第4話 ライラ視点 おもしれー奴隷

 私はこの地を統べる偉大なる吸血鬼、ライラ・ガートルード・ヘイワードだ。人間と違い、代々引き継いできたなどと言う矮小なものではない。私は実力で人間どもを負かし、その力を見込んでこの地の主になることを求められたのだ。

 と言っても人間の政などわからんので、それは街にいる人間が勝手にやっている。私は財産として城をもらい、金をもらい、この地に限れば血を吸うための人を買うことすらできる。そのかわり、何かあった時にはこの地を守るために力を振るわなけばならないが、ようはこの地は私の為の人間養殖場なのだから、崩壊しないために力を使うのは当然だろう。


 と言うことでお互いの利害が一致したことで、私はこの地の主となったのだ。それからかれこれ100年くらいはたっただろうか。最初の頃はこの地を攻めてくる愚かな人間はあふれるほどいたが、ここ30年ほどはそう言ったこともないので少々暇だ。

 最初は城の管理もどうしたものかと思ったが、私が作り出したマドルにより今は快適に過ごせている。最初は役立たずだったが、今では10体にまで数を増やし全て一人でしてくれるのでとても助かる。マドルを生み出した私はやはり天才、ということだが、その分時間に余裕がありすぎる。

 立地上どうしても庭に入り込む獣の見回り以外はわりと暇だ。だからこそ、今の私にとって吸血は生きる為、以上に大事な日々の楽しみなのだ。


 そんな大事な血である奴隷はできるだけ多く欲しいが、あまりにも多く使い潰せば数が減っていずれなくなってしまう。そのくらいはわかっているので、ほどほどに大事にしているし、おかわりも手持ちの奴隷が減ってきたら頼むことにしている。

 今回は残り5人になってしまったので頼んだのだが、6人が届くと言うことだ。最初の頃は毎回10人以上来ていたのだが、最近は二ケタになることがない。中には口に合わない者もいるのだからもう少しくらいは数が欲しいのだが、今度言っておくか。


 今残っている5人は味がよかったものだが、内3人は最近味が落ちてきている。今回でせめて3人はいいのがいればいいのだが。


 そう思いながら待ちわびた入荷に、何やら毛色のおかしなものが紛れ込んでいた。

 普通、ここに運ばれてくる奴隷はこれからの生活に絶望しているものだ。そもそも身内から捨てられ、これから食料になり、味が合わなければいつ処分されるか分からないという状況に希望を抱く方がおかしいだろう。

 だと言うのに、能天気に立っている。わくわくした顔で私を見ていて、他の者と違いすぎる。


 だが面白い。このままでは無礼だと注意しなければならないので、立っていいことにしてやったが、他の者は当然立たない。そんな中、立った方がいいとアドバイスまでしている。図太すぎるだろう。


「あ、はい! えっと、えへへ。すみません。さっきの人買いさんから聞いてなくて。小間使いとして買われたのかなって思ってるのですが、違いますかね」

「ふっ。そうか、無知で鈍い娘だ」


 どうやら小間使いとして買われたと勘違いしているので、ちゃんと正してやったがその表情は全く変わらない。どういう思考回路をしているのか。

 あげく、部屋を出る前に振り返って笑顔を見せてくるとか、お前、ちょっと可愛いじゃないか。

 今日の味見が悪くても、ちゃんと健康体になるまでは様子をみてやろう。


 それからしばらくして、ガキが戻ってきた。血をもらう前には必ず体を清潔にさせている。そのくらい考えればわかることだろう。だが想像もしていないのか少し身ぎれいになったガキはご機嫌だ。

 そもそも熱い湯につけられている時点で下ごしらえをさせられていると、入浴をしらない貧民は勘違いすることすらあるようだが、鈍いだけあってそう言った発想がないようで普通に風呂を楽しんだようだ。


「私のことは気にするな。お前の様子を見にきただけだ」

「そうなんですね。あの、お風呂ありがとうございます。マドルさんのお陰でぴかぴかになりました」

「ま、多少はましになったな」

「えへへへ」


 食事に私が居合わせるのも、気にするなと言うと何故か照れつつも食事を始めた。

 アルコールをとるのが初めてというのは少し疑問だったが、しかしその変わった経歴は味の違いにも出るに違いない。楽しみだ。


 ガキはとてつもなく嬉しそうに食事をしている。ああ、わかる。美味しい食事は人生を豊かにする。それまでが惨めな食事だったからこそ、豊かな食事はこれ以上ない幸福になるのだ。それを思い出した。


「御馳走様でした」

「満腹になったか?」

「はい!」


 満面の笑顔で返事をするガキを見ると、以前気まぐれに拾った犬を思い出す。弱っていて、マドルが世話をしていたのだ。私が主人だと理解して尻尾を振っていた。たかが10年もせずに死んでいったが、今思えば、可愛い生き物だった。


「そうか、では、次は私を満腹にしてもらおうか」


 こいつはいったい何年もつだろうか。そう湧き上がる歓喜を胸に、私はようやくガキの血を口にできることに久しぶりにわくわくしながら、ガキを引き寄せて膝にのせる。


 料理のおいしさと言うのは、素材の味、料理と言う行程、そして食べる状況が合わさって完成する。血液の味もそれに似ている。持ち主の血の状態はもちろん重要だが、それ以上に私が血を飲む瞬間に抱いているその人の感情。それが味付けとなる。


 今までいろいろな味を飲んできた。時には泥をすするように吐き出したくなるほど不味い血で命をつないだこともある。だからこそ、生活において金も名誉も強さもあらゆる余裕のある今はグルメこそが私の人生の喜びと言っていい。


 長く生きたが故の渋みも悪くはないし、幼いが故の単調でシンプルな味わいも悪くない。男も女も老いも若きもそれぞれに特徴があり、その人物の体質、個性、それぞれ全然違う。だからこそ、こうして私は常に新しい血を求めてきた。


 だからこそ、この規格外の変わり者の血はどんな味なのか。私は楽しみにしていた。到着してすぐは健康面に問題があるものも多いし、混乱が先立っているので味見するのは控えるのだが今回は別だ。


「……なんだ、顔を赤くして。何を考えているんだ? このマセガキめ」

「あ、あうぅ」

 

 いざ、と言う段になって恐怖があふれだすのは珍しいことではないが、このガキときたら何故か顔を赤くしている。吸血をなんだと思っているのか。面白すぎるだろう。


「ふっ、なあ、お前さっき、痛いのか聞いただろう? 教えてやろう。私が吸われたことはないが、吸われると、気持ちいいらしいぞ?」

「えっ、そ、そうなんですか!?」


 ちょっとした悪戯心でそんな冗談を言ってみると、まんまと信じたようでますます顔を赤くしている。


 そんなわけないだろう。常識的に考えろ。吸血の痛みでショック死されても困るので、痛くないようにはしているがそれも私が意図的に魔法で感覚を麻痺させているだけだ。純粋に体から血が抜かれる感覚になるのだから、気持ちいいものではないだろう。自分がされたことはないのでわからないが。

 想像だが命の源であり力が抜けていくような感じがして死の恐怖を感じるのではないだろうか。


 にやにやして何かを期待しているガキに、これ以上待てなくて噛みついてやる。どんな味だろうか。


「!」


 期待はしていた。だけど、なんだこれは。このガキの血の味は。今までのどんな血より甘美でしびれるような甘さだ。見た目通りの栄養失調らしい薄い風味で濃くもないのに、まるでデザートを食べているような心地よさすら感じる美味だ。


 私は口をつけた瞬間に、このガキの味の虜になってしまった。

 ごくごくと勢いよく流し込むように飲んでしまう。一度目はあくまで味見のつもりだった。健康的な体にしてからの方がコクがでるからだ。だがそんなこと関係なく、普通に飲んでしまう。


「っ」


 まずいな、と思いながらも飲んでしまう私に、ガキは手を動かした。一瞬抵抗するのかと思ったが、どうせ大した力も出ないのだからと私は味わうことに集中して無視をした。


「!?」


 しかし、抵抗ではなかった。ガキはなんと私の頭を抱きしめる様にしてそっと撫でたのだ。甘みが、さっきよりもまろやかになり、包み込まれるような幸福感にすら感じられて、私はさらに強く吸い付いた。


 ずずず、とあまりの美味しさに音を立ててすすってしまう。


 なんて美味いんだ。このまま、果てがくるまで味わっていたい!


「失礼いたします」


 ぱーん! と金属の重量がありつつも軽く響く音がすると同時に頭を揺さぶられ、私は思わず口を離していた。


「なっ、何をする!」


 乱暴に離したので少し血がこぼれてしまった。ガキの首筋に空いた穴は私の唾液によりすぐふさがるが、もれた血でぬれている。私は力が抜けて落ちていきそうなガキをもちあげ、その首筋を舐めながら振り向く。

 マドルが私を銀のお盆で叩いたようでやや凹んだお盆を手に平然とした顔をしている。いや、こいつが表情を変えることは基本的にないのだが。


「マドル、貴様、何のつもりだ」

「それはこちらのセリフです。今夜は味見だけで、もっと肥えさせてから食事にするはずでしょう? 食事用の奴隷を連れてきました」


 そう言えばその予定であった。マドルは以前購入した生き残りの奴隷女を連れている。マドルと同じ服を着ていて、ここに来た頃に比べてずいぶん成長し血色もよくなっているが、私を前にして恐怖におびえ真っ青になっている。

 確かに、この女は比較的お気に入りの味をしていた。あまりにたくさん吸うと人間はすぐに死んでしまうので、一度吸ってから時間を空けなければ二回三回と味わえないので、今日の食事はちょっとした楽しみにすらしていた。


「ああ、いらん。このガキの血の方がうまいからな」


 だが、それは過去のことだ。今となってはこのガキに比べてなんて味気ないことだ。今の私はこの血しか飲みたくない。


「そうですか。ですがそちらの奴隷はそれ以上血を吸われると命を落としてしまう危険性がありますが、今日だけで飲み切る予定なのでしょうか?」

「なにっ、ま、まだそんなに飲んでないだろう?」

「来たばかりで栄養が十分ではありません。複数回食事として使うつもりなら我慢してください」

「ぐ、ぐうぅ」


 食料の管理はマドルがしているので、私では状態がいまいちわからない。確かに顔色はさっきよりは青くなっているが、まだ平気にも見える。

 だが万が一、飲み切ってしまったら? これほどの血、これ以降またいつ巡り合えるかわかったものではない。


「ちっ。好きにしろ」


 ガキをそっとマドルに渡す。下手に扱って怪我でもされたらたまらない。私が血を吸ったのでしばらくはただの人間より丈夫になっているはずだが、たとえすぐ治るとしてもこのガキの血は一滴でも無駄にするのはおしい。


「はい。こちらはどうされますか」

「いらん。戻しておけ」


 今はまだ、この口内に残るガキの血の味の余韻を味わっていたい。生きるのに血が必要ではあるが、人間のように毎日摂取しなければいけないわけではない。今の私なら数十年程度なら摂取せずとも力が低下することもない。

 久しぶりにしばらく血を絶つのもいいかもしれない。そうすればもっと、このガキの血を美味く感じるだろう。


 私は久しぶりの歓喜に、上機嫌で部屋に戻った。

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