第50話

「はい、あなた。今日もお疲れ様です」


雅也が勤務先から帰宅するとそこには、彼の妻の妙子が夕食を作り終えて待っていた。

椅子に座ると早々にビールをお酌してもらう。


「ああ、ありがとう。そう言えば、愛菜は?」


彼らには二人の娘がいる。

ひとりは大学生でもう一人が高校生だ。


「満華のところに行きましたよ?今日はあっちに泊まって行くそうです」


「そうか……すっかり嫌われてしまったなぁ……」


雅也は深いため息を吐いた。

それも無理はない。

彼は、二人の娘を溺愛しているのだが、数日前に喧嘩をしてしまったのだ。


「あら、さすがに心配ですか?いつものあなたなら、そんな心配微塵もしていないでしょうに」


「キミまでそんなこと言わないでくれよ。これでも、過去に例を見ないくらいには反省しているんだ」


「ふふふ、本当でしょうか?」


「本当に決まってるさ。勿論叱るべきところはあったけど、それも全て私が元凶のようなものだからね。キミもそう思ったから、私に言わなかったのだろ?」


喧嘩の発端は、娘たちが雅也の許可を得ずに勝手に家事代行を雇っていたことなのだが、どうやら知らなかったのは彼だけらしく、家の使用人ですらこのことを把握していた。


「そうですね。一度痛い思いをしてみた方がよく効くと思いましたが、結果的に満華を必要以上に傷つけてしまいました」


「傷つけたって、家事代行を打ち切ったことか?」


「それ以外ないでしょう?満華は相当彼を気に入ってた様子でしたし」


「ま、まさか……あの青年のことを……?」


「私からしてみればまさかではなく、やはりでしたけどね。家に来るたび話してくれていたのでそうではないかと思っていたんです」


「そうだったのか……どうして私には……」


「だから、話すとあなたが暴れ出すから話さなかったんですよ?これ以上堂々巡りにしますか?」


「いや、すまない。そうだったな」


「娘が大切なのはわかります。しかし、もう少し自由にしてあげてもいいと思いますけどね」


「でも、よからぬ男に騙されたりしたら……」


「それは、貴方に言う資格のないことでしょう?」


「うっ……」


この二人にも普通とはいえない過去があった。


「中学時代、半不良だった貴方を両親に説得して交際を認めてもらったのはどこの誰ですか?」


いつにもなく真剣な妙子のその視線を雅也は直視できなかった。


「それは……」


歯切れが悪いのは自分が一番自覚していた。

確かに雅也はこう言われてしまったら何も言い返せない。


「アナタに比べたら拓実くんの方が余程好青年ですよ。当時のあなたと違って将来有望のようですし」


「そうなのか……?」


「テストの点数こそ、満華には敵いませんが勝負をすることぐらいはできると言っていましたよ?」


満華の通っている高校は県内でも有数の名門校。

難関大学にもそれなりの人数を排出しているため、そこのトップに君臨する満華と勝負ができるということは、すなわちその青年もそこそこの学力をもっていうことの証明にもなる。


「そうだったのか……」


「それにこれを見てください」


そういうと妙子はスマホを取り出して、雅也に見せる。


「ん?写真か?」


「今年の体育祭の時の物のようです。私たちは都合がつかず行けませんでしたが、愛菜が行ってくれて撮ってくれたものですよ」


「これは、満華か?」


そこには、ケガをした少女とそれを気遣う青年が映っていた。


「はい、当日に怪我をして応急処置を施してくれたのが彼のようです。それに…」


「満華が沢山の人に囲まれてる…」


今度は、突飛な催しをしている写真。

やはり、その写真にも彼女は映っており、同じように隣には彼がいた。

その写真の彼女は雅也たちが見てきたどんな笑顔よりも輝いて見えた。


「満華がこんなに笑ってる…楽しそうにしている」


「本人はうまく隠してるつもりですけど、私たちには流石にわかります。有力者で且つ医者の家系だとか、彼女に必要以上のプレッシャーをかけさせていました。

ですが、これも彼のお陰だそうです」


「そうか……」


「私は悪くないと思いますよ?」


「……そうだが」


「彼ならきっと大丈夫です。今度会う機会があったら一緒に謝罪しましょう」


「今度会う機会なんてあるのか?家事代行はもう終わったんだぞ?」


「一度惹かれあったらそう簡単に離れることなんてできませんよ。私もそしてアナタもよくわかってるでしょう?」



――――――――

お読みくださりありがとうございます。

明日の投稿(2話)で完結となります。

1話目の投稿はいつもと時間が違いますのでご注意を。

どうか最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。



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