第2話 メイドのマドル

 メイドのマドルさんが案内してくれた部屋は、なんと二人部屋だった。大きなお城だから部屋が余ってるのかもしれないけど、それにしたって子供、それも買われたばかりで何の実績もない子供二人で一部屋なんて贅沢な話だ。

 私たちは全員で六人で、女の子4人なのでちょうど男女別だ。私は一番年下っぽい女の子、ナトリちゃんと一緒みたいだ。よろしくね、と声をかけると黙って頷かれた。

 まだ心の壁があるけど、これでも村では他の子たちとも仲良かったのだ。その内仲良くなれるだろう。


 私たちを引き連れて、マドルさんは部屋の説明をしてくれる。部屋はシンプルで右手側に立派なベッドが二つあって、反対側がクロ―ゼットでマドルさんが着ているメイド服がいっぱいかけてあった。やっぱりこれがお仕事着みたいだね。

 隣の引き出し式の箪笥にシンプルなシャツとズボン、下着もたくさん入っているので合ったのを使うようにとのこと。


 さらに突き当りは大きな窓ガラスもあって日光の取入れも完璧だ。危なくないよう羽目殺しで表と裏に木枠がついているのでそうそう割れたりもしないだろう。さらになんと、隅っこにトイレもあるのだ。


「トイレの説明は以上です。理解できましたか?」


 室内はトイレもついていて至れり尽くせりだ。これだけ大きいと、トイレまで遠いと大変だもんね。村だとトイレは共同だったから夜中に外に出てトイレをすると言う最悪な環境だったから助かる。


 トイレは壁の隅の小部屋にあって、低い位置に壁から便器が生えていて、しゃがんですれば壁の中を通って地下に直接向かうぼっとん式だ。かなり深いみたいで物を落とさないよう注意された。基本自然に流れるけど使用の度に衛生の為、横の水道からコップ一杯程度水を流して便座を綺麗にするようにと言われた。

 そう、なんと水道が通っているのだ。だったらトイレも水洗にすればいいのに、と思ったけどそれはまた別なのかな? トイレの中に水道があるけど、飲むようじゃないから飲用水は毎日用意する水差しから飲んでと言われた。ちゃんと覚えないといけないことは多そうだ。


「はい。大丈夫です。マドルさん、質問いいですか?」

「私に敬称は不要です」

「え? けいしょう?」

「いえ。ご自由に。それよりなんでしょうか」


 なんでしょうか、と言われてから、あ、今のは敬称、つまりさんつけなくていいよって言われたのかと気付いた。馬鹿みたいに普通に首を傾げてしまった。いやだって、敬称ってあんまり言わない言葉だし。

 まあ、ご自由にって言ってくれたから、マドルさんでいいよね。いわば使用人の先輩なんだし、敬っておいて損はないはず。


「はい。さっきの方はなんと呼べばいいんでしょうか。ご主人様とか、ご領主様とか、色々あると思うんですけど」

「お好きに呼んで構いません。些事を気にかける方ではありません」

「そ、そうなんですね。じゃあ、ライラ様とかでも?」

「……はい。問題ありません」


 おお、じゃあライラ様でいこう。名前で呼べるなんて、なんかわくわくするね! さすがにライラさんはおかしいし、様が無難だよね。なにより様付けがめっちゃ似合うし。もちろんこれからこのマドルさんについて色々勉強したりしてとりあえず下働きをするんだろうけど、血を吸われてもよし! ってなったら会えるだろうし。

 あー、楽しみ!


「以上でよろしいでしょうか?」

「あ、他にも色々気になることがあるんですけど。例えばご飯とか、あとお風呂とかってあるんですかね。部屋にはないですけど」


 一日のスケジュールとか色々気になることはたくさんあるけど、自分の欲望に忠実な質問をしてしまった。だってこの世界に生まれてからずっと水浴びしかしてないもん。お風呂にはいって体を洗えたら、あと普通にお腹減った。パンをもらえたとは言え、そもそも基本いつもお腹減っている状態だからね。一つでは全然足りない。普段なら石をなめたりして誤魔化していたけど、今はそれができないから結構空腹が気になる。

 トイレがあって水道が通ってるなら、当然お風呂もあるだろう。さすがに毎日入れるとは思わないけど、血を吸う前にはいれてもらえたりするのかな?


「食事はご用意いたします。お風呂ですか。……問題ありません。すぐに入浴されますか?」

「えっ、いいんですか?」

「はい。ご入浴されている間に食事の準備をいたします」

「やったー! 至れり尽くせりじゃないですか。ありがとうございます!」


 新参なんだから遠慮しろ、と思われるかも知れないけど、新参で小汚いからこそ、ここで遠慮してたら駄目だ。まずは綺麗になって、体作りをしなきゃね。そう、血の為にも!


「他の皆さまは入浴されますか?」


 てっきりみんな私の質問にナイス質問! みんなで行こうぜ! となるのかと思ったらみんなは遠慮している。そんな遠慮がちでいいのかな。でも疲れたから部屋で休みたい、と言っているから無理はいいか。

 お風呂って疲れるもんね。今日は別に動いてないからそんなに疲れてないし、お腹は減ってるけど久しぶりのお風呂、是非堪能したい、あ、そっか。みんな私と同じように売られるくらい貧乏人なんだから、お風呂の良さをしらないのか。

 今日はいいとして、明日にでも入るようにすすめればいいか。


「では、エスト様のみご入浴ですね。エスト様、ナトリ様はこちらの部屋を。他の方を部屋に案内してから迎えに参りますので、しばしお待ちください」

「はーい」


 私とナトリちゃん二人になった。とりあえずベッドとベッドの間にあるテーブルセットに席に着く。ナトリちゃんは戸惑いながら私の向かいに座った。


「いやー、疲れたね」

「う、うん」

「ナトリちゃんも今日は疲れてるだろうけど、お風呂は明日にでも入った方がいいよ。体の汚れがとれて、とっても気持ちいいから」

「おふろって、なに?」

「え……そ、そっか。えっとね、あったかいお湯につかって体を綺麗にすることだよ」

「……こわい」


 え、恐がられてしまった。うーん。説明が悪かったかな。


「晩御飯ももらえるみたいで、嬉しいね。ご飯なんだろ。ご馳走だといいけど、あんまりいいご飯すぎるとお腹がびっくりしちゃうかな」

「……おねえちゃん、こわくないの?」

「え? まあ、色々不安なこともあるけど、大丈夫大丈夫、なんとかなるって。一緒に頑張ろ」

「…………うん」


 うーん。まだちっちゃいから仕方ないんだろうけど、すごい、ずっと今にも泣きそう。お母さんが恋しいのかな。でもまだ仲良くないのに抱きしめたりするのもなぁ。


「お待たせしました」

「待ってました!」


 悩んでいる内にマドルさんが戻ってきた。いやった!


「着替えはこの服を使っていいんですよね」

「はい……いえ。こちらで用意していますので」

「あ、そうなんですね。何から何まですみません」


 最初だしラフな服でも用意してくれてるのかな? なんにせよ楽しみ!

 うきうきでお風呂にマドルさんについてお風呂に向かう。


「今回は最初だしいれてもらえるってことだと思うんですけど、マドルさんとか、先輩方はどれくらいの頻度でお風呂にはいれるんですかね」

「いいえ……入浴は毎日可能です」

「えっ! まじすか! やった! さすがライラ様!」

「あなたは主様のことを何も知りません。なのにさすが、なのですか?」

「え? はい、だってすでにめっちゃいい人じゃないですか。こんなボロボロの子供にも優しいしー、美人だしー、部屋もベッドも大きくてお風呂もつかえるなんて! 最高!」

「そうですか……」


 あれ、なんか含みのあるような間があるな。全然表情も声のトーンも一定だから感情読み取りにくいけど、ちょいちょい間が空くような。

 もしかして、血を吸われるのってめっちゃ痛かったりする? それで同情されてるとか? ええー、だったらどうしよ。私痛いの嫌いなんだよね。注射も嫌いだったけど、世のためと思って献血はしたことある。一回だけだけどまたしようとは思っていた。あれくらいなら我慢できる見積もりだったんだけど……


「ここです」

「わぁ! す、すごい! ほんとにここを私が使っていいんですか!?」

「もちろんです」


 お風呂でか! 銭湯じゃん! ずっとお湯がでてるライオン! ライオンじゃないか! 異世界にもいたのか! そんで奥の湯船、花が浮かんでるー! おっしゃれー! あの個室っぽいのはまさかサウナ!? 手前とか天井にあるのあれ、普通にシャワーじゃん!

 現代の銭湯じゃん! 最高! こんなん、どんなに採血が痛くても我慢するしかないじゃん!


「お風呂の使い方を説明しますね」


 まずは脱衣所だ。ここも普通に一部屋くらいの大きさで、籠がおいてあってそこに着替えやタオルがある。そこで脱いで綺麗なガラス越しに見えてる浴場へさあいかん!


「あれ、マドルさんは脱がないんですか?」

「私は説明するだけですから。まず最初に体を清めます。こちらへ」


 天井からのシャワーっぽいところに立たされる。マドルさんが壁のハンドルを操作すると予想通りシャワーが降り注ぐ。


「うあー」


 き、気持ちいい! 水浴びはしてからきたけど、ほんと段違い! 程よく温かくて、浴びてるだけで体から汚れが落ちていく気になる。めちゃくちゃ気持ちいい。


「こちらでまずは髪から洗います」

「あ、自分で」

「綺麗になるまでおとなしくするように」

「はい」


 ちょっと強めに言われたので大人しくする。今までまともに洗ったことのない私は相当汚れていたみたいで、何度も何度も洗われた。丁寧な仕草だし優しくて気持ちいんだけど、何回もされたのでなんかちょっと肌がぱつぱつする。 

 まあ最初に頭があんまり泡立たなくて見るからに汚い水が流れた時点で諦めたけど。でもすごい、一皮むけたくらい綺麗になった気がする。気持ちいい。


「ふー……気持ちいい」

「お疲れ様です」

「あ、いえいえ、本当にありがとうございます」


 時間はかかったけどようやく湯船につかれる。立ったままだったので疲れた。

 湯船につかっている私のすぐ後ろに直立不動で待ってくれているマドルさんには悪いけど、ちょっとだけゆっくりさせてもらおう。でもちょっと気まずいので、適当に雑談をしようかな。折角だし仲良くなれるかもだし。


「マドルさんのおかげですっきりしました。それにすごく気持ちよかったです。おかげさまで綺麗に、なってますよね?」

「はい。泥まみれから見違えました」


 ど、泥まみれ、と思ってたんだ。あの、はい。そうですね。

 体を見た感じ綺麗になっているんだけど、鏡がないからあまり実感が無くて確認したところ、綺麗にはなっているみたいなのでよかった。今気づいたんだけど、お風呂場にもだけど部屋にもなかったね。あれだけ偉い人だと周りの人がお世話するから鏡とかいらないってことなのかな?


「マドルさん、本当にありがとうございます。今度、機会があればお返しに私がマドルさんのお背中流しますね」

「いえ、結構です」


 秒で断られてしまった。めちゃくちゃ優しいので勘違いしそうだけど、あくまで仕事で仕方なくやってるんだもんね。表情も全然変わらないし。


「はい。すみません。マドルさんにはお手数かけしました。以後、このようなことが無いように致します」

「いえ、お気になさらず。いつも主様のお世話でなれておりますし、エスト様のお世話は新鮮で中々興味深いです」


 ま、マドルさん、優しい。全然表情変わらないから好かれてはないだろうけど、でも別に、新人の癖に手間かけさせやがって! みたいな悪感情も抱いてない感じ?


「マドルさんはライラ様の事、主様って呼んでるんですね。昔からここで働いてるんですか?」

「はい。この命続く限りあの方にお仕えすることが私の使命です」

「あ、そうなんですね」


 おっも。あ、いやいや。そのくらい厚い忠誠心ってことだもんね。いやー……中世の忠誠心重すぎ? なんてね! 私もそのくらい、はちょっと。あの、精一杯頑張ります。はい。


「私もこれから精一杯頑張ります!」

「はい。応援しております」


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