第29話
◯ side 満華
わたしは、今までの人生で学校生活において自ら積極的に物事を選択するということをしてこなかった。
理由は様々あるが、主な理由としては波風を立てたくないからである。
別に学校生活における選択の場面なんて後から考えてみれば本当に下らないものが大半だし、仮に本当に大事なものが存在するというのなら必ず私が選ばれるように努力していたからそんなに気にしたことがなかった。
けど、わたしは初めて自分が正しいと思ってやってきたことを後悔していた。
はぁ……なんで借り物競走なんて引き受けちゃったんだろう……
世間一般のイメージではなく、わたし一個人のイメージであるが借り物競走にはとことん良いイメージがない。
スタートラインについてピストルがなったらお題があるところまで走っていき、お題を確認したらそれを持っている人のところまで行き、借りるまたは同行してもらいゴールまで走るという至ってシンプルな競技だ。
しかし、去年の惨状をこの目でしっかりと観ていたわたしにとってこの競技は出場するだけで悩みの種になる。
いったい誰が彼氏彼女とか……好きな人とかイロモノのお題を入れるのよ!
別名公開処刑とも呼ばれるこの競技には毎年数名の不運な方々が大衆の前で恥を晒すことがある。
別に恋人とかそういう存在に心当たりがある人は問題ないのだ。
けれど…
いない人にとっては地獄でしょ……これ。
借り物競争には時間制限があるためなにも選ばないという選択肢もあるが折角の体育祭なのだから多少キズを負ってでも無理をする人が一定数いる。
まあ、そういう人たちは、ネタだということも周りがわかっているからやっているんでしょうけど……
しかし、わたしは例外だ。
私はクラスの前……いや、学校ではジョークを飛ばす存在とは認識されていない。
もしそういうお題を引いてしまったら、、真面目に取り組む以外方法はないのだ。
時間制限だけは避けたいわね……
クラス委員としてのプライドもある。
どうにかしてクラス貢献はしなければならない。
だから、私的には時間制限はアウトなのだ。
もう、こうなったら安牌なお題を引くことを願うしかないわね……
イロモノは、ほんの一部しか含まれていないんだから。
不安を紛らわせながら、私は大勢が並ぶスタート地点に立った。
借り物競走は、時間短縮の意味も込めて参加者全員が第一レースで一斉にスタートする。
一軍の参加者が約30人なので五軍合わせると150人というとんでもない数になっている。
もはやこれは、何処かのマラソンや駅伝レベルね……
スタート地点は人々が集まり壮観と言ってもいい。
もう直ぐ始まるのね……
担当教師がピストルを構える。
スタートは直ぐそこまできていた。
○
やっぱ多いな……
アイツのこと、見失わないので精一杯なんだけど。
アイツというのは、ウチのクラスの学級委員であり、家事代行をしているお客様であり、学校では癒しの星野さんなど素の時の性格とは真反対の性格を演じている小生意気な少女、星野満華のことである。
家庭部の出店の応援だったり色々手伝ってもらい、今日に関してはとても恩義を感じている相手でもある。
星野の参加競技はすべて午後ということもあり、俺は午前で全てやることが終わってしまい暇になったので、暇つぶしに星野が参加する借り物競走を観戦している。
この競技は色々な意味でヤバい競技で、観る分にしてはとても面白く盛り上がる。
だけど、やる人にとっては地獄なんだろうなぁ……
と思ったりもしてる。
俺はこんなクソ競技断固拒否派なので、真っ先に午前の部の参加を決めたのだが、星野は最後まで競技を選ばず、選抜のリレー以外の参加競技を開けていて、誰も受けたがらない借り物競走に出場することになっていた。
素のアイツなら嫌がるんだろうなぁ………
「ふざけんじゃないわよ!私がそんなことするわけないでしょ!」と怒る姿が簡単に想像できてしまう。
しかし、学校での彼女は癒しの星野なのだ。
きっと、彼女は自分のキャラを守るためにそうやっているんだろう。
これは、個人的なことなので他者がどうこう言うのは間違いだとはわかっている。
だけど、そのような自己犠牲の精神はあまり好きではなかった。
もう少し自由でもいいだろ……
アイツの苦労がわかってしまう。素の性格を知っていると尚更。
何故、お前は癒しの星野にそこまでこだわるんだ?
これは、彼女の素を知ったときからずっと胸の内に抱えていた疑問でもある。
別に他人のことだしとその感情をポイっと投げさりたいが、もうアイツをただのクラスメイトというには彼女のことを知りすぎていた。
それに、興味がないと言えばウソになる。
だけど、これは俺が聞いていいことではないし、口出しすることでもない。
静観は心苦しいがそうするしかない。
俺にはそれしか方法がないのだから。
思いにふけていると、ピストルがなった。
どうやら、借り物競走が始まったらしい。
えっと、星野は………
結構前にいるな……あ、……
遠くから見ても異変はすぐに気付いた。
アイツ……前を急ぐ奴とぶつかってコケたな……
大丈夫か……?
渋滞による交錯、こういう競技なら付きものだが、やはり危険なことは変わりない。
まったく、去年も問題視されてただろうが。
教師と実行委員会は何考えてるんだよ。
星野はケガしてないか……?
倒された彼女に対しての心配とその対策を怠った組織に対しての怒りの感情が渦巻いている。
幸い、大事には至らなかった様子ですぐに起き上がると、ぱんぱんと体操着に付着した砂を払ってすぐに走り出す。
よかった……無事で。
もしこれで大怪我とかしていたら大変なことになっていた。
目視で確認する限り彼女の身に何もなさそうで安堵していた。
おお……星野も案外足速いんだな……
選抜リレーに相応しいような快走だった。
すぐさま、お題のところまで辿り着き、書かれているお題を確認していた。
んん?なんか、表情曇ったな……
面倒なやつでも、拾ったのか??
簡単なものなら、すぐさま行動に移すはずである。
だけど、彼女の足はどこか重そうで、それを見ただけでなにか厄介なお題を引いてしまったのは想像に容易かった。
マジかよ……大丈夫かアイツ。
アイツの責任感の強さは本物でタイムアウトなんて死んでも選択しないだろう。
どうすんだ……?
真っ直ぐ星野を見つめていたら、不意に星野と視線が合った。
は??な、なんで、アイツがこっち見てんだよ??
何が何だかわからない。
けど、アイツは何か決心した面持ちで一回、深呼吸するとズンズンこちらにやってくる。
えええ……ち、ちょっと待てよ……?
俺じゃないよな……?
普段ならこんなに慌てることはない。
しかし、今回は例外だ。
だって、彼女の視線が俺を離すことなくその距離を詰めてきているのだから。
ここまできたら俺でもわかってしまう。
黒軍の応援席まできた星野は真っ直ぐ俺を見つめて言った。
「拓実くん、お題で貴方が必要になりました。一緒についてきてくれませんか?」
その時の彼女を見て、俺は首を横に振れなかった。
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あと、2~3話程度でこの章が終わる予定です。
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