第43話
〇 満華side
お姉ちゃんから自分の本当の気持ちを言い当てられて自覚してからというもの、私は気付けば無意識に彼のことを視線で追っていた。
最初は全然好きじゃなかったし、寧ろ苦手な部類に入っていた人間だったと思う。
けど、家事代行のほか、学校行事などありふれた日常を彼と過ごす中で、気付けば彼との時間が私にとって一番居心地よく自然体でいられる場所になってしまっていた。
それからというものいつもの家事代行のはずなのに彼が自分の家にいるというその事実だけで無性に胸の鼓動が速くなったりした。
そして、一番苦労しているのは……
「昔みたいにできない……」
「ん?なんか言ったか??」
「な、なんでもないからっ!」
危ない。
テレビの音がなかったらバッチリ聞かれていたに違いない。
危機一髪だった。
ほっと一息ついて、アイツを見てすぐに目を逸らす。
最近はこれの繰り返しだ。
おかしい。以前なら見つめることなんて、なんてことなかったはずなのに。
今でもちょっとしたことで言い合いだったり、問い詰めたりするが昔よりも正直に物言いできなくなっていた。
だって……嫌われたくないから。仕方ないじゃない……
アイツが言い合いしたぐらいで人の評価を変えるような人間ではないことを知っている。
知ってはいるはずなのに………
「はぁ……苦しい…」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!な、なにも問題ないから!」
「そうか……ならいいけど。なんかあったら我慢せずに言えよ?薬局まで行くから」
「うぅ……わかったから。ホントに大丈夫よ」
どうしてこんなことで、嬉しくなってしまうのだろう。
何気ない一言、アイツが家事代行に来た当初から言われていた言葉なのに今ではこんなに響いてくる。
こんな感じで幸せを感じつつもテストでは煽り合ったりして、一学期の行事が終わり、夏休みが迫ったある日。
私は、気まぐれに訪れたカフェで恵梨さんに会った。
私がカフェに行った理由はお姉ちゃんがここのカフェの新作を猛プッシュしてきたからお試しで来て見たのだ。
恵梨さんは外行きの装いをしてかわいいハンドバッグを持っていた。
「あ、お久しぶりです」
「あら、お久しぶりです。恵梨さん」
「もしかして、星野さんもここの新作を??」
「はい、少々興味がありまして……」
「そうなんですか。実は私もそうなんです。よかったら私の隣にどうですか?」
「はい、お言葉に甘えてそうさせていただきます」
そう言って恵梨さんの隣に腰掛けると、恵梨さんの机には私が追い求めていた新作スイーツがあった。
「それが例のものですか?」
「はい、そうです。とっても美味しいですよ?」
特段カフェ狂いと言うわけではなかったが、確かにそれは美味しそうだった。
「私もそれにしてみます」
注文してから、しばらくすると例の新作が届く。
「おいしそう………です……」
仮面が一瞬剥がれかけたが、恵梨さんは気付いていない様子だった。
安堵しつつも目の前の新作スイーツにそっとスプーンを入れてみる。
「これは……すごい……です」
隣の恵梨さんを見てみると満面の笑みだった。
私の反応を見て楽しんでいる様子だった。眺められながら、食べ物を食べるのは少しむず痒いが今は新作スイーツが優先だった。
私が新作スイーツを頬張っていると、隣にいた恵梨さんが徐に携帯を取り出して、私に見せて来た。
「こ、これは?」
その写真には貝殻で作られた腕輪などのアクセサリーが写っていた。
「以前、拓実くんと一緒に海に行きましてその時に採取したものを細工してアクセサリーにしたものです」
本来なら「綺麗ですね〜」と感動するところなのだが、私にとって聞き捨てならないワードがあった。
「え……拓実くんとですか?」
私の興味はアイツのことだった。
「はい、少し前に二人きりで行ってきたんですよ」
「ふ、二人きり……」
そんなこと全く知らない………初耳だし……
その後、恵梨さんとどんな会話をしたとかは、正直あまり覚えてない。
だけど、嫉妬のようなものが湧き上がっていたのだけは、確かだった。
○
女友達と一緒に遊園地に行く。
最近、少しだけ仲良くなったクラスメイトに苦手なものを言ったら問答無用で連行されることになった。
アトラクションが苦手な私にとってこれは非常に頭の痛い出来事。
流石にまだ友人と言い難いクラスメイトにあんな醜態を晒すわけにはいかないから何処かで練習しようと考えた矢先、ちょうどよく家事代行の日が重なった。
恵梨さんとあのことを話してから今日に至るまで拓実とは会っていなかった。
おそらく、そのせいでアイツの顔を見た瞬間にあの日のことを思い出して少し文句を言ってやりたくなったがグッと堪えて我慢した。
そして、いつものように他愛のない会話をして頃合いを見て切り出した。
拓実は最初、私が恵梨さんと砂浜に行ったことを知っていて驚いていたけど、後ろめたいことがないのかそんなに焦っている様子ではなかった。
ここで、どこか安心している私がいた。
もし、先を越されでもしていたら、泣いてしまっていたかもしれないと思うほどに。
私も拓実とどこか一緒に行きたい。
だけど、自分からストレートにいう自信はなかった。
だから、私は苦手克服も含めてアイツを遊園地に誘った。
おそらく、無様な醜態を晒すことになるだろう。
でも、きっと彼なら、そんな私を見て笑いつつも決して幻滅したりはしないとそう思ったから。
○
私が疎かにしていたものを元に戻す。
自堕落からの脱却といえば聞こえはいいのかもしれない。
だけど、それは私にとって決して喜ばしいことだけではないということを他でもない彼の口から放たれた言葉によって思い知らされた。
そっか。
拓実に見られるのが恥ずかしいから自発的にやるようになっていったけど、これって拓実の仕事を減らしてることなんだ。
普段は、そんなところに注目していなかったから全く気付かなかったけど……
このままだと、私は家事代行が必要なくなっちゃうんだ。
本来は喜ばしいし、誇らしいことであるはずなのに。
それなのに。
どうして、こんなに苦しいの?、
これまで当たり前だったことが消えかけそうになっているこの瞬間。
拓実は私の成長を喜んでくれているのに、私は彼になんて返せばいいのかわからなかった。
家事代行サービスという私たちを繋いでくれたもの。
これがなくなったら、どうなってしまうのか。
この関係が完全に消えてなくならないのはわかっている。
きっと、どこかであったら軽口を叩き合うくらいはするのだろう。
ただ、ちょっとだけお互いを深く知っているクラスメイトになるのなら、それも悪くない選択肢の一つなのかもしれない。
けど、私にとってそれが理想像かと言われれば……
ああ……もうすぐ、大嫌いなジェットコースターのはずなのに。
拓実と一緒に遊びに来れて舞い上がってしまうほど、嬉しかったはずなのに。
どうしてか私の内からあふれ出てくるものは恐怖よりも不安だった。
その日のジェットコースターはもちろん怖かった。
しかし、どうしても恐怖が不安を上回ることはなかった。
―――――――――――――
遅くなって申し訳ありません。リアルが忙しいです。
この先の予定が不透明なので変な宣言はせずにマイペースにやっていきます。
あと十数話で完結なのでよろしくお願いします。
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