第40話

「やっぱり、この季節の海は暑過ぎず気持ちいいですね〜。海開き後ではこうはいきませんから」


「そ、そうだな…」


「あ、山永くん、ボーッとせずにしっかり見てくださいよ?ここにはお宝がたくさん眠っているんですから!」


海風吹き抜ける、海開き前の砂浜。


砂浜にしゃがみ込んで貝殻を探す恵梨さんは、この日を待ち望んでいたようで凄まじい集中力でじっと砂を凝視していた。


まさか、これが目的だったとはな……


貝殻採集が趣味なんてそんな素振り全く見せていなかったと言うのに、砂浜に降り立ってのこの変容ぶりにはさすがに驚いた。


「でも、お宝なんて俺わかんないぞ……?」


貝殻に価値観を見出したことなんてなかったから、どの貝殻がお宝でガラクタかなんて当然ながら区別できない。


「え〜、そんなの見れば一瞬でわかります。自分の直感を信じてみてください。きっとわかります」


自信満々でそう力説する恵梨さんを見習って、試しに貝殻を拾ってみる。


なんの変哲もないただの貝殻だったが、なんとなく他の貝殻よりも形が綺麗だったから目に止まった。


なるほど、自分の直感を信じるってこういうことなのか??


俺の価値観が正しかったのか、恵梨さんに見せて確かめることに。


「うーん……悪くはないですけど、至って平凡ですね……」


「そ、そうなのか……?」


「はい、私がああ言ってしまった手前、誠に言い難いですけど、個人的にはガラクタです……」


「そっ……かぁ……」


おい、ちょっと待て。


貝殻鑑定難し過ぎんだろ!?


俺的には結構気に入っていたのに、恵梨さんからすればゴミも同然の代物だったらしい。

おかしいなぁ……いいと思ったんだけど…


「ま、まぁ……初めてセレクトしたにしては、筋がいいと思います!!」


想像以上にダメージを受けている俺を見抜いてしまったのか、素早く恵梨さんがフォローしてくるが色々な意味で内心複雑だ。


貝殻鑑定の筋がいいって……なんなんだ。


きっと、取得してもこれから先絶対使わないであろう資格の素質があるよと褒められた時もきっとこんな感情になるに違いない。


今回は恵梨さんのためにここまで来たので、個人的には最大限恵梨さんに尽くしたいと思っていたが、どうやらこの分野では力になれそうになかった。


「あ、えっとぉ……じゃあ、適当に貝殻集めてきてくれませんか??その中から、主観で気に入ったやつ選んでいくんで」



「ああ、りょうかい。それなら、俺にもできそうだ」


そうだよな。人間得意不得意はつきもの。


得意でないなら、できる人に頼ればいいだけのこと、現に俺は苦手な貝殻鑑定を恵梨さんに任せて、自分は目に入った貝殻を集めてくるという単純なお仕事ができ、それで恵梨さんに貢献できているんだ。


そうだよ、俺にできないなら、恵梨さんが主観で………ん?


「ちょっと待て、いま、私の主観って言ったか……?」


「っぅ………ちょっと、なんて言ったか覚えてないです……そんなこと言ってましたっけわたし?」


「空耳にしては、結構しっかり聞こえなんだよな……主観で決めるならさ、別に個人的好みの話になってくるから才能のあるないの問題じゃnーー」


「あーあー!!なにも聞こえないです!ほら、もう午後であと数時間で日没ですからはやく集めてくれませんか!?」


「いや、でもその前にだな……」


「今日は私のためのお出かけだって聞いたんですけど、それって間違ってるんですか??」


「いや、間違ってないけど……」


「なら、ゴーアウトです。さっさと集めてきてください」


「強引っていうか、辛辣じゃないかそれ……?」


恵梨さんに強引に背中を押されて貝殻採集開始。


とにかく、恵梨さんのために目に入った貝殻を拾って恵梨さんの元に届けると言うことを数時間行った。


「いやぁ……今日はありがとうございました。お陰で最高の遠出になりました!」


「え、恵梨さんが、ま、満足ならよかったよ……」


正直言って、こんなに重労働だとは思っていなかった。


地面を注視して、ひたすら砂浜を歩き回るだけだと思っていたのに、意外にこれがキツかった。


そういえば、陸上の夏合宿でも砂浜で練習したっけ……


普通の道路と砂浜では足腰にかかる負担が比ではない。


貝殻集めだし、そんなに疲れないだろうとたかを括っていたら痛い目を見た。


今度からは肝に銘じておこう。


「山永くんもいいリフレッシュになりましたか??」


「ま、まぁ……気分転換という意味ならリフレッシュできたかも」


「それなら、よかったです。また今度お誘いしますね……?」


「き、機会があればな…」


「ほんとですか……?言質とりましたよ?」


「あははぁ……」


一点の曇りもない表情でそんなのと言われると苦笑いせざるを得なくなる。


いつでも出陣できるように日頃から運動する習慣をつけておく必要があるかもしれない。


「でも、本当に今日は付き合ってくれてありがとうございました」


「いや、これは元々の約束だったから当然だろ?」


「約束だったとしても、私はこうやって学校の人と遠出をするっていう機会に恵まれてこなかったので嬉しいんですよ」


「そうか」


「それに、ほら。みてみてください」


そう言って恵梨さんが海岸線を指差す。


「夕暮れだ……」


ちょうど太陽が海岸線に沈もうとしていた。


「私、この景色大好きなんです。1日の中でこの瞬間が一番綺麗じゃないですか?」


「確かにそうかもな」


「そんな光景を山永くん……いや、拓実くんと見れてとっても嬉しいです」


「恵梨さん……」


「もう、この際ですから敬称は不要にしませんか……?私はそうしたいです」


「わかった……なら、これからは恵梨って呼ぶけど、それでもいい?」


「はい、こっちも拓実くんって呼びますね。改めてよろしくお願いします。拓実くん」


「ああ、こちらこそよろしく恵梨」


不仲と呼べるような関係から始まった家庭部の俺たちの関係性。紆余曲折あったけど、確実によい方向には進んでいる。


隣で笑みをこぼしながら夕暮れを楽しむ恵梨を見つめて俺はそんなことを思った。


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