3章

第39話




いつも登校時に使う学校の最寄り駅。


ガラス張りの天井から日光が射し込む駅のホームに俺は降り立った。


平日は俺含め通勤通学で多くの大人や学生が闊歩しているが、今日は休日ということもあり、制服やスーツ姿の黒ずくめの人は少なく比較的遊びに繰り出す私服姿の若者が多かった。



休日に駅なんて登校でもあるまいし、普段なら絶対に訪れない場所だ。


しかし、俺は駅にいる。


では、何故わざわざこんな所に出没しているか。


それは、体育祭である少女と交わした約束によるためだった。


「なんでも一つ言うことを聞く」という、青春ではありふれた文言を並べたこのお願いを俺は大変お世話になった人に約束したんだ。


体育祭から数日空けてのある日の放課後。


唐突にお願いは行使された。


「1日、私の用事に付き合ってほしいです」


彼女はそう言ってこの日を指定してきた。


だから俺は、休日に駅に現れたのだ。


駅内にある、ハチ公に似ているようで似ていない不思議な犬の像。


駅の有名スポットでもあるこの場所で俺はある少女と待ち合わせをしていた。



「おーい!早くしないと乗り遅れちゃいますよ〜〜!」


待ち合わせの場所に向かうと俺を見つけたのか、こちらにめがけて手を振っている人を見つけた。


喧騒に揉まれ目立ってはいないが待ち合わせの場所に見覚えのある少女が手を振っている。


これだけで、彼女が誰かを判別するのは十分だ。


「ごめん恵梨さん。待った?」


別に電車も時間通りで待ち合わせ時間にも遅れてもいない。


しかし、彼女を待たせたという認識を拭えなかった俺は自然と謝罪を述べていた。


「いえいえ!!私が早く到着してしまっただけなので、気にしないでください」


とんでもないと言わんばかりに恵梨さんは手をブンブンと振る。早く着いて気を遣わせてしまったのではないかとあまりにも必死そうだったので自然と笑みが溢れてしまった。


「ど、どこがおかしいんですか……」


不満そうに目を細めこちらを見つめてくる。


「いやいや、何でもない。」


「ウソです。絶対こっちをみて笑いました」


「だから、何でもないって」


「ううう……ほんとですかぁ…?」


恵梨さんは腑に落ちない様子で唇を尖らせている。


そんな様子を見ながら、日を重ねる事に変わっていく恵梨さんを感じていた。


最初はあれだけ好意的ではなかったというのに、今は初期では絶対見せてはくれないような恵梨さんの顔も見せてくれるようになった。


今日の服装だってそうだ。いくら、七月がもうすぐそこまで迫っていると言えど、ミニスカートなんて以前の恵梨さんなら絶対に履いてなど来なかったはずだ。


そういう変化を俺は近くにいてヒシヒシと感じていた。


なんか、体育祭の後から顕著になったような……


もしかしたら俺の勘違いかもしれないが、テストの点数勝負、趣味の話など家庭部以外のことで学校の話題を持ち込んでくるようになったのはこの頃だと思う。


なにが彼女をそうさせてしまったのか…


「山永くん…??どうかしましたが…?」


考え込んでいると、恵梨さんが心配そうに顔を覗かせる。


「い、いやっ?べ、別に?」


「………」


「なんでもないけど……」


「山永くん…?」


「な、なんだ?」


「出会った頃より嘘つくのが下手になってません?」


痛いところを突かれてしまって、大変苦しいが俺にだって言い分がある。


俺が下手になったのではなく、恵梨さんの見抜く力が上がったのでは?


そう思わずにはいられなかった。



「で、電車に乗ったはいいけど、今日はどこにいくんだ?」


約束の日時は伝えられていたが、どこに行くのか。

なにをするのかは全く聞かされていなかった。


一緒に出掛ける相手が恵梨さんだったから、心配はしていなかったがここまで何も情報がないと少しだけ不安になってきた。


どうしよう、物凄い遠出だったりしたら。

交通系Icの残額そんなに入ってないのに……


無人駅で機器が碌になくチャージもできず、改札口で途方に暮れる姿が容易に想像できてしまうのは俺だけだろうか。


「そんな絶望に満ちた顔しないでください。普段と比べれば少しだけ遠出になってしまいますが、県外から出るつもりはありません」


「そ、そうなのか?」


「はい」


俺の考えがお見通しだったのか恵梨さんから説明が入る。

これは、安心してもいいってことだよな……?


「残金が足りなくて駅のホームで固まることは?」


「ないです」


「ほんとに?」


「二千円以上残高が残っていると仮定した場合はなにも問題ありません。まさか、残金がそれ以下だなんてことありませんよね?」


「ええと……多分入っていると思う」


通学では定期券を使っているため、いちいちカード残金なんて確認していない。

決済で使用することもほとんどないし、最後に使ったのは半年前に駅の自動販売機で飲み物を買った時だ。

それ以降は、使った覚えがないので多分残っていると思うが、確証はないので恵梨さんの問いかけに少し言葉を濁した。


「足りていることを願いましょう。目的の駅は無人駅なので改札を通れなければ、そのままuターン確定です」


淡々と述べる言葉の節々に圧を感じているのは俺だけだろうか。

楽しい遠出のハズが思いもよらぬところでハプニング。


俺は、電車に揺られながらICカードの残金にすべての希望を託したのだ。



「ふう~。ようやく、つきましたね」


「ああ、そうだな……」


「ふふっ、肝を冷やしましたか?」


「ああ、それはもう」


結論から言えば、改札口を無事に通り向けることができた。

今回一時間半以上電車に揺られ、ついたところは県境にある自然豊かな無人駅。

運賃は約1200円。対して俺のICカードの残高は1400円。


いやぁ……本当に危なかった。

足りなかったら有人駅まで引き返さなければいけなかったため、本当に間一髪であった。

安堵に包まれ、ホッと胸をなで下ろしていると、隣で恵梨さんが微笑む。


「とりあえず、時間通りに到着できてよかったです。ここの路線は一時間半に一本のペースでしか電車が来ないので引き返していたら大変なことになっていました」


予定を組んでくれていた恵梨さんからしても内心穏やかじゃなかっただろう。

もう少しで大幅な予定変更を強いられるところだったのだから。


「……もっとしっかり確認しておくべきだったな」


「私ももったいぶらずに最初から目的地を言っておくべきでした」


「そういえば、どうして目的地を教えてくれなかったんだ?」


別にこれと言って隠しておかなければいけないなんてこともないだろうに。


「……サプライズです」


「え?」


「だーかーら!サプライズなんです!!」


えっと、何かの記念日だったりしたっけ、おれ。

それともなにか、重要なことを忘れているとか?


「べ、別に何かの記念日とかではありませんよ?」


あれ?また、考えてることバレバレだったんだが。


「じゃあ、なんのサプライズなんだ……?」


記念日以外でサプライズ??

どういった意味なんだろう。


「その……えっと、以前自然が好きと言っていたので……山永くんが喜ぶかと思って」


「なるほど、それで海ってことか」


「はい……」


俺が過去何気なく言ったことを覚えていてくれたのか。

なんか、素直に嬉しいな。


「今日は、ここでいっぱい英気を養いましょう」


「それすごくいいな!」


「私もちょうど海でやりたかったことがあったので、ちょうどよかったです」


へえ、恵梨さんも海に来たかったのか。

なんか、恵梨さんのための遠出のハズだったのに俺の好きな場所に連れてってもらって申し訳ないと思っていたところだったから、恵梨さんのその言葉が聞けて良かった。


「ちなみに恵梨さんのやりたかったことってなに?」


まだ、夏前で海開き前なので海に入ることはできない。

いったい何をするつもりなんだろう。


「それはですねぇ!ずばり、貝殻集めですっ!!」



なるほど。


予想をはるか斜めいく動機だった。





――――――――――――――

大変長らくお待たせして申し訳ございませんでした。

自分の予想を上回る忙しさで合間にちびちび書いていたらこのような時期になってしまいました。

一応読み返してから書いているので矛盾点には注意したつもりですが、あったらすみません。

一応この章で最終章の予定にしていますが、なんか切った方がよさそうだなーって思ったら分けたりするかもです。

また、よろしくお願いします。

















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