第48話


〇  満華side




24:05


あの後、説教が続いたが、なんとか怒りを治めたお父さんがお姉ちゃんと共に帰っていった。お姉ちゃんにも協力してもらい一人暮らしは継続させてもらえるようになったが、私はそれと引き換えに大きすぎるものを失った。


絶望とも近いどん底の感情の中、お風呂から上がり髪を梳かしていると机上のスマホの着信音が鳴った。


ん?こんな時間に誰からだろう……?


手に持っていた櫛を置いてスマホを覗いてみるとそこには、山永拓実という文字が。


……え?た、拓実?

どいうわけか、拓実から電話がかかってきた。


相手の正体はいま私が心を強く痛めている元凶の人。

出るべきなんだろうか。

別に喧嘩をしたわけじゃないが、伸ばした指が止まる。

すぐに応答ボタンが押せなかった。


どうしよう。泣かないで普通に話せるかな。

彼の声を聞いたら私は感極まって泣いてしまうかもしれない。

でも、そんな姿を彼にはどうしても見せたくなかった。


葛藤にさらされている中、無情にも鳴り続けるスマホ。

頭が真っ白になっていく。

どうしたらいいの?

考えるが、答えはわからなかった。

ただ、そこには客観的事実として拓実が私に電話をかけてきている。

そのことだけが残っている。


本音を言えば、今は出たくない。

高ぶっている感情が収まって私の心の準備が万端になったら喋りたい。

でも、いま出なかったとして果たして私から電話をかける勇気はあるの?

おそらくない。否、絶対ない。

この機会を逃したら、私と彼はきっと離れてしまう。

なにが残るの?何も残らない。


だから、私は意を決して電話にでた。


「も、もしもし?」


「あ、もしもし。俺だけど」


私の第一声はとても震えていた。

一方で電話越しの拓実はいつもと同じ――いや、いつもよりちょっとだけ柔らかい声だった。


「た、拓実?ど、どうしたの?」


「どうしたのって……いやさ、あの後大丈夫だったかな……って。ほら、俺、割とかき乱して帰っちゃったから」


彼の声音から申し訳なさそうにする彼の姿が目に浮かんできた。

拓実としては自分が出ていかなければ穏便に済ませられたと思っているようだった。

そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのにと思いながら、私は感情を抑えていつもの私であるかのように気丈に振舞った。

だって、私がそうしなければしんみりしてしまうから。


「まあ、大変だったけどなんとか一人暮らしは継続させてもらえることになったわよ」


「そうか。よかったな、俺の犠牲も無駄にはならなかったってことか」


意思をくみ取ってくれたのかはわからない。

だけど、拓実はいつものように軽口を叩く。


「犠牲って……別に拓実が出ていかなくてもよかったじゃない」


「別に俺も関係者だしちょっとでもヘイトが分散された方がマシだろ?」


「結果的に契約解除になったじゃない……」


「解除じゃなくて満了な?もともと当初の契約期限もあと数日に迫ってたし、今日の分でいったん契約が切れてたはずだから、あの後ちゃんとした場で話そうと思ってたよ。だから、ぶっちゃけ言うとこれは誤差でしかない」


「――拓実は辞めるつもりだったの?」


「やめるも何もこっちには打ち切る権利はない。契約者がなにも問題を起こしてない時点で更新しますと言われたら立場的に頷くしかできないからな」


「なら、別に――」


「でも、満了する提案はするつもりだった。何回も言ってるけど、俺は本気でお前に家事代行は必要ないと思っている。これ以上無駄遣いをするべきじゃない」


「――っ、で、でも」


それでも、私はやめてほしくなかった。

あんな最後だったけど、今までの時間がどうしようもないくらい愛おしかったから。


「不安なのはわかる。俺も久しぶりお前の堕落ぶりを目の当たりにして多少なりと心配だ。もちろん、家事代行としての仕事関係は終わるけど俺たちはクラスメイトだ。学校に居れば当たり前にいる」


「――それはそうだけど」


「別に学校で話せなくなるわけじゃないし、困ったことがあったらなんでも聞いてくれていい。契約者特典として特別に無料でどんな悩みも解決してやるから」


そうだ。学校が始まれば、また彼と話すことができる。

だから、これ以上。彼を困らせてはダメだ。


「わかった」


「そっか、ならよかった」


「あのさ…」


「うん?」


「色々ギクシャクしちゃったけど、この件はこれで終わり。学校始まったらいつも通りよね…?」


「ふふっ、なんだよそれ。あたりまえだろ?こんなこと俺たちだけしか知りえないんだから、当人たちが気にしてなければなにも問題ない」


「そ、そうよね」


「ああ、そうだ」


「じゃ、じゃあ。また学校で」


「おう、また学校で。おやすみ」


「うん、おやすみ」


電話が切れると、私はそのままベッドにダイブした。

これでよかったのかは、わからない。

でも、きっとよかったんだ。

私たちはお別れしたわけじゃない。

学校に行けば、また彼に会える。


もう、家でのような会話はできないかもしれないが、話せる。

それで充分だ。

彼はもう何事もなかったかのようにいつも通り振舞ってくれる。

よかった。私たちの関係は壊れない。目標は達成できた。


きっと、この顔は達成感に満ち溢れているだろう。

だって、こんなに涙が溢れているんだから。



きっと嬉しいに違いない。


お願いだから。


数秒後に姿見に映るわたし。


お願いだからそう言って。



―――――

ここでシリアスは終わりです。

後は、ハッピーエンド一直線。

よろしくお願いします。










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