第5話 最高の朝がきた

「うーん」


 なんだか久しぶりにぐっすり寝た気がする。いつもはお腹が減っているし、寝床も固いのでこれ以上寝られないと勝手に体が起きだすのだけど、何だか今はもっともっと寝ていたい気分だ。

 お腹も空いているというより、なんかちょっと変な、腹痛まで行かないけど、あ、胃もたれかこれ。


 と、そこまで考えて目が覚めた。そうだ。ベッドもふかふかで寝心地もよくて、だからこんなにぐっすり寝ちゃってたんだ。


 そう、私はついに、最高の就職先を手に入れたのだ!


 目を開けるとそこには見慣れない天井。なんと照明がついているし、多分石造りでつるつるの天井。まるで私の前世の家のようだ。と言うかこの世界電気あったのか。昨日何も考えてなかったけど。

 それ言ったらそもそも吸血鬼なんていうファンタジー人種もいたし、私全然この世界の事わかってなかったんだなぁ。村とその周辺の事しか知らないんだから当たり前だけど。生態系も変わってて見たことない生き物がいっぱいいるとは思ってたけどそれは異世界だし、と流してた。ファンタジー異世界だったのは全然気づかなかった。


「お目覚めになられましたか」

「ふぁっ!?」


 目を開けたままぼんやり考えていると唐突に声をかけられ、めちゃくちゃビビった私は飛び起きた。

 ベッドのすぐ横にマドルさんがいた。どうして、と思ったけど、よく考えたら昨日ベッドに入った記憶がない。隣のベッドは空だし、盛大に寝坊しているのは置いといて、血を吸われたあと寝ちゃったからマドルさんが運んでくれたし、心配してくれたのかな?


「おはようございます、マドルさん。寝かせてくれたんですね。ありがとうございます。ご心配おかけしました」

「はい。おはようございます。食欲はありますか?」

「はい! 食欲はあります!」


 ちょっと胃もたれしてるかも、と思ったけど嘘です! お腹空いてます!

 考えたら胃もたれは久しぶりのお肉、それも今まで食べたことないくらいたっぷりだったからだね。この体、今まで食べたことあっても鳥肉か兎肉、それも家族で分けて体格順だから一口分、とかだったし。そりゃあ胃もびっくりするよね。毎日食べて胃をならす必要があるよね!


「いい返事です。ではまず身支度から」

「あ、自分でできますから大丈夫です! ちょっと待っててくださいね」


 貧血になってると思われているのか。服を出して準備まで手伝ってくれようとするので、私は慌てて自分で動く。顔を洗って着替えて、トイレもすませる。ちょっとだけ髪も濡らして手櫛を通して、と。


「あ、ところで吸血って毎日だったりしますか?」

「いえ、一度血を抜かれたらしばらくはありません。そうですね、あなたの場合は多くても一か月に一度くらいがいいでしょう」


 献血も最低そのくらいは期間あけるんだっけ? 一回したっきりだからあんまり覚えてないけど、思った以上にちゃんと体調管理されてるんだなぁ。どのくらい飲まれたのか分からないけど、今のとこ体調に問題もないし、一か月に一回なら余裕だね。

 まあ私が聞きたかったのはライラ様が毎日血を吸うのかなってことだったんだけど。どっちにしろ私が会えるのは一か月後か。一か月あれば血も綺麗になりそうだし、よーし。頑張るぞ!


「あ、ところで同室のナトリちゃんはどうしたんですか?」

「すでに昼前ですので、他の方はすでに朝食をとり、自由行動となっております」


 部屋を出て、昨日と同じ食堂に向かいながら気になったことを質問すると、どうやら寝坊したのは私だけみたいだ。まあ、血を吸われたんだから仕方ないよね。


「そうなんですね。自由行動と言うのは、休憩時間ですか?」

「自由は自由です。きちんと食事をとり、毎日睡眠をとり、傷をつくるような禁止行為をしなければ、基本的に時間の過ごし方は自由です」

「え? ……え? 私たち奴隷って、こう、下働きはしないんですか?」

「健康的に生活して血を体に蓄えるのが仕事です」


 食料なのはわかっていたけど、思っていた以上にそれしか求められていなかった。しかも部屋に引きこもるのも健康に悪いから、館の中を歩き回るのも奴隷同士でおしゃべりするのも自由で、必要なものがあればいつでも声をかけてくれていいって。メイドさんすらこき使えるって、どれだけ至れり尽くせりなの。思ってた五億倍最高の職場だった。

 ただもちろん、ライラ様に出会ったらちゃんとした態度をとるようにとのこと。機嫌を損ねた時の保証はないと。そりゃあそうだよね。そんなのどこでもそうだ。新人が最高権力者に嫌われてクビにならないわけがない。


「了解です! 全力で媚びを売ります!」

「私には必要がありませんので、敬語も必要ありませんよ」

「まあまあ、それはそれとして、ここでの生活の先輩なんだからいいじゃないですか。マドル先輩」

「……ふむ。まあ、好きに呼ぶといいでしょう」


 ただのおふざけのつもりだったけど、どうやら先輩呼びを気に入ってくれたみたいだ。だったら今日からあなたはマドルさん改めマドル先輩だ!


「マドル先輩、自由時間ってことですけど、毎日だと暇すぎると思うんですけど、他の奴隷の人はどうやって過ごしているんですか?」

「ほとんどが各自の部屋に引きこもっていますので、個室内までは干渉していません」

「えぇ」


 いや、悪いことじゃないけど、個室の中に引きこもるだけって暇すぎない? しばらくはゆっくりするのもいいけどさすがに毎日やることなかったら暇すぎて発狂しそう。


「下働きじゃないってことですけど、お手伝いできる仕事とかあれば全然やりますよ。家事なら家でもしてましたし」

「いえ、必要ありません」

「……はい」


 さらっと言われたけど、必要ない、かー。ちょっと傷つく。いやまあ、足手まといなのはわかるけど。

 まあそうだよね。何もしなくていいってことだけど、ようは私たちは家畜だ。牛乳をだしている牛にそれ以上を求めないように、奴隷に他の仕事はないし、急にしたいって言われても子供の手伝いなんて邪魔なだけだよね。


 うーん、よし! そうだよね、私子供なんだし、全力で毎日夏休みだと思って楽しも! それがいいよね! 折角の人生楽しまなきゃね。


「ところでマドル先輩、今日のご飯はなんですか?」

「希望があればききますが、朝食は基本的にパン、スープ、ハムに卵です」

「りっ、理想的すぎるっ!」


 やだー。言うことなしじゃん!


「最高です! 先輩!」

「お褒めに預かり光栄です」


 マドル先輩は相変わらず無表情だったけど、私の賛辞に気持ち微笑んで会釈してくれた、気がした。

 なんてやりとりで多分好感度をあげていると食堂についた。ちょっと期待したけどライラ様はご不在である。と言うか私たちが利用するってことは、多分ここ豪華そうだけどライラ様がいつも使うとこじゃないんだろうな。


 中に入るとすでに食事が用意されていて、その隣にマドルさんが立って給仕してくれていた。


「マドル先輩、ありがとうござ……」


 うん? 振り向くとマドル先輩がいる。テーブルの横にもマドル先輩がいる。


「ま、マドル先輩、双子だったんですか」

「いえ。私は主様に作られた人造生命体であり、魔法で数を増やしているだけです。全部で10人まで増やしていますが、いずれも私ですので同一人物として扱ってください」

「???」


 えっ、ちょっと情報量多すぎない!? 人造生命体!? ホムンクルス!? そして魔法!? 魔法のある世界だったの!? 奴隷になってから急に世界観変わるじゃん! 田舎の村狭すぎ!

 えっと、でもさすがに魔法あるんですか? って質問したら世間知らずすぎ、怪しいってなるかもだよね。そのくらいは知ってたことにしないと。


「ど、同一人物って言うことは、記憶とか感覚も共有してるんですか?」

「はい」

「すご! マドル先輩めっちゃ頭いいですね!」


 10人分の情報を処理って、つまり常に遠隔で10人分操作してるみたいなことだよね? すごすぎる。私はゲームのキャラですら自キャラしか見えないのに。


「……はい。冷める前にどうぞ」

「あ、そうでした」


 前の先輩から言われてしまった。ど、どっちを向いて話せばいいのか混乱するな。とりあえずご飯だ!


 席について早速いただく。あ、水だ。と言うか、この水普通に美味しいな。ちょっとまろやかって言うか、今まで自分で煮沸してたのと全然違う。水まで美味しいとか、最高か。

 パンは相変わらず柔らかいし、ハムと卵もいい。シンプルながら、前世の朝食を思い出すくらい、今世ではめちゃくちゃ贅沢。ハムって加工品だし、卵なんて見たことない。そう言えばうちの村では畜産とかなかったなぁ。田舎なら鶏くらい育てていてもおかしくない気がするけど、今まで考えてなかった。と言うか鶏っているのかな。いるよね、兎もいるんだし。

 見たことない生き物もいるけど、兎とか鳥とか前世と変わらないのもいるんだよね。だから勘違いしてたけど、これから毎日ほぼニートみたいなものだし、折角だから色々知りたいなぁ。


 そんな風に今後について考えながらも朝食を終える。


「ごちそうさまでした」

「はい。では片づけます。エスト様は後は自由に過ごしてください」


 食べ終わった途端、マドルさんはテキパキと片づけを始めてしまう。とは言え、これからどうすれば。


「えっと、手伝います」

「いえ。台所は危険ですから立ち入り禁止です。暇なら案内をいたしますが」

「えーっと、大丈夫です。一人で探検してきます」

「はい。昼食の時間になったらお声がけいたします」


 断られてしまった。怪我だけはしないようにってことだし、包丁とかある台所は駄目なのか。少なくとも信頼のないうちは手伝いも難しいってことだよね。考えたら私だけ時間ずれてて、そのせいで忙しいのかもだし。

 この生活になれるまで、ちゃんと言われたことには素直に従っておこう。


 と言う訳で私は一人でこの部屋を出る。


 さて、探検、と言ったけどどうしようかな。こういう時、私は玄関から右から順に全部屋総当たりするタイプなのだけど。とりあえず自室にもどってトイレをしてから、自室中心に位置関係を把握してみよう。

 さすがに自分の部屋には帰れる……やばい。何個目の部屋だっけ? この階なのは間違いないけど。


「あ」

「あ! ナトリちゃーん。みんなも昨日振りだね」


 階段を下りて歩きながらこの辺だったよな? と思っていると、反対側の廊下からみんなが歩いてきていた。声をかけてから、さらに後ろから知らない人たちが一緒なのに気づいた。男の人は執事服? にしたらもうちょいラフだけど、多分私のメイド服みたいに使用人の男性服なんだろう。おそろいのシンプルな服を着ている。


「う、うん。元気そうで、よかったね?」

「あ、そうそう。昨日血を吸われて寝ちゃったみたいなんだ。心配かけてごめんね」

「う、ううん。大丈夫ならよかった」


 ナトリちゃんはまだ距離のある感じだけどお話してくれた、はいいけど他の人は微妙な顔で私の事見てるな。あ、もしかして、他のみんなより一足早く吸血されちゃった私って、ちょっと嫉妬されてる?

 そうだよね、最初に吸われたなんて自慢になっちゃうよね、自重しないと。


「そっちの人は、奴隷の先輩ですか? どうも、初めまして。昨日ここの奴隷になったエストです。よろしくお願いします」

「……よろしく」

「よろしくお願いします」


 はじめましての先輩二人は挨拶を返してくれたけどどこか固い顔をしている。


「一人で何を?」

「えっと、さっき起きてご飯を食べたところなので、部屋に戻ってから探検をしようと思ったんですけど、自分の部屋がわからなくて」

「この並びは全部奴隷の部屋なの。元は客室だったから、わかりやすいようドアに模様があるでしょ? これを覚えるといいわ」


 言われてみればドアの真ん中の上の方に四角い枠があり、そこに動物のマークみたいなのが書いてある。背が低いから気付かなかった。


「なるほどー。ナトリちゃん、どこの部屋かおしえてくれる?」

「う、うん。ここだよ」

「ありがとう、ナトリちゃん」


 ナトリちゃんが指さして教えてくれたのは私がいたのと二つ横のところ。マークは鷹? かな? くちばしがあって羽を広げている横向きの鳥だ。


「よかったわね。それじゃあ私たちは行くわね」

「あ、はい」


 確認しているとさっさと他のメンバーは別の部屋にはいってしまった。いや、確かに探検の予定だったけど、あれなら全然、ご一緒させてもらって先輩と親交を、と思ったのだけど、まあ無理しても仕方ない。

 タイミングが悪かった。転校してきてクラスに馴染めない人みたいなものだろう。ナトリちゃんは手を振ってくれたので、手をふり返して自分の部屋に入った。

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