第41話

体育祭に定期考査など、一学期を代表する行事を終えると時間の経過する早さを実感する。


小学生の頃は、毎日がとてつもなく長く感じていたというのに、今は一瞬だ。


毎日、朝起きて学校に行って放課後は曜日によっては家庭部か家事代行の仕事。


外観だけなら、何も変わり映えしない日常を送っているうちに気付けば、七月の下旬に差し掛かっていた。


「ね、ねぇ…たくみ」


「どうした…?あらたまって」


今日は家事代行の日だったのでいつものように星野の家にいたら突然どこか緊張した面持ちで俺の名前を呼んだ。


体育祭の後から偶にどこかぎこちない様子だったが、その原因はわからない。


ただ一つ確かなのは、今のように服の裾を掴むなどちょっとしたスキンシップが増えたことだ。


「あのね……その……」


「おう……」


星野が上目遣いでこちらを見つめるものだから、こっちまで何故か緊張してしまう。


「あの……その………恵梨さんとお出掛けしたって本当??」


「え?」


さっきまでの艶やかな声音から一転、ブリザードを感じるが如く冷え切った視線と声音だった。


え、なんでそれを?


いや、別に隠してたとかそんなことは決してないけど、結構前の出来事だけど、なんで今更??


腑に落ちないでいると、更に星野が追撃する。


「昨日、恵梨さんとたまたま会って、拓実と一緒に見つけた貝殻?の写真を見せつけられちゃったのよね……」


「あ〜、そんなことあったなぁ……」


「……私にはなにもないの??」


「ええ?」


「だから、私には?」


「なんでだよ?一緒に行ったのは、勝負事に負けたからだぞ?お前と勝負事なんてしてたか?」


「……し、してた、テストの点数勝負」


「してない」


「アンタがしてなくても私がしてた。そして、私が勝った。つまりアンタは無様な敗者」


「横暴だなおい!」


「敗者に二言はなしよ。みっともない」


「そこまで言われる筋合いはないだろっ!?」


確かに定期考査でお互いの点数は教え合っていたが、勝負をしていたつもりはなかった。


しかし、星野の中ではどうやら勝負をしていたらしく、ここぞといってドヤァ……と胸を張ってくる。


これまでの話から推測すると、どうやら星野も俺をこき使いたいらしい。


正直なところ気は全くのらないが、体育祭のことや学校生活のことも含めて星野にはそこそこお世話になっているのは事実だ。


だから、致し方ないといえば致し方ない。


「で?お前は何をご所望なんだ??物か?それともどっかに連れ回したいのか?」


「えっと……その、遊園地に行きたい…」


「は?」


「だから、遊園地……」


「お前が?」


「な、なによ……文句あんの……?」


「いや、別に文句はないけど、予想外だったなぁ……って」


「ま、まぁ……確かに好んではいかないわね……」


「なら、どうして行きたいんだよ?」


「その……絶叫系が苦手だから……練習したくて……」


星野の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。


え?こいつって絶叫系苦手だったのか。


なんか、涼しい顔して乗ってそうなイメージだったけど。


でも、どうして練習が必要なんだ?


絶叫系の練習なんて普通に生きてたらしないと思うけど。

まさか……


「おまえ……だれかとデートの約束してたのか??」


「でででででデートっ!??な、なんでよ!?」


「だって、絶叫系の練習なんて言ったら、遊園地デートしか思い浮かばないっていうか」


「違うわよ……今度、女友達と一緒に行くことになったの!!」


「あぁ……そういうことか。俺はてっきり、デートするのかと思った」


「するわけないでしょ?そんな相手なんていないわ……今のところ」


「ん?最後なんか、言ったか?」


「べ、別に!?なにも言ってない!!」


「そ、そうか、それならいいんだけど……」


絶叫系は本来克服せずにやるから楽しいのであってそれを練習しに行くのはあまり見かけない。

当たり前だが、俺自身も一度も経験がない。

しかし、逆に新鮮だった。


「というわけだから今度の土曜日手伝いなさい」


「ど、土曜日!?け、結構急だな?」


「え?も、もしかしてなにか用事あるの?」


「いーや、めっちゃヒマ」


「なら、如何にも用事ありそうな風に言うのをやめなさい!びっくりしたでしょ!」


「てか、俺でなくてもよくないか?女友達なら愛菜さんの方がいいと思うけど……」


女友達と行くのなら、異性の俺ではなく、同姓の愛菜さんの方が練習としては、いいと思ったのだが。


「お姉ちゃんはいや……ってわけじゃなくて、ほら、えっと、用事があって忙しい可能性が極めて高いから……ね?わかるでしょ?」


「ほら、もう、本音が漏れちゃってるじゃん……」


断り文句に推測の域を出し始めたら終わりなのよ。


妹に拒否られるって本人が知ったら数日寝込みそうだからこのことは黙っておこう。


「と、とにかく。来週の土曜日は遊園地だから!よろしくね?」


「はいはい、わかったよ。でもさ」


「なによ?」


「そんな無理して練習手伝わせる理由なんて作らなくていいから。お前の頼みなら無下になんてしないし」


「べ、別に理由なんて作ってないし……」


「ホントかよ?」


「ホントだもん……」


「はいはい、わかったよ~」


「あっ!いま笑ったでしょ!!てか、温かい眼差し向けんなっ!」


まるで図星を突かれたかのようにプイッとそっぽを向く星野に笑いかける。

自分から頼むなんて恥ずかしくて言えなかったのか、真相はわからない。

だけど、俺の心に残るものは確かな暖かさだった。

これを何というべきなのか。その答えはまだ、分からない。


なし崩し的に急遽決まった遊園地での絶叫系克服練習。


星野が女友達と遊園地なんて以前の彼女を考えたら有り得ないことで驚いたが、本人が学校での関係を改善しようと努力しているところを見れて同時に嬉しくもなった。

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