第26話
○ side 満華
開会式から午後までやることがない私はとても手持ち無沙汰だった。
他のクラスの子は午前の競技で玉入れや綱引きに出場するが、私は午後の借り物競走と軍団別混合リレーにエントリーしているのでこの時間は特にこれと言ってすることがない。
待ってる間は応援席に居なければならないという決まりもないため、私は校舎に戻ろうと考えていた。
別に今回の主役は応援団なわけだし、学級委員がいなくても問題ないわよね……?
幸いスポットライトを浴びる存在は私ではない。
つまり、人前に出る必要がなく、いつもの演技もしなくてもいいということになる。
いつも一緒にいる仲の良い友達もみんな午前競技なので比較的自由があった。
どうしよう……アイツのところ行ってもいいかしら……
一人のクラスメイトが思い浮かぶ。
アイツとは今年度から週三で私の家に家事代行としてやってくる山永拓実のことだ。
アイツは私の依頼オンリーになったことをいいことにあろうことか部活に入ってしまったのだ。
本人曰く、バイトはできないし、単なる暇つぶしの面が大きいとのことだけど……
そんなに暇なら部活なんて行かないで、ウチに来ればいいじゃない……
って………!こ、これは、その……別にきて欲しいとかじゃなくて、きてくれたらその日の家事は私がしなくていいから楽になるって意味でね!勘違いするなわたしっ!
勝手に溢れ出た思考を更生する。
こんなことをもう数回はやってしまっている。
はあ……どうしちゃったんだろ………こんなことを考えてしまうなんて…
こんなに心かき乱されるなんて……
だいたい、なによ!
部活の出し物二人っきりでやるって!
恵梨さんの意図らしいけど、そんなの二人でお店をやっているところを他に見せつけたい以外理由がないじゃない。
アイツだって、恵梨さんがいいならそうするみたいなスタンスとっちゃってさ!
もう……ずるいわよ……
なんでかわかんないけど……悔しい。
キューッと胸が締め付けられる想いだ。
きっと、このまま二人で準備しているところなんてみたら……
学校での自分のキャラを保っていられる自信がない。
と、取り敢えず、今すぐに行かなくてもいいわね。
準備の邪魔になってしまうかもしれないし。
そ、そう。これは、私の気持ちの整理をする時間が欲しいわけじゃなくて、相手のことを思っての行動なんだから!
こんなこと言って自分で誤魔化すしかないなんて……
これほどまでに完璧な学校生活を送れてきたというのに、こんなこと一つで自分のキャラが崩壊しそうになるなんて。
それもこれも、全部アイツのせいだ。
「体育祭終わったら、覚えておきなさいよ……ぜったいこき使ってやるんだから」
アイツのいる部活棟を睨む。
確かな感情がわたしの中で渦巻いていた。
○
「お前がくるとは正直思ってなかったよ。食堂の出店のところにいると思ってた」
「べ、別にアンタから話を聞いてちょっと興味があったから来ただけよ。それに、食堂は人が溢れててイヤだし……」
星野がうちの出店で買い物を済ませた後、俺は店の宣伝に行くため、星野は自教室に帰るため、途中まで道のりが同じだったため一緒に歩いていた。
星野が俺たちのところに来たのは、ただ純粋に興味があったかららしい。
その証拠に彼女の両手はさっき俺たちの出店で買ったひんやりフルーツとスポドリが握られている。
「どうだ?ウチの店結構いい感じだっただろ?」
「ええ、そうね。まあ、品物もそこそこ良かったわ…」
「そこそこか?フルーツおかわり買っておいて??」
「っ……!こ、これは、友達にあげる用よ!わ、わたし一人でこんなに食べるわけないでしょ!?」
一つ200円で販売しているためスーパーで販売しているようなカットフルーツの容器にフルーツがいっぱい詰め込まれている。
一人一つで満足できるように設計したのだけど、コイツが一つその場で食べた後にもう二つ下さいと言ったとき大食いバケモノかと思っていたのだが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。
「そうか、なら友達に宣伝してもらえると助かる。ぶっちゃけお前の広告があるのとないのじゃ大違いなんだ」
癒しの星野と呼ばれるほど、学校での知名度が高い彼女に宣伝して貰えれば効果は絶大だろう。
けど、本人からしてみたら面倒なんだろうなぁ……
星野にとってわざわざそんなことをするメリットなんてないんだし。
そんなことを考えていたのだが、彼女からの返答は意外性のあるものだった。
「べ、別にそれはいいけど…」
正直「なんで私が……?」みたいに面倒臭がられると思っていたのに、素直に頷く星野の姿に驚いた。
「いいのか?」
「な、なによっ!?当たり前でしょ??「どうしたんだこいつ?」みたいな顔されるのも心外なんだけど?」
「いや、意外だろ……いつも反抗的なんだし」
「あのねぇ……好んで逆張りしてるわけじゃないの!意見の相違があるから言ってるだけ!反抗的と言われるのは心外よ!」
俺の思い違いなのかか彼女の自覚がないのかは、第三者が誰も観ていないため判断できなかった。
唯一、言えるのは星野が不満そうにしていたことだ。
「そう怒るなよ……悪かったから」
「べ、別に怒ってないし…」
「ウソつけ。いつぞやとおんなじ顔してるぞ」
「う、うるさい……」
「悪かったって……機嫌直してくれ」
「別にいま言ったことで怒ってない……もん……」
視線を逸らしながらボソボソと呟く星野。
「じゃあ、なんのことに怒ってるんだよ?」
「わかりなさいよ……」
「無理だろ。そんな察しがよかったら今頃お前をそんな顔にさせてないだろ」
ここの所、恵梨さんといることが多くて星野との時間といえば家事代行の時間だけだ。
本来それが普通で、一般的な家事代行の姿なんだろうけど、体育祭の準備が始まる前は、晩飯もご馳走になっていたし他にも色々なことを話していたと思う。
しかし、ここ最近は体育祭の準備の影響でお互い時間がなくて最低限の家事だけをやって帰ることも珍しくはなかった。
「も、もしかしてだけど……俺と話せなくて寂しかったとか…?」
「そそそそ、そんなわけないでしょ!?う、自惚れるのもいい加減にしなさいっ!!」
「いや、その動揺は図星だろ…?」
「ず、図星じゃないし、ち、違うから。こ、これは、アンタが急に恥ずかしいことを言うからよ」
「だってこれぐらいしか、思い浮かばないんだよ。どうだ?察しが悪いってわかっただろ?」
他に星野が不機嫌になる理由なんてわからない。
いや、仮に星野があのことを聞いていたのなら一つだけ心当たりがあるけど……流石にそれはないよな。
彼女は、一つ深いためをした後、しっかりと視線を向けてきた。
「あのさ…今のわたしに何か言うことないの……?」
沈黙が流れた。
会話のキャッチボールなら、俺の番だ。
だけど、俺はどう言えばいいか、わからなかった。
だって、これを言ってしまったら彼女の大事な時間を奪ってしまうということになるから。
自分の希望なんかを優先していいのか?
考える中で刻々と時間は進んでいく。
「……ないの?……ないなら行くけど?」
そう言って歩き出そうとした星野の手を咄嗟に掴んだ。
「な、なに?」
星野は真っ直ぐ見つめるだけ。
さて、これでいいのだろうか?
自分では正解なんてわからない。
答え合わせもしないまま、ただその時の感情のままに俺は口を開いた。
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これが今日の分です。
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