第34話



○ side 満華



「ふむふむ……なるほどね。それで恥ずかしくなっちゃってその場から逃げてきたわけだ」


「べ、別に逃げたわけじゃないし………」


「もう、自分の気持ちを誤魔化し続けるのはやめたら?」


オレンジ色に染まるフロントガラスを見つめながら、姉は笑っていた。



「あれ〜?おかえり。どうしたの?そんなに走って」


はぁはぁと息切れしながら、車に走って向かうと出迎えてくれたのは、運転手の松田さんではなくお姉ちゃんだった。


元から迎えを頼んでいたので迎えが到着するまで手持ち無沙汰だった私は偶然玄関で鉢合わせたアイツと話していた。

最初は日を改めて話そうかとも思っていたけどいざ話し始めると中々止まらず、話すこと、聞きたいことは他にもたくさんあった。

けど、話していくうちに段々と真相が暴かれていってしまいには彼の言葉でその場にいられないほど、なんだか顔が熱くなってきてその場から逃げるように走ってきた。


駐車場には、運転手の松田さんが待っていると思っていたのだけど、運転席から顔を覗かせたのはお姉ちゃんだった。


自らハンドルを握るなんて珍しい。


一応免許を取っていたのだけど、面倒だと言っていつも松田さんに運転を任せきりだったお姉ちゃんが自ら運転してくるなんて思わなかったし、少し驚いた。


聞くところによると今日はお父さんのところに行っているらしく、私の体育祭をどうしても見に来たかったお姉ちゃんは仕方なく運転してきたらしい。


「だれも身内が見にこない体育祭ってなんだか悲しいでしょ?」


笑ってそういうが、それは中学生……ううん…小学生までだと私は思う。

けど、大事に思ってくれているところが嬉しくて無意識に私は笑みを溢したのだ。


「まあ、ひとまず乗りなよ」


「う、うん……」


促させるままにいつもは座らない助手席に座る。

車窓からの眺めがいつもは異なり違和感があったが、車はそのまま動き出した。


「……今日は楽しかった??」


緩やかに車窓の景色が変わるなか、隣のお姉ちゃんがそう尋ねてきた。

私が以前体育祭に悪態を吐いていたことを知っているからだろうか。横目でチラリとこちらを伺っていた。


「ま、まぁ……ほどほどには」


素直にうんと答えるのがなんだか無性に恥ずかしくなって言葉を濁してはいるがこれは立派な肯定だ。

まさか、素直に答えると思っていなかったのかサングラスの奥の瞳が少し揺れたような気がした。


「へぇ……意外。あれだけ嫌がってたのに、やっぱりたーくんがいるから?」


「べ、別に??そういうわけじゃないし!」


小悪魔的な笑みを浮かべるお姉ちゃん。

これは、絶対面白がって言っている。

長年の経験からこのことは、わかっていた。


いつもなら平静にあしらうはずのわたしが気付けばムキになっている。


どうして……これじゃあ、バレバレじゃない!


案の定と言うべきか、お姉ちゃんにとっては、全てお見通しだったようで、「そっかそっか……にひひ」と勝手に自己完結していた。


「もうやめてよ……」


いつも揶揄ってくるお姉ちゃんだが、この話題は心臓に悪い。

だって、さっきのこともあるから余計意識してしまうのだ。


「だって、満華ちゃんがわかりやすいのがいけないんだよ?こんなかわいい反応されたらイジワルしたくなっちゃうって」


「ホントになんにもないし……」


「へぇ〜、そうなんだぁ〜」


更に面白がってしまっている。

これでは逆効果もいいところだ。

このままでは、まずいと思ったわたしはそれとなく話題を変えることした。


「今日は、朝から見にきてたの?」


「ううん?午後からだよ?だって、満華ちゃんの出場競技は全部午後からだったでしょ?」


「な、なんで知ってんの?教えてなかったと思うけど…」


「たーくんに聞いた」


「そ、そうなんだ…」


あっけらかんと答えるお姉ちゃんを見て、わたしは拳を軽く握った。


アイツ……どうして、わたしの出場競技お姉ちゃんに言ってんのよ……

見られんの恥ずかしいから聞かれても教えてなかったのに。


「借り物競走もちゃんと見てたよ?たーくんと手を繋いでたね〜〜」


「あれはっ!お題で仕方なくだったからっ!」


「ふ〜ん、どんなお題だったの……?」


「そ、それは……その……」


「その……?」


「や、やっぱいいたくない」


「へぇ……」


「べ、別に健全なやつだったから!下心なんてなかったし!!」


「別にわたしは不健全とか下心とかそんなことは一言も言ってないんだけどなぁ……?」


「ううっ……」


どうしよう、お姉ちゃんのニヤニヤが止まらない。

もうっ……話題を逸らそうと頑張っていたのに、これじゃあ一生この話題を擦り続けれられることになる。

ど、どうにかしなければ……

必死に頭をフル回転させていた時だった。


「あ、そう言えば、借り物競走で思い出してたけど、たーくん、満華ちゃんのこと心配してたよ?」


「え?アイツが?」


待って?なんでアイツが?わたしのこと?しんぱい?

ないない、だって借り物競走で心配されるようなことないもん。

ケガした話は当日だから、関係ないし。アイツ……お姉ちゃんになに話してたんだろう。


「満華ちゃんって、私が思ってる以上に学校では違うんだね」


「え?ど、どういうこと?」


「学校での様子だよ。家ではホントにイキイキしててちょっと生意気で可愛げのある満華ちゃんだけど、学校ではずっと敬語でどんな時でも笑顔を絶やして無いんだって?」


「そ、それは……」


アイツまた勝手にそんなこと喋ってたの……?


「それを別に、わたしはどうこう言うつもりはないの。わたしの意見は最初言ったときから何も変わってないよ。でもね、たーくんはね、あんまりよく思ってないみたいだよ?」


「えっ……そ、そうなの?」


彼は、人にはあまり興味を抱くタイプではないと思っていた。

人がどうしようが、自分に関係あるわけではないし好き勝手やってればいいと、そういうタイプだと思っていた。


実際に、自分でもよく言ってたし……それなのに、どうしてわたしの学校での姿をよく思ってないの?


もしかして、気に触るようなことしちゃったのかな?


キュッと胸が締め付けられる思いを感じながらお姉ちゃんの話に耳を傾ける。


「たーくんはさ、満華ちゃんと仕事という間柄だけど、関係を持って最初はとっても尊敬してたらしいよ?俺だったら、あんなに人に見られてる中でずっと自分を偽っていく自信もそれをやってのける実力も胆力もないって……」


「…………(あいつそんなふうに思ってくれてたんだ)」


「だけど、段々と時間を過ごしていく中で最近は、辛くないのかなって?心配してたよ」


「…………アイツが、わたしを?ほんと?」


「ウソなんて言うわけないでしょ?前に電話した時にわたしに聞いてきたの。体育祭とか最近色々忙しいけど、アイツ大丈夫なんですかね?って……きっと、家族にだけ見せる顔もあるとか思ってのことでしょうけど……」


そんな素ぶり、これまでの彼は一度も見せたことがなかった。

けれど、お姉ちゃんがわたしを揶揄うためだけに彼の名前を用いるとも考えられない。


裏でアイツはわたしのことをそんなふうに思ってくれていたの?

未だに信じられない。


「自分を犠牲にしてまで、キャラを貫き通す意味なんてあるんですかね……?」


「え……?」


「体育祭で競技選択の時にいつものアイツなら絶対やらないような借り物競走……クラスメイトが嫌な思いをしてやるくらいならって最後まで自分の競技選ばずに待ってたんですよ。案の定、ウチに帰ってから競技の愚痴吐いてましたけど、やめればよかったじゃん…なんて、普段の彼女を知っているから余計に言えませんでした」


「…………」


「自己犠牲精神は本当に尊敬するし、俺なら絶対できない。だけど、俺はアイツには家でいるように自然体のまま過ごしてもらいたいです。例え、キャラで自分を偽らなくても十分できた人間なのは間違い無いですし、十分過ぎるくらい魅力的な人ですから」


「お、お姉ちゃん?」


「あ?これは、この前の電話でたーくんが言ってたことなんだけどね?」


唐突にお姉ちゃんの口調が変わって困惑していたところに、彼がそう言っていたという事実が押し寄せる。


そっか……アイツは、アイツなりにわたしのことずっと心配してくれてたんだ。

優しい大きな何かに包まれたような感覚でじーんと心があったかくなっていく。

自分のカバンをギュッと抱きしめていたら、体操着のポケットに入れていたスマホがブルっと震えた。


取り出して確認すると、アイツの名前だ。


「なに?でんわ?」


「う、うん……そうみたい」


「だれから〜〜?」


確認するとそこには彼の名前があった。


「そ、その……誰でもいいでしょ」


スマホの画面を手で隠すようにして持ち、お姉ちゃんに対して静かにしててよねっ?と釘を刺す。


「はいはい、わかったから」と姉が言うのを確認してからそっとスマホをタップした。


「も、もしもし………?」


「はぁはぁ……もしもし?」


おっかなびっくり電話に出てみると、今まで走っていたのだろうか。僅かな息切れが電話越しに伝わる。


「なんで、そんなに息切れしてるのよ」


「なんでって……お前が急に逃げ出すからだろ?ずっと、近辺探し回ってた。「わたし急いでるから帰る!」ってだけ言われたらこっちが困るっての!まだ話終わってなかったんだぞ?」


「そ、それは……ごめん……」


頭の中がいっぱいいっぱいでそんなこと考える余裕なんてなかった。

けど、今になったら確かに言葉足らずだった。


「まあ、俺から言うことはアレだけだったし、別にいいけど妹がお前に話があるらしいから変わってもいいか?」


「え?あ、う、うん……いいけど……」


わたしがそう言うと、電話越しにアイツがスマホを麻里奈ちゃんに渡した鈍い音が聞こえて、次の瞬間可憐な声が聞こえてきた。


「あ、もしもし?満華センパイ?」


「もしもし、麻里奈さん?ごめんね、用があったのに先に帰っちゃって……」


「いえいえ!わたしも少し不穏な気配を感じてしまって…ちょっと距離をとってしまい…」


「不穏??」


「いやいや!やっぱり、なんでもないです!それで、満華センパイに伝え忘れてたことなんですけど、よかったら、そのミサンガ貰ってくれませんか?」


「え?ミサンガを?」


「はい、兄から大方の事情は聞きました、わたしが作ったミサンガがセンパイの力になったのなら嬉しいですし兄があげると言った手前返して貰うのもわたしとしては違うと思いますし」


「でも、これはお兄さんのためのやつなんじゃないの?」


「…………いえいえ、兄にむけて作った本当ものはちゃんと今も大事そうに巻いてくれているので、わたしとしては特に思うことは無いです。それに知ってましたか?ミサンガは友人や知り合いにシェアするといいらしいですよ?」


「へぇ……そうなんだ」


「ご縁も含めてこれからも使って頂けると嬉しいです」


「うん、わかった……そういうことなら大事にするね?」


「はい、ありがとうございます!それと、満華センパイ?」


「ん?な、なに?」


「わたしはそっちの満華センパイの方が好きですよ?」


笑いを含んだ声でそう言う麻里奈ちゃんの言葉で自分が盛大にやらかしていることにようやく気付いた。


「あ、あの!こ、これは……」


「もう手遅れですよ〜?満華センパイ?あの異性には見向きもしなかった兄が突然満華センパイのことを話したりしてると思ったらこういうことだったんですね?うふっ!わたしも秘密を共有できて嬉しいです」


電話越しに伝わる声はとても満足そうで声が跳ねていた。

こっちは、油断した自分が情けなくてため息しか出てこない。


「兄ばっかり行かせると、満華センパイも大変ですし今度私もお邪魔したいです!」


そういう麻里奈ちゃんはきっと目を輝かせているんだろうなぁ……

まあ、別にいいか。

アイツの妹さんだし……とオッケーをしたらとても喜んでいた。


「じゃあ、今度暇な時にお邪魔します!」と言って麻里奈ちゃんはスマホを持ち主に返した。


「あああ、聞こえるか?」


「聞こえるわよ?」


「おまえ……とうとうやらかしたな?」


「……う、うるさい、言われなくてもわかってるし!」


「それで……どうだ?」


「……なにがよ?」


「案外なんとも言われないもんだろ?」


「それは…………だって……アンタの妹さんだからでしょ…?」


「ふ………まあ、そうかもな」


電話越しにクスリと彼が笑った。


「な、何がおかしいのよ!」


「別に、なんでもない。今日はありがとな。週末はゆっくり休めよ?」


「い、いわれなくともそうするわよ」


「そうか、なら、また来週な」


「そ、そうね……ま、また来週」


私のその返事を合図に電話はプツリと切れた。

耳に当てていたスマホを両膝の上にポトリと置いて、一息ついた。


「どうだった……?随分と楽しそうな様子だったけど」


「別に全然楽しくない……って、もしかして、全部聴いてたの?」


「ううん?聞こえていたのはほんのごく一部だけだけど満華ちゃんがそんな風になる相手って限られるでしょ?」


どうやったってこの人にはすべてわかってしまうらしい。


「べ、別に内容はありふれたものだったし特別何かあったわけではないわよ」


これもウソ。誰が電話でミサンガの話なんてするか。全然ありふれてなんかいない。


「ふむふむ……満華ちゃん、恥ずかしくなって逃げてきたんだ?」


「べ、別に、逃げてなんかいないし………」


どうやら、一部を完全に盗み聞きされていたらしい。


「もう自分のことを誤魔化すのをやめたら……?」


横目で見る姉は笑っていたが同時に諭すような声もしていた。


「わたしは別に誤魔化してなんかいない………」


「あーっそ!なら、私、たーくんのこと狙ってもいい?」


「な、なんでお姉ちゃんが!?」


「だって、ぶっちゃけタイプだし。初対面からかっこかわいいって思ってたんだよね〜満華ちゃんが勘違いじゃないなら、私が捕まえちゃってもなにも問題ないでしょ??」


「そ、それは………」


安易に想像できる。

お姉ちゃんとアイツが仲睦まじく過ごす情景が。

私の知らないところで仕事の関係とは言え連絡をとって以前よりも仲良くなっているんだろう。


お姉ちゃんがアイツのことを憎からず思っているのは、最初からわかってたし、それは多分アイツもおんなじ。


そんなの……イヤよ。


「満華ちゃん?」


「……………な、なに?」


「本当にたーくんのこともなんとも思ってないんなら、そんな顔はしないんじゃない……?」


そう言われて、慌てて私はスマホのカメラを起動する。

そこに写る顔は初めて見るわたしだった。


「満華ちゃん……私が100%正しいとは思ってないけど、満華ちゃんはたぶん……きっと彼のことが好きなんだと思う」


お姉ちゃんが好きという言葉を発した瞬間、認めたくなくて、必死に誤魔化していたものがボロボロと崩れていくようなそんな感覚に襲われた。




そっか……この気持ち。




わたし……やっぱりアイツのこと……いつの間にか好きになってたんだ。


―――――――――――――――――――――――

これにて第2章は終了です。当初は前の話も含めての1万文字予定だったのに気づいたらこんな量になってしまいました。申し訳ありません。


この章で物語の半分が終わりました。60話前後で完結予定ですのでなんとかそこまでうまく纏めたいと思っております。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

そして、これからもよろしくお願いします。

ちょっと、ストックを溜めてから再び投稿したいと思います。(ここから段々と甘くなる予定)

そのタイミングで新作も投稿する予定ですのでよかったら一緒に読んでいただけると幸いです。

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