 もうご飯食べたって可能性もあるよね、と思ったら本当に食べないなんて。マドル先輩は、なんだっけ、人造人間? なんか違うな。とにかくつくられた不思議生物で人間じゃないってのは聞いたけど、食べないってどういうこと?


「じゃあマドル先輩は飲まず食わずというか、栄養補給とかしなくていいんですか?」

「主様の魔力と水分があれば生命維持することが可能です。そのため固形物の摂取は必要ありません」

「それは……でも食べられないわけじゃないんですよね?」

「そうですが、排泄が面倒なので。何故一緒に食べたいのですか?」

「えーっと、その、一人だとちょっと寂しいので、つい。う、すみません。マドル先輩にはお仕事があるのに、甘えたこと言って」


 最初はちょっとした気持ちで尋ねたのだけど、こんなに美味しくて幸せな気持ちになる食事があって食べないなんてもったいない! と思いから食べてみてほしかったのだけど、私と一緒に食べてほしいがためにめっちゃ推してたみたいになってたよね。そしてその理由が寂しいからって。子供すぎる。子供だけど。


「そうですか。水分なら問題ありませんので、横で見ていましょう」

「え、いいんですか?」

「かまいませんよ」


 や、優しい。無表情で一見とっつきにくそうに見えて、お料理もお世話も完璧で、それでいてこんな簡単に甘やかしてくれるなんて……ママ? 私はこの世界のママをようやく見つけてしまったのか。


「マドル先輩、好きです」

「は……はぁ。そうですか」


 あ、さすがに驚かれた。明確に驚いたって表情になった。無表情をくずせるとなんかちょっと嬉しいよね。

 気のない返事をしながらマドル先輩はすっと私の隣に座った。という過去のマドル先輩、さっき勉強教えてもらう時も思ったけど、椅子に座るだけでもこう、お上品って感じするよね。


 マドル先輩は自分の分のカップを用意して、そこに透明の液体をそそいで口をつけた。


「マドル先輩、それは?」

「水です。いいものではないので、自分の分を食べるように。冷めますよ」

「はーい。じゃあ改めて、いただきます!」


 昼食をいただく。昼食のメインはパイ。表面ぱりぱりで中はごろっとお肉がでてくる。あー、たまらん。


「めっちゃ美味しいです、マドル先輩」

「そうですか。よかったですね」

「マドル先輩、食べれるのに面倒だから食べないなんてもったいなくないですか?」

「まあ、一切食べないわけではないですが、気分がいい時だけですね」

「趣味って感じなんですかね」

「まあそうです」


 まあマドル先輩みたいに食べなくていいとそういう風になる? なるか? 私はお腹いっぱいでもこんな美味しいものだされたら絶対食べたいし、甘いものは別腹っていうくらいだし、誰でもそうでは? 生きるのに不可欠だけどそれ以上に美味しいものは趣味でしょ。ううむ。まあでも、不可欠な人間でも食事いい加減にする人もいるし、あんまりつっこんでもうっとうしいよね。


「このサラダも新鮮でおいしいですね」

「朝採れたものですからね」

「あ、そうなんですね」

「基本的に昼前に食材が届くようになっています。あなたたち奴隷は夜でしたが、それは主様の食事時間に合わせたものですから」

「あー、なるほど。新鮮な方がいいですもんね」


 私はマドル先輩自身の話題はそれまでにして、食べながら下品にならない程度に会話を楽しんだ。

 にしてもほんと、味見すらしないなんて、じゃあなんでこんな美味しいご飯作れるんだろう。マジでマドル先輩、有能とか通り越して天才では?


「ごちそうさまでしたー。あ、片づけなら危なくないですよね? 手伝います」

「ふむ。まあ、いいでしょう」

「やったー」


 料理は断られたけど、お皿洗いは火も使わないし包丁も持たない。料理に使ったのはもうとっくに洗っているだろうしね。私でも少しずつお手伝いするぞ。


 と言うわけでお手伝いした。と言っても、一緒にキッチンに行って洗ったのは本当に私のだけだった。他の人のは? と聞くとそれぞれの部屋で食べているし、とっくに終わっていると言われてしまった。

 そういえば誰も食堂に来ないなとは思っていたけども。マドル先輩とのおしゃべりが楽しくてついのんびりしてしまった。


 ゆっくりだらだらご飯をたべるなんて贅沢だもん。許されるならそうしちゃうよね。

 反省、と思わなくもないのだけど、マドル先輩が嫌な顔ひとつせずに許してくれるので甘えてしまう。


「はい、ではこれで最後ですね。ではエスト様、あとは」

「この後は何するんですか?」

「掃除ですね」

「むむむ……見ててもいいですか?」

「いいですけど、暇ですか?」

「暇です。掃除しながらおしゃべりしてくれますか?」


 本当はお手伝い、と言いたかったけど、お皿洗いくらいなら洗剤の違いはあっても基本やることは同じだけど、掃除となると。庶民のお家は無駄にする布がないので雑巾もないし、ただ箒ではくだけ。この綺麗なお屋敷は絨毯もあるし、窓ガラスもあるし、専用のやることがあるはずだ。

 と言うわけで見て盗ませてもらうことにした。私の図々しくてお邪魔だろうお願いに、マドル先輩は快く(多分きっと)頷いてくれた。


 それから私は午後もマドルさんと友好を深め、お掃除の勉強をした。それが終わったら休憩時間と言うことで、さすがに申し訳なくなったので自分の部屋に戻った。

 同室のナトリちゃんがいたらな、と思ったけど誰もいなかった。他の奴隷仲間はどこに……と思って一人で屋敷の中の探検をもう一回してみたけど、他の人はみつけられないまま晩御飯の時間になった。


 マドル先輩の姿はちょくちょく見たのに、他はいない。みんな部屋の中にこもってるのかな。何してるんだろう。村にいた時の子供とは外で駆け回って遊んでたから、この世界の室内での遊びがわからない。アナログゲームかな? トランプとかあるのかな?

 遊技室? みたいな遊ぶ部屋っぽいのもあったけど、よくわからない棒や球があったのにあんまり遊ばれてる感じがなかった。埃とかはないけど、手垢とか使い込んだ感じが全然なかったし。ビリヤードっていつできたんだろう。こういうのがその前身なのかな?


 あんまりマドル先輩にばっかりべったりであれこれ質問しすぎるのも、今は優しいけどそのうちうざがられるかもだし自重しないとだよね。うーん。でも一人で遊ぶのってなにしよう。こう見えて私は村では普通にお友達いっぱいだったからね。一人遊びが苦手なのだ。前世ではいっぱい一人で遊ぶ方法はあったけど、今は全然何をしていいのかわからないし。

 どうしたものか、と思いながらも私は夕食の時間を教えてくれたマドル先輩の言葉にスキップしながら食堂に向かうのだった。


 まあ、なんとでもなるでしょ! 今までは生きるか死ぬかみたいな貧乏暮らしだったのに比べて天国なんだし!


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