第30話
黒軍の一角で驚きの声が上がった。
原因は、癒しの星野さんこと、星野満華が俺に放った言動である。
あろうことか、星野は俺に同行を願い出たのだ。
なんのお題が出たのかを知ることは出来ないので俺を同行させるのが正しいのか他人は判断はできない。
しかし、これまでクラス内であまり接点がないように見えた、俺を星野が指名した。
このことに対してクラスメイトは驚きの声を上げたのである。
そして、現在俺は星野に手を引かれゴールまで駆け足で向かっている途中だ。
やはり、星野という存在はどこにいても目立つようで観衆からの注目が段違いだった。
「あ〜!星野さんだぁ!!」
「みてみて、誰かわからないけど、男子の手を引いてるよ?」
「恋人なのかな??」
「いやいや、星野さんは恋人いないって言われてるし……」
「てか、あれって?今日の100m選抜で凄かった人じゃないっけ?」
「麻里奈の兄とかだっけ?」
声は様々だったが、俺たちに視線を向けているのはとてもよく伝わった。
チラリと横を見ると、星野はそんな声を物ともせずただ俺の手を引いてるだけだった。
「あのさ……」
「な、なによ……」
「どうして、俺なんだ?」
「アンタが一番相応しいと思ったお題だったからよ」
「どんなお題だったんだ??」
「それは……やっぱ、私の口から言いたくない……」
「なんでだよ……」
「ただなんとなく……」
「はぁ……」
この競技はお題を確認する際、係員にお題の紙を渡すのだがその時に一回確認のためにお題を読み上げるのだ。
だから、別にいま聞かなくても問題はない。
けど、星野が言いたくないお題ってなんだ……?
不安になってくる。
お前またとんでもないことに俺を巻き込んだんじゃ……
考えたくないが、コイツなら平気な顔してやりそうなので疑うしかないのだ。
そんなこんなで無事にゴールまで辿り着いた。
ルール通りに係員がお題を確認しにやってくる。
「それでは、お題を確認しますね?」
係員がそういうと、星野が頷いて自分の持っていたお題の書かれている用紙を手渡した。
「ふむふむ……えっと……お題は……クラスメイトで一番興味を持っている人」
「ええっ……!?」
俺が驚いた様子で星野の方を見ると、彼女はニッコリと頷いた。
「そうですね。今日の拓実くんの活躍は凄かったですし、クラスメイトとしてもっと交友を深められればいいなと思っています」
ああ、なんだ……癒しモードか。
興味を持つという言葉には様々な解釈のしようがあり、一歩間違えれば問題に発展しそうな面倒なお題だ。
そんなお題でどうして俺を選んだのかと思ったら、ちゃんと考えがあったらしい。
どうやら、今日俺は活躍したらしいし、実力を星野が認めたという形になればクラスメイトや学校の生徒に疑問を持たれることはないし、このお題も合格となるだろうと彼女は考えたのだ。
係員も迷うことなく合格のマルの合図を本部の方に向けていた。
「お疲れ様でした。借り物競走は終了です」
ゴール地点に集まっていると後から来た人たちの邪魔になってしまうので、ゴールして判定が下った者から競技は終了となり自分の応援席に帰るなり、休憩することが許されている。
俺たちも別にゴール地点に留まっている理由はないので、すぐさま歩き出した。
レース場にはまだお題を見て四苦八苦する者、観客にお題の物はないか?と尋ねる者が沢山いた。
どうやら、俺たちはかなり早くゴールできたらしい。
ゴールした時のタイムも得点に加算されるので星野は軍団に大きな貢献をした形になるのだ。
「よかったな……早く終われて」
「…そうね。お題を見た時はどうしようかと思ったけど、案外適任な人がすぐ側にいて助かったわ」
「適任というならもっと相応しい人がいたかもだけどな」
別に活躍したのは、俺だけではない。
黒軍が現在二位であるように他にも活躍した人は沢山いるのだ。
俺なんかより当たり障りのない人だっていたはずなのに。
「別に私が考えてやったんだから、何にも問題ないでしょ?」
「いや、俺が余計に目立ったのはいただけないけどな?絶対観客に俺の印象付けようとしてるだろ?」
お昼に星野が言っていた言葉が頭をよぎる。
「考えすぎじゃない?アンタの見解では一週間でみんな忘れるんでしょ?何も問題ないじゃない」
「ぐぬぬ……」
きっとコイツは俺が言い返せないことをわかって言ってるんだ。
くそ……まんまと星野に嵌められた。
もうちょっと考えておけば良かったと反省しなければならないな。
「そう言えば、序盤思いっきりコケてたけど、ケガとか大丈夫なのかよ?」
「……なんでそこまで見てるのよ?」
「いや、割と目立ってたし。大きな転び方してたから心配してた」
競技で目立つのはレース上で大きな変化があった時。
交錯などは、ただ走っている人よりも普通に目につきやすい。
「べ、別になんともないわよ……」
「と、自分では言い聞かせてるんだろ?」
「っ……なんで、そう思うの?」
「最後、駆け足だったからな。この種目はタイム加算があるんだから万全な星野なら思いっきり走るだろ?」
「アンタのことを気遣ったってこともあるでしょ?」
「俺を気遣う?お前が?あり得ないだろ?むしろ、クラスで一番容赦ないまであるわ」
コイツが今まで俺に気遣ったような態度を見てたことは一度もない。
少なくとも本来の星野なら。
だから、最後駆け足する星野を隣で見て絶対どこか負傷していると思っていたんだ。
「どこだ?ケガしてるところは?」
「………ひざ」
少し躊躇ったあと、ポツリと呟く。
言われたところを見てみると、確かに大きな擦り傷があった。
「確かにこれは痛そうだな……どうする?保健室で応急処置だけしてもらうか??」
「ダメ……この後すぐに選抜リレーの招集がかかる。女子が最初に走るから保健室に行くと間に合わない」
「なら、取り敢えず水でバイキンだけ落とそう。グラウンドの横に水道あるから」
「いいっ……これぐらい、大丈夫だから」
「そういうわけにもいかないだろ。菌が入って炎症起こしたら、せっかく綺麗な脚なのに台無しになる」
「…………」
「なんだよ?」
「ばかっ……キレイとか言うな……セクハラよ」
「セクハラでもなんとでも言え。文句は後からいくらでも聞いてやるから。一先ずは、洗いにいくぞ」
そう言って半ば強引に手を引っ張る。
「ちょ……みんな、見てるから……」
「こうでもしないとお前は歩かないだろ?我慢しろ」
「歩くっ……ちゃんと歩くから」
「ほんとだな?」
「うん、逃げない」
「なら、わかった」
手を離して星野をグランドの端っこの方まで連れていった。
「……大丈夫か?」
「うん……ちょっと、ピリピリするけど」
「まあ、それは仕方ないな」
水で取り敢えずバイキンを落とすのが最優先なので多少の痛みは致し方ない。
星野が自分で洗っている間、俺は応援席に戻りまだ使っていない新品のタオルを持ってきた。
「ひとまず、これで脚を拭け。まだ一回も使ってない新品だから汚れてない」
「で、でも……血が」
綺麗な白色のタオルだったので血でタオルが赤く染まることを恐れていたのだろう。
だけど、俺にとっては、些細なことだ。
「そんなこと考えなくていいから、タオルくらいなんとでもなる。今は自分のことだけ考えろ」
「うん……わかった。ありがとう」
星野は、そう言ってタオルを受け取ると自分の怪我した部分に当てて水分を拭き取っていた。
「なんとかいけそうか?」
「うん……これなら、なんとか大丈夫そう。まだ、ちょっと違和感があるけど」
脚を洗うために脱いでいた靴と靴下を履きながら星野はそう言っていた。
そっか……まだ、痛むのか……
出来れば、星野には怪我とか気にせずに正々堂々走って欲しいけど……どうしたものか。
残念ながら痛みを抑制するのものは所持していない。
科学的根拠に基づいたものは用意できないけど、精神的には効能があるかも知れないものなら今持っている。
「なあ、星野……」
「な、なに?」
「お前って占いとか、ゲン担ぎとかって信じるタイプか?」
「急にどうしたのよ?」
「いいから」
「ま、まぁ……自分にとって都合の良いものは信じるかも」
「なら、ちょうどいいな」
そう言って、俺は自分の右手に着けていたある物を外す。
「なにそれ?今日、ずっと着けてたみたいだけど?」
「ミサンガだな。いい結果が出るようにって着けてたんだ」
「ふーん」
「これ、お前にやるよ」
「なんでよ??大事なものじゃないの?」
「……大事だし、大切だからこそ、お前に渡すんだろ?」
「えっ……」
「…………これは、とってもありがたいモノなんだ。なんせ、俺の妹が丹精込めて作ってくれたやつなんだからな」
「そっか……妹さんが」
「それに、効能だって立証済みだ。現に俺は勝てないと思ってた先輩に勝ったし。たとえ、ケガをしてハンデがあってもこれがあればきっと大丈夫」
彼女の右腕をそっと掴んだ。
「これを着ければ、お前は大活躍間違いなしに加えて料金はタダ。どうだ?欲しくなっただろ?」
「詐欺の売り文句みたいなのは、気に入らないけど……確かにそうね……ちょっと欲しいかも」
「だろ?これでお前も俺とお揃いだな?ありがたい麻里奈神の加護が宿ってる」
彼女の右腕にそっとミサンガを結ぶ。
「ゲン担ぎの物を他人に譲るなんてこんなことして、罰とか下らない?」
「わかんないけど、下るとしたら俺だな。なんせ、俺がお前にあげたんだから渡した方に問題があるに決まってる」
「もう……なによそれ」
その時、軍団対抗リレーの選抜メンバーの招集が掛かった。
「時間だな。精一杯、頑張ってこいよ」
「うん……ありがとう」
そう言って彼女は走り出す。
もう膝をを気にする様子はない。
それくらい走っている彼女の表情はキラキラ輝いていて眩しかった。
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