第51話

満華side



夏休み限定で通うことにした塾。


その日の夏期講習が終わり建物を後にする頃には日が傾き夜空が広がり始めていた。


少し重い教材が入った鞄を肩から掛けて、帰路に着く。


「ただいま〜」


当然一人暮らしなので返事は帰ってこない。

だが、癖というのは中々抜けきらないようでこうやって無意識のうちにやってしまうのだ。


「おかえり〜〜」


「はぁ……」


誰も居ないと思った部屋の奥から返事がきた。

この唐突なレスポンスは普通なら絶叫ものだが、この声の主を私は知っている。


声のする部屋に向かうと、ソファに寄りかかったお姉ちゃんがアイスを頬張りながらテレビを見ていた。


なんと、堕落してみっともない姿だろうか。

まるで休日の私を見ているようだった。


「お姉ちゃん……なんでまたいるの?」


「んえ?」


「んえ?じゃなくて、どうしてここにいるのかっての」


「ほれはへぇ……ほーんと、かふかふひかひかひろひろあっひぇ――」


「取り敢えず、口の中にあるアイス全部食べちゃってからでいいわよ…」


アイスを頬張っているためか、うまく喋れないらしく何を言っているのかまったくわからなかった。


お姉ちゃんがアイスを飲み込むのを待ってから再び尋ねる。


「で?どうしてまた来たの?一昨日だって泊まったじゃない」


「うぅ……お姉ちゃんにも色々あるのよぉ……別に姉妹なんだからいいじゃない〜!」


実は最近、姉の愛菜は私の家に入り浸り状態だった。


大学も夏休みで時間を潰すところというとバイト先か友達の家しかないらしく、それ以外は殆ど私の家でゴロゴロしていた。


「ちゃんとお家に帰りなさいよ。私の家よりもあっちの方が何倍も過ごしやすいでしょ!?」


「設備的に言えばそうだけど、心理的に言えばまったく過ごしやすくない〜!満華ちゃんと一緒にいるうう〜〜!」


「どうして幼児退行してるのよ。妹にそんなみっともない姿見せないで」


「むぅ……満華ちゃんのイジワル…わたし……もうちょっとで誕生日で偉いのに」


「なによそのナゾ理論……」


「でもこれは小学生の満華ちゃんもおんなじこと言ってたよ?『わたし、もうちょっとでたんじょうびだからえらいのぉ~!』ってね?」


「そ、そんな昔のこと掘り返さなくていいの!」


「はいはい、すみませーん!と、言うことで私は今日も泊まっていくからね?」


「え!?な、なによそれ?聞いてないんだけど??」


「もうお母さんにも連絡しちゃったから〜!追い返すなんて無理だからね?」


「なんでそういうところは抜け目ないのよ……」


「ふっふっふっ……お姉ちゃんの方が一枚上手だったようね!」


腕を組んで勝ち誇ったように笑うお姉ちゃん。


ここ数日、こんなことが何回も繰り返されているのだが、お姉ちゃんがここにいたがる理由もわかっているので強く言えず結局泊めてしまっているのだ。


まぁ…自分が逆の立場だったら同じことをしているだろうし。


「じゃあ、今日の寝床も決まったところでもう一本追加のアイスを〜」


「ちょっと待って!もうご飯だからそれ以上食べちゃだめでしょ!」


「いいのいいの!アイスは別腹。ちゃんと満華ちゃんが作ったご飯もたべますよ〜!あ、これにしよっ」


「ちょっと、待って!それ、私が今日食べようと思ってとっておいたやつ!」


「ほへ?そっかぁ……なら、お姉ちゃんにもちょっとだけちょうだいよ?」


「まぁ、少しだけなら…」


「やった、ありがと満華ちゃん。じゃあ、お先にどーぞ。はい、あーん?」


「あ、あーん?」


「だって、こっちの方がいいでしょ?なになに?もしかして、恥ずかしいのかな?」


「は、恥ずかしくなんかないわよ。」


そう言って、差し出されたスプーンに乗っていたアイスをパクッと一口平らげた。


「どう?」


「お、おいしいけど…」


「けど…?」


「私だって、やられっぱなしじゃ癪だからお返ししてあげる」


「え〜?別にそんなことしなくていいのに?」


「問答無用!ほら」


アイスと奪い取り、すくってお姉ちゃんにスプーンを向ける。


「はぁ〜い」


仕方ないなぁと言いたげな表情と返事だったが、ぱくりと食べるとお気に召したようでとっても上機嫌だった。


「う~ん。おいしい、ねぇねぇ、もう一口ちょうだい?」


「もう自分で食べなさいよ。これ全部あげるから」


そう言って、スプーンとアイスを強引にお姉ちゃんに渡す。


「予行練習しなくていいの?」


「予行練習ってなによ……?そんなの必要ないでしょ?」


「そっかぁ……満華ちゃんがっそれでいいなら私は別にいいけど、これほんとに全部もらっていいの?」


「いいわよ。私はご飯前に甘いものは控えているの。それに、明日買い物に行こうと思ってたし、その時に買うわ。」


「そっかぁ…じゃあついでに明日の夜、ここで私の誕生日会しない?」


「誕生日会って……お姉ちゃんの誕生日って明後日じゃない」


「前夜祭ってことでどうかな?ほら、明日って、ちょうどお祭りあるでしょ?屋台で出てるやつ買ったり、スーパーのお惣菜とか買ってきてここでパーッと盛り上がろうよ!」


お姉ちゃんが言うお祭りとはここら近辺で昔からある神社の豊穣祭だ。

太鼓の背負った山車が街中を練り歩くのだが、これが意外と勇ましい。

市内をあげての祭りなので割と規模が大きく私も去年見に行ったのだが、圧倒された。


「まぁ、私は別にいいけど……」


いつもはみんな家にそろってやるのだが、今年はあんな感じでお通夜状態になることが目に見えているので、私は反対しなかった。


「それじゃあ、決まりね」


お姉ちゃんはすごく嬉しそうだった。

そんなに誕生会やりたかったのかな?


わずかに残った疑問だったが、私はこの時そんなに深く考えていなかった。




「まったく、どうして私が祭りの屋台係なのよ……二人で行くんじゃなかったの?」


翌日、その日はそれぞれ違う予定が入っていたので夕方に集合しようという約束をしていたのだが、お姉ちゃんから急にL〇NEがきて


「ごめーん。ちょっと、用事が長引いて間に合いそうにないから、スーパーで買い物だけ済ませて先におうち帰ってるね~。だから、満華ちゃんは、屋台部門を頼んだ!

お姉ちゃんの大好物ちゃんと買ってきておくれよ~?わたしもちゃんとアイス買っとくからさ。


追伸 ひとりじゃ不安だと思う満華ちゃんのために特別に私の友達を派遣しました


その人と協力して買ってきてね♪」


「もう……自分勝手なんだから」


スマホの画面を見つめながら小さくため息を吐く。

大体お姉ちゃんの友達ってだれよ?

わたし、全然知らないんだけど!?


顔見知りだったらいざ知らす、お姉ちゃんの大学の友達となんて一回も会ったことがない。

そんな人と協力してやれなんて、無茶ぶりが過ぎる。


文句を言いたい気持ちだったが、お姉ちゃんは今日の主役なんだ。

私がもっと寛大にならなきゃ。


えっと、集合場所は変わりないみたいね。


お祭りということもあり、そこは人で溢れかえっていた。

さすがにここで人探しは困難を極めるが、ちゃんとその人の特徴が分かればなにも問題ない。


まずは、集合場の石像の前っと。

ここでいいのよね。

じゃあ、特徴を……

お姉ちゃんから追加で送られてきた文章を見ようとしたその時だった。


「はぁ!?これなくなったってどういうことですか!?」


え?この声、聞き覚えがある。

わたし、この声、知ってる。


その声は私にとって、とてもなじみのある声で、しかもそれはすぐ隣から聞こえた。


「た、たくみ?」


そこには、スマホで誰かと通話している拓実の姿があった。


―――――――――

お読みくださり、ありがとうございます。

次で最終話でございます。(文字数がえらいことになっております)

定時に最終話を予約投稿しておりますので是非最後までお付き合いいただければと思います。

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