第31話



○ side 満華


借り物競走であのお題を確認した瞬間、私は頭が真っ白になった。


書かれていたのは、クラスメイトで一番興味を持っている人。

恋人や好きな人を連れてくるというお題よりかは幾分かマシなお題ではあったけど、一歩間違えれば地雷に発展しかねない難題だった。


別に恋人が嫌とか悪いわけではない。ただ、私が特定の相手を指名してその人に好意を持っていた女の子と仲が拗れる。その可能性があることが嫌だったのだ。


出来るだけ当たり障りのない相手……クラスメイトで今後仲良くなりたい人ならいっそのこと女子でも……と思っていたのだけど、頭の中に浮かんできたのはあの男だった。


なんで……アイツが……


本当に無意識だった。


いやいや、ないない。


アイツと仲良くなりたいとか……だって、私たちはとっくに……


そう言いかけた瞬間、言葉に詰まった。


とっくに……なんなんだろう。


私たちは、クラスメイトで家事代行という仕事の関係で……それを取ったら私たちには何が残るのだろう。


今まで考えたことなかった……私とアイツは一緒にいることが多くてそれが一種の習慣みたいになっちゃっていて、考えることを忘れていた。


もし、家事代行の仕事が終わって、来年のクラス替えで別々のクラスになってしまったらまた他人に逆戻りだ。


性格は相性がいいとは、思わない。言い合いばっかしてるし。

一度離れたらきっと、もうこのように何気ない会話をすることもできなくなってしまうのだろう。


だって……友達と言えるのかわかんないし……


お題なんて適当に誤魔化していいはずの借り物競走。

それなのに、私は何故か誤魔化すことを拒んでいた。

自分でもなんでかはわからない。


だけど、いま心にあるのはアイツの手を引いてゴールまで向かいたいという純粋な想い。


けど……アイツ……目立っちゃった……


可能性として考えるのは、もうすでにあいつのことを好いている女子がいること。


前にお姉ちゃんと話した時にやたらアイツのルックスを褒めていた。

性格も可愛げがあっていいんだけど、なんと言ってもカッコいいと。


私もそれは否定しない。


言わなかったけど、出会ってきた中では整っている方だと思っている。もうちょっと美容に興味を持てばそれこそ、妹さんのように大勢のファンを獲得してしまうほどに。


でも、そのことをアイツの前では一切言ったことがない。


こんなこと……恥ずかしくて言えるわけないじゃない……


私がアイツのことを好きだと思われるわけにはいかないのだ。

そう、これは変な勘違いを起こさせないため……だった。


でも、もう今は………


こう考えている間も時間は刻々と過ぎている。


ふと、徐に観客席を眺めると一人の人を二人の競技者が取り合って険悪な雰囲気になっているのを見かけた。


待って……このままずっと動かないでいたら……もしかしたら……アイツを掻っ攫われる可能性もある?


あの光景を見て、考えたのはアイツが何者かに横取りされる可能性。

目立ったアイツなら、無くはないかも。


どうしよう……好きな人とかのお題でアイツを連れて行かれちゃったら……


そして、ゴールした後に告白。返事は……

そんなのダメっ…!


気付いたら私の足は勝手に動いていた。

彼の場所はだいだい知っている。スタート地点で黒軍の場所を確認していたから。


黒軍の応援席を見回していると、ふと一人の男子生徒と目が合った。


もしかして……ずっと私を見ていたの?


こんなのただの偶然で自惚れかも知れない。

だけど、私には今まさに起きているその事実が嬉しいのだ。


さっき、転んで傷付いた膝から血が滲んできているのを感じる。


痛いし、けっこうピリピリする。


本当なら、血がこれ以上滲まないように大人しくしていたい。

だけど、今は一刻でも早く彼の元に向かわなければ。


そうしないと、誰かに取られてしまうから。

それだけは、嫌だと気付いたから。







彼の手を引いてゴールに向かっている時、私には二つの大きな感覚があった。


一つはさっきのケガで血がだんだん滲んできて走るのもキツいほどの激痛が脚を襲っている感覚。

もう一つは、手を握っているだけなのに、何故か鼓動がドンドン速くなってきていて、なんだかとってもふわふわして心地よい感覚。


この二つの感覚を彼に悟られないように素の私ならポーカーフェイスをしていただろうけど、幸いなことに今は学校の性格でイイから表情は無限にニコニコしてないといけない。


痛い顔は禁止だけど、ニコニコしていいので二つ目のフワフワした感覚がドバドバ溢れ出てきていて色々な意味で本当に大変だった。


拓実にお題のことを聞かれて言ってしまおうか迷ったけど、なんか途中で恥ずかしくなってきて、とても自分の口からは言えなかった。


ま、まぁ……係員が言ったあとに、照れ隠しの言い訳はバッチリ考えてあるんで何も問題ありませんけど?


ゴールしてから、係員にお題の紙を渡して、お題のことを説明して拓実を納得させるまでは完璧だった。


うん……我ながら完璧だった。

自分にウソはついていないし、拓実は納得させられたし言うことなし。

問題なのは………


「――ケガとか大丈夫なのか?」


競技が終わってすぐその言葉を聞いた時ドキりとした。

自分では、バレていないと思っていたから尚更。


ダメ元でしらばっくれてみたが彼にはなんの効果もなく、観念して膝を見せることになった。


うぅ……こんなに汚れたところ……みせることになるなんて……


部屋では普通に素足を晒しているがそれとこれとはまた別なのだ。

拓実はケガの程度を見て保健室に行こうと言ってくれたが、私はこの後選抜リレーがあるため抜け出すことはできない。


自分のプライド的にもこんなところで棄権するなんて選択肢はないし、私がそれを許さなかった。


と、私が言うことを想定していたのだろう。

彼はすぐにバイキンだけでも落とそうと強引に手を引いてグラウンドの端の水道まで引っ張って行こうとする。


辺りには保護者などの沢山の観衆。人の目がある中で手を引かれて歩くことは、はっきり言ってとても恥ずかしい。

手のぬくもりから感じる安心感と観衆の目にさらされている羞恥心を天秤にかけた結果僅差で羞恥心が勝った。


なんとか、彼を説得して手を握るのをやめてもらった。

私を心配してくれているのはわかっているが色々な意味で私の心がもたない。


水道のある所まで行くと、私が脚を洗っている間に何処からか綺麗なタオルを持ってきてくれて使わせてくれた。


聞けばこれは、拓実のものだったらしい。


新品だったから、使うのに気が引けたし、申し訳なくも思った。

だけど、彼は私が優先だからとか、普段ならあまり言わないようなことを言ってくる。


なに?ケガしてるから優しくしてくれてるの?


そういうのホントにやめてよ…………


人にはギャップにやられやすい人もいると言うが正に私のことだ。

こんな対応されたらどうすればいいかわからなくなる。


タオルで拭き終わった後、彼はゲン担ぎと言って私にあるモノを渡してきた。


妹さんお手製のミサンガだ。

どうやら、妹さんが今回のためにわざわざ作ってくれたらしい。

もらってしまっていいのだろうか?

これは、きっと妹さんがアイツのことを思って作ってくれていたはずなのに。


しかし、彼はこう言った。


「大事だし、大切だからこそ、お前に渡すんだろ?」


その言葉の真意はわからない。

けれど、その言葉を聞いた瞬間に説明のつかない力が漲ってくるのを感じた。

アドレナリン?いや、どうだろう?


痛みが気にならなくなったわけではなく、今でもヒリヒリするのはあまり変わらなない。

それ以上に心の中からくる暖かいものを感じるのだ。

うまく説明できないけど、いつも彼と一緒にいる時に不意に感じてしまう何か。

それが極端に大きくなったモノ………そんな感じがする。


うん……できる、これならできる。


科学的に証明できない何かが私に宿ったようなそんな感じがある。


「時間だな。精一杯、頑張ってこいよ」


「うん……ありがとう」


もう、後ろは振り向かない。

だって、これ以上ないくらい私には力が漲っているから。




「あ、満華ちゃん!こっち、こっち!!」


私がリレー選抜の待機場所に着く頃にはほとんどの生徒が集合していた。

同じクラスの選抜メンバーの前田(女)さんが私を見つけて手を振って場所を教えてくれる。


「ご、ごめんなさいっ……」


遅れて迷惑をかけたと思った私は思わず頭を下げる。


「いやいや、まだ集合時間になってないから全然大丈夫だよ〜?でも、珍しいね。いつも、集合時間の10分前にはその場にいる超マジメさんなのに……」


「あはは……少し、問題が起きてしまいまして……」


「問題??」


「はい、少し膝を擦りむいて……」


「あわわっ……ほんどだ!大丈夫なの?痛くない?」


私の身体をチラッと見ただけですぐに異変に気付いた様子。

あわあわとして、私の顔色を伺っていた。


「大丈夫ですよ?最低限の応急処置は施しましたので」


「それなら、大丈夫??………なのかな??」


「幸い今は止血できていますし、念のため閉会式が終わった後に保健室に行くつもりです」


「うんうん、そうした方がいいよ。心配だから私も付き添っていい?」


「いいのですか?前田さんも何か片付けがあったり……」


「そんなのは、後回し。だって、星野さんの身体が何よりも大事だから」


「前田さん……ありがとうございます。お願いします」


「うんうん、リレーの練習で苦楽を共にした大事な仲間だもんね。当たり前だよ」


そう言って前田さんは笑うと、自分の指定された場所に座り込んだ。


「ほら、満華ちゃんは私の後ろだよ?ほらほら?」


「……ふふっ……ありがとうございます」


促されるままに私も指定されている場所に座り込んだ。


「そういえば満華ちゃん、バトン貰うの最後から2番目なんだよね?」


そう尋ねてくる前田さんに対して頷いてみせた。

このリレー選抜という競技は一周400メートルのトラックを半分に分けて一人200メートルずつ走る。

各学年から5人選抜メンバーが選ばれて合計15人でのバトン繋ぎとなる。

私は二学年では、一番最後に走ることとなる14番目の走者に抜擢された。


「リレーでは結構重要どころだね。でも、満華ちゃんならきっと大丈夫だね。それにうちのアンカーは学校で一番速い人だし」


アンカーはトラック一周を走るのだけど私たち黒軍には、陸上部のエースが控えているのだ。取り敢えず、あの人に繋いでおけばなんとかなるというほどに圧倒的な能力を持った人物が。


「取り敢えず、足手纏いにならないように頑張ります」


「もうっ……満華ちゃんったら謙虚だなぁ……大丈夫だって!練習通りならむしろ余裕余裕」


前田さんがこう言ってくれたのは、緊張をほぐす意味もあるのだろうけど、私は絶対に慢心しない。

あそこまでしてくれたアイツのためにも完璧に走り切って見せる。


そう自己決意している時だった。前田さんが私があるものに気付いたのは。


「あれっ?満華ちゃんってミサンガ巻いてたりしてたっけ?」


前田さんは不思議そうに私の右腕に巻かれているミサンガを指差す。


「ああ……午前はしてませんでしたけど、午後は競技があるのでつけてます。願掛けにつけているんですよ。ちゃんと成績を残せるように」


「そうなんだぁ……私はてっきり、恋人とかそっち関係かと思ったよ〜〜?」


「へぇ!?な、なんでそうなるんですか!?」


「えっ……だって、満華ちゃんは利き手が右手でしょ?」


「そうですが……」


「勝負事の時って普通はミサンガを自分の利き足に巻くんだよ?」


「え……?」


「あれ?もしかして、知らなかった??」


ポカンとした表情でうんうんと首を縦に振る私を見ながら、前田さんは満足そうにしてこう言った。


「そっか……なら、満華ちゃんに衝撃の新事実を教えてあげる



――利き手首にミサンガを巻くことはね?……主に恋愛成就を意味しているんだよ??」


―――――――――――――――――――

長くなりすぎたので一旦ここで切ります。


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