第32話
○ side満華
「位置について……よーい……ドンっ!!」
ピストルの音を合図に最後の種目選抜リレーが始まった。
「おおっと!!いきなり先頭に躍り出たのは青軍ッ!!一年生の山永選手が快走を魅せておりますっ!」
会場のアナウンスのテンションと比例するかのように会場の熱気のボルテージもドンドンとあがっていく。
その熱気の中心に私はいた。
今も私のすぐそばをリレーの選手が走り過ぎていった。
意地と意地のぶつかり合い、絶対負けないという想いがバトンに積み重なって行くかのように、選手たちはどんどんとスピードを上げていく。
トラック内にいるまだ順番待ちの選手もそれを感じ取っているようだった。
ただいま、4走者目まで順番が回り、順位は青、赤、白、黒、黄の順番となっている。
拓実の妹さんが一番手でスタートダッシュを見事に決めてバトンを次の走者に渡す頃には青軍と黄軍の差は30mくらい広がっていた。
100mの時も凄がったが200mも圧巻である。
「あちゃ〜……なかなかうまくいかないねぇ…」
前田さんが言う通り黒軍は4位に甘んじている。これまで他競技では安定してポイントを稼いできたがここに来て状況が後退してきた。
走者は変われど戦況にさほど変化はない。
いよいよ前田さんの出番になった。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるね〜?」
この劣勢の中楽しそうにトラック内に入り込む前田さん。
しかし、その目はギラギラと輝いていた。
彼女がバトンを受け取るまであとほんのわずか。
その時、彼女がこちらを向いて「ベストを尽くそう!」そう言ってサムズアップをかました。
私も咄嗟に受け応える。「うんっ!」と頷き同じようにサムズアップ。
すると、前田さんはニカっと笑みを浮かべてバトンを受け取るために助走をつけ始める。
4位で十二番目の前田さんにバトンは託された。
青が2位の赤に約20mほど差をつけ、その後すぐ赤、白、黒の三つ巴の状態だ。
「おおっと!!黒軍、白軍を抜いて3位になりましたぁ!!
このまま赤を捉えられるか……!?」
前田さんは奮闘していた。もう少しで赤も越せそうな位置までつけている。
「じゃあ、14走者目。トラックに出て」
戦況を見つめていたところ、担当教師により指示が出る。
内側から順位が速い軍団順に並ぶので私は内側から三番目の位置で構えた。
そして、バトンが十三番目に渡る。
「おおっと!ここで、順位が変動!再び白が3位になったぁぁ!?」
バトンパスの場面だが、ミスと呼べるほど大きな問題は起こしていない。
一つ言うならば、貰い手がバトンを受け取る時に充分に加速できていなかった。
それに比べて白軍は完璧に近い形でバトンパスを行った。
それでまた順位が逆戻りだ。
惜しい…………あとちょっとだったのに………
この二人のバトンパスは練習では完璧だったのだ。
だから、余計に悔しさが募る。
だけど、他人ばかりに目を向けてもいられなかった。
次は私の番だから。
前田さんがやってみせたように私は私でベストを尽くそう……きっと結果はついてくる。
拳をギュッと握りしめて、バトンを受け取るために右手を後ろにまわす。
私にパスしてくれる前の走者がしっかり見えるように振り返った。
よし、4位だけど2位とそんなに差はない。
戦況は前田さんがバトンをもらう前と同じ状況だった。
近づいてくるバトンに気持ちが高ぶる。
少しの遅れも許さぬように神経を研ぎ澄ませる。
すると、右手首に結ばれているある物を感じる。
もう……今は気にしちゃダメなのに。
それは、この競技中になるべく考えないようにしていた物。
どうすればいいかわからないもの。
まったく……右手にミサンガを巻くのは恋愛って……いったいどういうことよ。
最初もらった時は単純な願掛けだと思っていた。
だけど、自分の利き手に巻くことにそんな意味を持っていたなんて……
アイツは知っていたんだろうか………?
知っていてわざと私の利き手に巻いたのだろうか。
それがとても気になってしまう。
それに、「大事だし、大切だからこそ、お前に渡すんだろ?」
と言う彼の言葉が未だに頭に引っかかる。
あれは、どういう意味で言ったんだろう……
あの後考えてみたが答えは全く見えてこない。
ああっ!もう!わかんないっ!
もどかしい、すっきりしていたはずなのに。
こうなったら、後で絶対問い詰めてやるんだからっ!
自分にそんな勇気はないことを私は知っている。
だけど、そういうことにしておかないと一番大事なものに集中できないから。
今、何よりも優先すべき事項がここにある。
そう、私は選抜リレーに選ばれている。
責任ある立場だから。浮ついた気持ちでなんか挑まない。
欲するはただ純粋な勝利のみ。
はぁっ……集中よ。わたし。
一息大きく深呼吸をする。
「さあ、青軍が十四番目の走者にバトンパス!少し遅れて赤軍が続く!!」
黒軍、十三番目の走者が5メートルの間合いに入ってきた時に私は走り出す。
何度も練習したこの場面、彼女の特徴、私の特徴。どうやったら完璧に渡るか相談を重ねた時もあった。
ただこの時、最高の状態で繋ぐために。
「おおっと!!黒軍がバトンパスを完璧に繋いだ!!加速で白軍をそのまま抜く??!いけるか?いけるのか!?」
我ながら完璧だった、そのまま白軍を猛追した。
「こ、これはっ……ここに来て順位の変動がありました再び黒軍が白軍を抜き去り赤軍を追いかけていますっ!もの凄いデットヒートだぁ!!」
アナウンスの実況の通り。
私のすぐ後ろには白軍、そして目の前には赤軍がいた。
もう少し……あと、もう少しで……
青軍に追いつくことはできなくともせめて2位で、アンカーの先輩にバトンを渡したい。
あのいつも表情を変えない先輩に少しでも満足してもらうために。
練習でも、アンカーの松山先輩は全く表情を変えることがなく何を考えているのかわからなく不思議な人だった。
私が「どうしたら受け取りやすいですか?」と尋ねたらただ一言「全部キミに合わせる」これだけ言って後は終始無言だった。
先輩にとってこんな行事を本気でやる意味なんてないんだろうか??
しかし、走りやファームを見ているととてもそんな風には見えなかった。
もしかして、口下手なだけなのかな?
他の三年生ともあまり話している姿は見たことがない。
近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、もしかしたらただ話すのが苦手で警戒している可能性もあった。
先輩は、バトンパスを全部わたしに合わせると言ってくれていたが、臨機応変に出来る実力があったとしてもスポーツの世界に絶対はない。失敗する可能性があるならば少しでもゼロにした方がいい。
だから、しっかりやり方を決めたくて先輩になりふり構わず沢山相談した。
最初のうちは先輩は戸惑っている様子だった。
しかし、数回ほど相談する頃にはぽつりぽつりとは口を開くようになっていた。
「な、なぁ……キミはなんでわたしにそんなに構うんだ?私は最初にキミに全部任せると言ったはずだが?」
「確かに、そう言われましたが、そうしてしまうと私が先輩に全てを頼ってしまうことになります。」
「別に構わないだろ?だってキミは陸上部ではないんだから。普段からやっている私がキミに色々注文つけるわけにはいかない」
「リレーはチームプレーです。例え、経験が豊富でなくてもできるだけお互いのことを思ってバトンパスできた方がいいと思います」
「それは、そうだが……」
「お願いします。例え、難しかったとしても練習してなんとか形にしてみせます。」
頭を下げた。
すると、先輩は困った様子で、でもちょっとだけ嬉しそうに「わかったよ。みんなで頑張ろう」と言ってくれた。
せんぱい?……あとはよろしくお願いします。
「黒軍!大躍進!!赤軍と並びましたぁ!!」
打ち合わせ通りの位置とタイミングで綺麗に最初の一歩を踏み込む先輩の姿を捉えながらバトンを持っていた左手を精一杯伸ばす。
トスッ……
「完璧だ」
バトンを渡した瞬間、彼女は私に聞こえる声でそう言った。
――――――――――――
昨日は投稿できずに申し訳ありませんでした。
爪が剝げちゃってキーボードが打てませんでした。
この章は残り一話です。文量が多くなるので明日は厳しいかもです。
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