第27話


○ side 満華




勢いでここまで来てしまった。

心の整理なんて結局のところ出来ずじまいだったというのに。


扉からひょっこりと顔を出して、いつものように優しくふわふわした声でこう言うのだ。


「お邪魔します。まだ売り物は残っていますか?」


と。



あれからと言うもの、私はずっと上の空だった。


恵梨さんと何気ない雑談をする時も。アイツがまた揶揄うようなことを言って内心ピキピキしながらも笑顔で振る舞っている時も。


いつもとは、感覚が違っていて。


二人で和気藹々としている姿が羨ましくて。


無意識のうちに考えることをやめていた。

今考えれば、そうだったと思う。


アイツと二人で廊下を歩いている時もいつもとは違う感覚を感じていた。


出来るだけいつも通りの私で、自然体でいようと努力していた。


アイツは、私が変なカンジって思ったりしてないかな……


並び行く彼を横目に見ながらそんなことを考えていたのだが、それは結局のところ杞憂でしかなく、いつもと変わらずまるで家にいるかのような自然体で話しかけてきた。


内容はありふれていた。

出店の感想とか、なんでそんなにいっぱい買ったんだとか。


私は彼の問いに咄嗟にウソをついた。

これは、友達用でもなんでもなくてただ単純に気に入ったか買っちゃったのだ。


それを隠した理由としては。


大食いとか……そんな風に思われるの恥ずかしいし………


アイツに対して、マイナスなイメージを持たれることを、明確に私は嫌がっていた。


どうして……?


アイツにどう思われたところでデメリットなんてないはずなのに……


胸中が複雑になっている時、ふと再び隣を見てみると彼が少し難しそうな顔をしていた。


どうしたんだろう……?


純粋な疑問だったけど、アイツを悩ませる原因はすぐに自身の口から出ていた。

どうやら、あまり売上が芳しくないらしい。


味とかお店の世界観とか値段とかそう言うものではなく、宣伝の限界。

いつしか彼はそう言っていた。


出来ることはやっていた。それは、私が一番よくわかっている。いつも、時間を割いては色々な案を模索してアイツなりに最善のものを出そうとしていた。


だけど、目新しいものの前にはどんなに趣向を凝らしても限界があった。

食堂の出店は大盛況らしい。


そのせいもあり家庭部の出店には余計に人が入っていないんだとか。


友人に布教してくれと頼む彼の顔は、笑顔ながらもその裏の表情は、申し訳なさに溢れていた。


普段、彼が私に見せるような顔ではない。

いつもならもっと、余裕がある表情をしているはずだ。

こんな困惑を抱えながら取り繕ったような笑顔は絶対に見せてはこない。


なんなのよ……広告塔が必要なら私に頼めばいいじゃない。

一緒にまわって宣伝してくれ!って言えばいいじゃない。


モヤモヤとじれったくなる気持ちに加えて心の奥底で怒りが沸々と湧き上がっていることに気付いていた。


「べ、別にそれはいいけど……」


私を誘わないことに腹を立ててるくせして、自分では立場を明確にしない。

素直になれない。そんな私が嫌いだ。


自己嫌悪に溢れていたというのに「……いいのか?」と彼は私の返事にとても驚いていた。


なによ、私だって困っている人がいたら手を差し伸べるくらいは普通にするけど?

コイツ、私のことどう思ってんの??失礼じゃない?


ちょっと、別の意味でもムカついてきたかも……


「だって、お前反抗的だろ?」


ははーん。そうやって、火に油を注ぐようなこと言っていいんだ?へー?


こんなことで口論している場合でないことはわかっている、だけど反抗的で言われるのは心外だし、許容することはできない。


元を辿ればそっちがいろいろ私が反応に困るようなことをするのが悪いんでしょ!? 


もちろん、意見の相違があって言い合ってるだけ。


不満そうに抗議したのが功を奏したのかわからないが珍しく彼が謝罪を述べた。


怒るなよ、と窘められると意地でも怒ってることを認めたくなくなる。


あの日の出来事を引き合いに出して私の表情の変化は見抜くくせしてどうしてこんなに肝心な所は察しが悪いんだろう。


私は今、彼が素直に私に助けを求めないことに怒っている……別にアイツとの時間が減ったとか二人で出店とかやっちゃってズルいとか、私も二人でなんかやりたいなぁ……とか邪なことは別に考えていない……


察しの悪さを指摘したら、アイツは「俺と話せなくて寂しかったのか?」とか有り得ないことを言ってきた。


は?寂しい?

誰が?どこで?


あいつは私がほんのちょっと面食らっただけで、図星か?とか言ってきたけど、そんなことあるわけないじゃない!


まるで私が晩御飯を一緒に食べていかないことを怒っていたり、もうちょっと体育祭以外のことも話したいとか、ちゃんとトイレ掃除はサボらずやってるのに最近は褒めてもらえなくてちょっとだけ、しょんぼりしてることとかのことを言ったりしてるわけ??


ま、的外れもいいところだわ!まったく!


やっぱり、全然察せてないじゃない!


もう…………ほんとにダメなんだから。


彼は自分の苦しさを…そして、その苦しみを一緒に分かち合いたい、手を差し伸べたい人がいることを察せていない。


「あのさ……今のわたしに言うことはないの?」


わたしはズルい人間なので、答えを自分から述べたりしない。

彼は無意識にも自分のsosサインを自分で口にしていたのだから。


そして、それを助けたいと思っている人がいることは不器用なりにも既に伝えたはずだから。


だから……私を頼ってよ……


立ち去るつもりなんてなかった。


言い出すキッカケを作らせるために。

ただそれだけのために、私は歩き出そうとした。


そして、彼に止められた。

自分の腕をすっぽり包む少しゴツゴツとした男子の手だ。

確かな温もりを感じながら振り返って彼の瞳を真っ直ぐ見つめる。


その答えが出るまでずっと。







「その……迷惑じゃなければの話なんだけど……お前に店の広告をお願いしたいと思ってさ……」


まだ整理されきっていない言葉を間違えないようにゆっくりと発していく。

その姿を見つめながらちゃんと聴いていることを示すために頷いていた。


「やっぱり星野が宣伝してくれれば、きっと興味を持ってくれる人はたくさんいるだろうし……」


「うん」


「だから、お前に頼みたい。これから、一緒にきてほしい。残念なことにお前以上の適任を見つけるのが難しいんだ。この通り頼む」


彼に頭を下げられた。

その時、確かな感情が溢れてくる。

別に頭を下げられたからではない。


彼の言葉に少なくとも私が求めていたものがあったから、ただそれだけだ。


「しょーがないわね。手伝ってあげるわよ。」


「ホントか。まじで助かる。わるいな、演技とか疲れるだろ?」


「緊急事態なら仕方ないわよ。どうしても成功させたいんでしょ?」


「ああ」


「でもね!これで貸し一つだから。今度ひとつ何かお願い叶えてもらうから」


「えぇ……お前かよ……」


「んん?ちょっと待って?お前?そのってなに?」


誰かに貸しっていうか、お願いを聞いてあげる権利あげてるの?

ちょ、ちょっと、気になるんですけど!?


「………いや別になんでもない。こっちの事情だから。気にしなくていい」


「いや、わたし的にはちょっと気になるんですけど??

また、何かやらかしたの?ねえ?」


「……それよりも、ほら、急ぐぞ。このままだと大赤字だ」


そう言ってアイツが掴んでいた腕を引っ張る。


「ちょ、フルーツが危ないでしょ!?溢れたらどうするのよ!」


露骨に話題を変えて……絶対に都合が悪くなったからだ!

それに今の私は右手にフルーツ、左手にスポドリなんだけど!?


うわぁ……こうみると本当に広告塔みたい……


「……今のお前のその格好、最高に似合ってる」


「んなぁ……!?」


それは、私が体育祭で頑張っておしゃれをしてきたことに対してもう一度言ってくれたのか、それとも商品を抱えて広告塔としてピッタリだったからそう言ったのかは私にはわからない。


だけど、ただ一つ確かなことは。


………なんなのよ、胸の鼓動の高まり。


ドキドキする必要なんてないじゃない。


……はやく治りなさいよ。


その知らないふりをしている感情の正体がしばらく私を謎の鼓動から解放してくれることはなかった。

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