第3話 初めての吸血

 お風呂からあがると、前開きの浴衣みたいな簡単なワンピースを着させてもらった。こういうのこの世界にもあるんだ。懐かしいし馴染む。これもしかしてこの世界の寝間着なのかな?


「それでは夕食ですが、本日はこちらの部屋でとっていただきます」

「はーい」


 お風呂の気持ちよさに忘れていたけど、私はいつでもお腹ぺこぺこ欠食児童なのだ。お風呂場を出てそう言われた途端、私のお腹はきゅうきゅう鳴りだす。

 どんなご馳走だろうか。もちろんね、本当にすんごいご馳走を期待しているわけじゃない。でもこのお城ででる料理だ。例え下働き用でも私の今までの食生活に比べたらご馳走にきまってる。そもそも満足に食べられる量があるだけで滅多にないご馳走なのだ。

 もしかして、お肉がはいったスープもでちゃったりなんかして。想像するだけでよだれがでてくる。前世では当たり前でたくさんメニューも味も知ってるだけに、食欲は人一倍あると自負している。

 まだ寒いってほどじゃないけど、そろそろ白菜がでてくる季節だ。そうなると白菜と肉団子のホワイトシチューなんかよく食べてたなぁ。


 もちろん私はしたっぱもしたっぱだ。お肉がなくても文句はいわない。この世界のパンは保存を効かせるために基本かたいからね。野菜スープでもあればどんなに食べやすいかといつも思ってた。そのくらいなら期待しても大丈夫だろう。


「こちらです」

「えっ、ら、ライラ様!?」


 案内されてわーい、とはいった大きな部屋のテーブル席に目をやると、なんとそこにはライラ様が!

 駆け寄るとテーブルにはライラ様のところには何もなく、私が座るんだろう空いてる席にだけご馳走がならんでいる。


 お、お、お肉だ! とと、それよりなんでライラ様がここに? と言うかどこもかしこも大きいから麻痺してたけど、こんな立派なダイニングで私がご飯食べていいのかな?


 ライラ様は席まで近づいた私に、さっき玉座で見たのよりいくぶんフレンドリーな雰囲気でほれ、と椅子を指差した。


「お前のだ。好きなだけ食うがよい」

「ら、ライラ様は?」


 座りながら尋ねると、ライラ様は不遜な表情でにこりともせず机に頬杖をついた。


「私のことは気にするな。お前の様子を見にきただけだ」

「そうなんですね。あの、お風呂ありがとうございます。マドルさんのお陰でぴかぴかになりました」

「ま、多少はましになったな」

「えへへへ」


 頭を下げたところ全身じろりと見られて褒められた。照れる。いやまあ、元がひどすぎたのかもだけど。


「じゃあさっそくいただきます!」


 テーブル席についてしっかり挨拶してからご飯! と、さすがにね、ここでがっついて行儀の悪いところを見せる私ではありませんよ。きっとライラ様がここにいるのは私の能力テスト、最低限の礼儀があるかの確認にちがいない。一人だし、他のみんなはきっとすでに順番に済ましたんだろう。

 私はまずはお腹を落ち着けるため飲み物を手に取る。


「んっ、おしゃけ」

「ん? 口に合わなかったか?」

「い、いえ、お酒を飲んだのは初めてで」

「そうなのか。お前のような貧民ではアルコールのない飲み物を用意するほうが難しいと聞いていたが、時代が変わったのか」

「そう言うわけではないですけど、まあ川があったので煮沸したりして飲んでました」


 小さい体にお酒はよくないからね。水の性質のせいか口当たりもわるいし、あんまり美味しくないし、煮沸しないと危険だ。煮沸だって火をつけるのに時間も手間も薪代もかかる。

 緑豊かな田舎の地なので枯れ枝を集めては自分用に煮沸したり、最低でもろ過はして飲んでた。ろ過装置は当然手作りなので衛生面は微妙なところもあるけど、幸いひどい下痢になったりはしていない。まあ元々衛生環境良くないしね。私の体に抗体がある可能性もある。

 一応川魚のいる綺麗な川の上流をつかってはいたけど、綺麗に見えても山の湧水だって飲んじゃ駄目って言うし、多分何もなしだと普通にお腹壊してただろうね。


「そうか。マドル、水」

「エスト様、こちらを。次回からはお食事の時にはノンアルコールの飲料を用意いたしますが、本日はこちらで我慢してください」

「あ、ありがとうございます。すみません」


 さげられてしまった。もう日が落ちてしまっていてろうそくの明かりだから気付かなかったけど、多分匂いからして果実系のお酒なんだろう。アルコールの味に慌ててしまったけど、前世も合わせて初めてのアルコールだったのでちょっともったいない気もする。

 なお、この世界の実家で飲ませられたクソまずビールもどきはノーカンです。


 まあいい。それより今は、お肉だ!

 はやる気持ちを抑えて、まずはパンを、あ! パン、やわらかいっ。手でちゃんと千切れる。バターを、あ、この小さいのバターナイフか。バターナイフでつけて、ああ! 美味しいっ。小麦の味がするよ! 今まで食べてたパンはパンじゃない。小麦をこねくり回した何かだ!

 涎があふれそうになりながらなんとかパンを一口食べ、いよいよお肉だ。ステーキ。フォークとナイフで、あ、複数あるのは外から使うんだっけ? あ、でもそれってコース料理だし順番がどれがどれかわからないし、えっと、とりあえずメインなんだから大きいの使っておこう。


 そーっとナイフがお皿にあたらないよう注意しながらお肉を切る。そう、切れるサイズのお肉! ああ、断面がある! 震えそうになりながら一口。


「んんっ」

「どうした?」

「おいふぃいえふ!」

「……そうか、よかったな」


 めちゃくちゃ美味しい! 美味しすぎて涙が出てしまった。ライラ様の声がひいてるけどそれどころじゃない! あー、こういうのだよ、こういうんでいいんだよ、食事って! これが人間らしい食事ってことだよ!


 私は極めて人間らしく、可能な限りマナーを守りつつも、サラダやスープ、バターに至るまでひとかけらも残さず食べきった。

 お腹がいっぱい過ぎて、はちきれそうだ。でも、すごい満足感。このままお腹がはじけて死んでも悔いはない!


「御馳走様でした」

「満腹になったか?」

「はい!」

「そうか、では、次は私を満腹にしてもらおうか」

「はい?」


 にやり、とここで初めてライラ様が笑顔になった。その発言の意味がよくわからずきょとんと首を傾げてしまったけど、それ以上にライラ様のその悪戯っぽい笑顔の魅力に何も考えられなくなってしまう。う、美しすぎる!


「その小さな脳みそではもう忘れたか? 私は、吸血鬼だぞ?」

「えっ、もしかして、私の血を?」

「そうだ。こっちへこい」


 遅れて気が付く私に、ライラ様は口の端をあげたまま腰を上げ、ひょいと私を猫の子の様に持ち上げて自分の膝に乗せた。

 あ、あわわわ。近! いやわかるよ、血を飲むなら近づかないと無理だもんね。でも、こんな膝に向かい合って座るとか、こ、恋人の距離感じゃん! 女同士とは言え、こんな綺麗な顔を近くで見せられると普通にドキドキしちゃうんですけど! 駄目だよ! こんなのガチ恋の距離ですよ!


 かーっと顔が熱くなる私に、正面から目があっているライラ様はきょとんとした。

 うっ。さっきの女王様然とした表情と違って無邪気な感じになると、途端に少女らしい可愛さを感じてしまう。ライラ様が何歳なのか知らないけど、こうやって見ると大学生くらいにも見える。綺麗で可愛いとか、最強すぎる。


「……なんだ、顔を赤くして。何を考えているんだ? このマセガキめ」

「あ、あうぅ」


 一瞬見つめ合ってあわあわ慌てる私の心情を察したようで、ライラ様はまた悪戯っ子みたいににぃっと笑ってぽんぽんと私の頭を軽くたたくように撫でる。

 そ、そんな風に、まるで近所にいるちょっと意地悪だけど面倒見のいい優しいお姉さんみたいな顔されたら! 好きになっちゃうよぉ!

 初対面からテンションはあがってたけど、それはあくまで職場の上司がアイドルっていうか、推しがいるほうがやる気出るって言うことであって、そう言う意味じゃなかったのに。これは本気で危ないかもしれない。


「ふっ、なあ、お前さっき、痛いのか聞いただろう? 教えてやろう。私が吸われたことはないが、吸われると、気持ちいいらしいぞ?」

「えっ、そ、そうなんですか!?」


 ちょ、ちょっと待ってよ。だって、この状況的に直接首とかに噛みついて血を吸うんだよね? そんなのキスじゃん? それでさ、キスして気持ちよくなるとか、そんなのえっちすぎるでしょ! そんなのいいの!? 私まだ十歳だよ!?


「くくっ。もっと赤くなったな。本当に、マセガキだな」

「んっ」


 ライラ様は熱が引くどころかゆであがりそうな私に笑うと、ちょっと私を持ち上げて首筋に噛みついた。

 一瞬ちょっとひやっとした感覚にびっくりする間もなく、ずぶり、と何かがはいってくる。想像したような痛みはない。むしろちょっとツボを押されたような痛気持ちいい、と思った瞬間、ずる、と体から何かを吸い込まれるような感覚。

 血を吸われているのだ、と気付くのが遅れたのは、その感覚がすごく気持ちよかったからだ。なに、これ。体から力が抜けそうなくらい、気持ちいい。


「っ」


 密着しているので、ごくり、ごくり、とライラ様の喉が動くのが分かる。気持ちいいのと同時にライラ様が私の血を飲んで喜んでくれるのがわかって、さっきのライラ様の言葉を思い出す。

 そうだ、私が、私の血でライラ様をお腹いっぱいにするんだ。そう思うとなんだか、気持ちいい以上に愛おしい気持ちも出てきて、お腹いっぱい飲むんだよ、なんて、そんな気にもなって、私はどこか薄れいく意識の中そっとライラ様の頭を抱きしめて撫でた。


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