第49話


「やっぱり、このケーキ美味しいですね!」


「あぁ、そうだな」


「拓実くんも甘いもの好きだったりするんですか?」


「ああ、そうだな」


「へぇ……例えば、シュークリームとか?」


「ああ、そうだな」


「昆虫シュークリームとかよく食べてますもんね!」


「あぁ、そうだな……って昆虫!?」


窓から見える外の景観を眺めながらブラックコーヒーを無意識に啜っていると、恵梨がとんでもないものをさも当たり前かのようにぶっ込んでくる。


否定しようと目の前をしっかり向くと恵梨とバッチリ目が合った。


「もぉ……ようやく私の話をちゃんと聞いてくれました」


恵梨は不満そうに頬を膨らませていた。


「あぁ、ごめん」


「魂をお散歩させすぎです。ここがどこだかわかりますか?」


「そこまで気が抜けてたわけじゃない。恵梨が言ってた新しくオープンした喫茶店だろ?」


「ピンポーン!正解です。まだ老いていませんでしたね」


「………俺をなんだと思ってるんだ?」


「ここまではジョークですよ。余りにも美味しいケーキを食べたのでテンションが上がってしまいました」


「ケーキって…喫茶店と言ったら普通はコーヒーだろ」


「拓実くんの生きてた時代ならそうだったかもしれませんが、今は違いますよ?」


「なに?今日一日おじいちゃんなの俺?」


「晴れ時々おじいちゃんくらいのつもりです」


「なんだそれ意味わかんない」


「とにかく!いま喫茶店と言えば、ナポリタンとかパフェ、ケーキなどが人気なんです!」


「へぇ……そうなのか。それも恵梨調べってやつ?」


「拓実くんと違って私は客観的事実を元に喋ってます」


「別に俺だって主観ばっかりで生きてない ――て、なんか棘が鋭くないですかね?」


「それは多分、せっかく二人のお出かけなのに拓実くんがずっと心ここに在らずって感じでどこかを見つめてるからです」


「それは悪かったけど、こんなに遊んでていいのか?これって一応部活動なんだよな?」


こんなことをしていていいのだろうかと目の前に広がるスイーツの山を見ながらふと思う。


昨日突然恵梨から連絡が届き、「やっぱり部活動する!」と言われてきてみれば……


「これのどこが部活なんだ……」


俺たちは、ただ新作スイーツを堪能しているだけなのだ。


「これも立派な部活です。ほら、文化部ってただでさえ活動実績書くのに苦労するではないですか?それならば監視の目が届かないところで、部費予算を使い、活動報告書に偽記録でも書いてしまおうという魂胆です」


「私たちの部活はどうせ物が残りませんからね~」と言ってケーキをぱくりと口にする部長に開いた口がふさがらない。


「やってることエゲつなくない?」


「バレなければセーフ理論です」


「アリなんだ…」


「うちの文化部なんてそんなものです」


「なんか闇を見た気がする」


「ですが、罪悪感があるというのなら秋からはしなくてもいいと思いますよ?」


「秋からはしなくていいって……なんでそんなに他人行儀なんだよ?」


「だって、私は三年生ですよ?部活だって、本来なら引退してるんです。まぁ、勉強の進み具合がかなり順調なので夏休みまでは部員でいることにしたんですよ。ほら、だって私が抜けちゃうと拓実くんがぼっちになっちゃうじゃないですか」


そっか。出会った当初から、俺は生意気にもタメ口で話していたから忘れていたが、恵梨は三年生で今年卒業なのか。


今更ながら実感させられる。


「やっぱり、恵梨さんって呼び方に戻していい?」


「今更やめて下さい。私は今の方が気に入っているんです」


「そっか。それなら、このまま変えないけど」


「はい。そうしてください。さん付けなんてむず痒くなってしまいます」


「歳上に敬語と敬称は普通だと思うんだけどなぁ…」


「最初からタメ口使ってきた拓実くんが言っても説得力ないと思います」


「うぅ……ぐうの音もでない…」


俺ががっくり肩を落としていると、そんな様子を恵梨は微笑みながらみていた。


「あ!いい忘れていましたけど、別に部活は無理して続けてくれなくてもいいですからね」


「そうなのか…?」


「はい。あれは元々私が入ってきた時の3年生。今は卒業してもう居ませんがその先輩から託されたものなんです。当時の私も続けるつもりとかはなくて、気付いたらこうなってただけなので。別に拓実くんには背負って貰わなくても大丈夫です」


「いや、恵梨がその三年生から託されたのなら俺もちゃんと自分が卒業するまでは部活の人間として在り続けるよ。だって、三年との約束だからな」


「もぅ……別に私は約束なんてしてませんよ……」


恵梨は困った表情を見せながら、それでもどこか嬉しそうに笑った。

この後、俺たちはいつものように団欒し新作スイーツを堪能した。

あれだけスイーツに溢れていたテーブルが綺麗になってきたくらいで、恵梨がふと口を開く。


「……拓実くんに少し聞きたいことがあります」


「な、なんだ急に改まって……」


「別に重要なことではないので話半分に聞いてもらってもいいですが、返答は真面目に答えて貰いたいです」


「どっちなんだそれ…」


「取り敢えず、深く考えずに自分の思うがままに答えて頂ければ嬉しいです」


「なんにもわかんないけど、取り敢えずわかった……」


「ありがとうございます。では、失礼して――

――拓実くんは夢を追いかけるために好きなものを犠牲にする人と好きなものの為に夢を犠牲にする人どっちが好意的に思いますか?」


恵梨が言ったことはあまりにも抽象的すぎてよく理解できなかった。

だけど、文面通りに受け取るなら。俺はきっと。


「悩ましいけど、俺なら好きなものを犠牲にしても夢を掴もうとする人が好ましいと思う。夢って1日2日で持てるものじゃないし。きっとかけがえなくて尊いものだから。現実的に生きるのもいいけど、夢を追い続けられるって誰にでもできることじゃないし、だからこそ尊敬できる……俺なら」


あまりらしくなかったが、恵梨の目があまりにも真剣だったからこっちもつい本気で答えてしまった。

まじめに答えてて草とか言われるんだろうか。

だが、そんな俺の考えもどうやら杞憂だったようで恵梨は全てを聴き終えると、ゆっくり頷いて笑みを溢した。


「うん……ありがとうございます。やっぱり、それでこそ拓実くんです」


「え?俺なんかそれらしいこと言ったか?」


自分でも恥ずかしくなってしまうようなくっさい発言だと思ったが。


「はい。とっても大切なものを私にくれましたよ。これで私は悔いなく行けます」


「いける?どこに?」


「うっかりしてましたが、拓実くんに一つだけ言いたいことがあったんでした」


「な、なに……?」


もうなにがなんだかわからなかった。

混乱して慌てふためく俺を見て楽しむように恵梨は一言こう言った。


「好きですよ?拓実くん」


「え?」


「だから、好きですよ?大好きです。お慕いしています」


「ま、待ってくれ……マジで意味わかんない…」


「そのままです。loveです。Ilove youってことですよ」


「マジで言ってんの?」


「はい。マジです。おおマジです。私がジョークを飛ばすクチに見えますか?」


「今日に関してはマジで説得力ないけど…」


「ふふふ、確かにそうですね。これは誤算でした。こんなことなら、いつも通りにしておけばよかったです」


「いや、えっと…その」


「混乱させてすみません。別にお返事が欲しいわけじゃないんです」


「…は?」


「これは、私の一種の決意表明であり、この気持ちとのケジメであり、ほんのちょっとの拓実くんへのイジワルです。あんなに慌てふためく拓実くんを見ることなんてあまりできませんから悦楽でした」


蠱惑的な笑みを浮かべる恵梨に対して、こっちは渇いた笑いしか出てこなかった。

まだ俺は何が何だかさっぱりわからないというのに。

混乱させてドキドキさせられて、もう恵梨に好き放題されてしまった。

完全に弄ばれたと言っても過言ではないだろう。


「しかし、動揺こそしてくれましたが、拓実くんからしたら私の告白なんて心の奥底ではあまり響いてなかったんじゃないですか?」


「ど、どういうこと…?」


また変なことを言い出したかと思ったら、恵梨はどこか少し寂しそうにこう言った。


「だって拓実くんには


――もう、好きな人がいるんでしょう?」




誤魔化していた。

気付かないようにしていた。


けど、いざ日常から消えると、どうも落ち着かなくて。

どういうわけか、違和感を抱いていた。


致し方ないと思っていた。

思うはずだった。



自分で踏ん切りをつけられたと思っていたのに。

けれど、心の奥底ではなにも納得できていなかった。

本心だと思っていたものは、全部そっくり綺麗事でしかなかった。


それを今日、見透かされた。


もう、無理だ。

認めよう。


俺は彼女を愛していたと。

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