第25話
学校生活において、こんなに高揚したのは初めてだった。
あの瞬間は長いようで本当に一瞬の出来事で、俺自身余裕がなかったし他の人を見ている暇なんてなかった。
ただ、一番最初にあのゴールテープを切りたい……その一心で勝ち取った勝利だった。
「いやぁ……今でも信じらんないなぁ……」
競技が終わり、軍団の応援席に一度戻ると大歓声と拍手で迎えられた。
こんなことは、初めてだったし軍団に貢献できた気がしたから素直に嬉しかった。
このまま喜びを分かち合っていたかったが、俺にはまだ他の役割がある。
家庭部の出店という、とても大事なものが。
恵梨さんは、既に部室に向かったということで、俺も急いでそっちに向かうことにした。
それにしてもやっぱり、恵梨さんのやつって効能あったのかもな………
恵梨さんのやつとは、有り難いハグのことである。
実際、自分でも本当に勝てるかわからなかった。
練習であの先輩の走りを見たが明らかに俺よりも速かった。
10回やれば半分以上は、負けていただろう。
そう考えると、恵梨さんの貢献も意外と大きいのでは?
と思ってしまっている。
シスコン会長のお墨付きということもあり、最初は少しばかり半信半疑だったけど、これは認めざるを得ない。
さりげなくなにか、お礼をしたいけど……
どうせ、恵梨さんのことだ。
また、俺を励ますためにやり過ぎてしまったと頭を抱えている可能性が高い。
これで、「さっきのハグ本当に効果あったよ。本当にありがとう!」なんてお礼を言ったら羞恥心で最悪オーバーヒートするまであるかもしれない。
ここは、変に意識せずにお礼をした方がいいよな……
応援してくれたのに後悔させるのもよくないし。
バレないようにお礼する方法を色々考えたけど、なかなか思い付かなかった。
でも、恵梨さんには俺との勝負に勝った命令権もあるし、多少無茶なことでも叶えることでお礼としようかな……
恵梨さんのことだから常識から外れたことは頼んでこないだろう。
だから、できる限り彼女の願いであれば叶えてやりたいと、そう思った。
○
「あ、おかえりなさいっ!ちゃんと見てましたよ。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう…」
もうちょっと気まずそうにするかと思っていたのだが、恵梨さんは案外いつもと変わらぬ様子だった。
「どうしましたか……?」
逆に首を傾げられる始末。
あれぇ……まったく気にしてないぞ……?
俺の考えすぎだったかな。
「い、いや、なんでもない」
「そうですか。開店まで時間がないので早く準備をしちゃいましょう」
「そ、そうだな!そうしよう」
やっぱり、俺が考えすぎか?
恵梨さんは意外と強メンタル……?
どこか解釈不一致だったが、それどころじゃないな。
さっき運んでおいたクーラーボックスから、飲み物を取り出そうと恵梨さんに近づいたときたっだ。
「あれ……?恵梨さんなんか目元あかくね?」
恵梨さんがさきほどと少し違う気がする。
目元が少し腫れているような……
「そ、そうですかねっ?」
「うん……さっきまで普通だったのに、この1時間でなんかあったか??」
俺がそうやって恵梨さんの顔を覗き込むと彼女は両手でサッと顔を覆い隠して後ずさった。
「べべべ、別になにもありませんっ!」
「そうか?なら、なんで顔を??」
「そ、それはっ、山永くんがいきなり近づいてくるからですっ!びっくりするのでやめてください!!」
「それは、悪い。けど、心配だったから…」
「ううっ…それは……嬉し……有り難いですが、何も心配することはありません。多分これは花粉症のせいです」
「なるほど……花粉症か」
「はい、そうです。花粉症以外あり得ません。そうに決まってます」
有無を言わさぬ様子だったが、どうしてだろう。
5月だからまだ花粉が飛ぶ時期だけど、そもそも恵梨さんって花粉症だったか??
…くしゅん!ってくしゃみしているところ見たことないけど。
「もうっ!立ち話は後でいくらでもできます。私たちには、優先してやるべきことがあるでしょう!!」
「ああ、そうだったな」
開店まであと10分。
俺たちは、大急ぎで開店準備を進めた。
○
「いらっしゃいませ〜」
「わぁ……ポスターで見たけど、やっぱり美味しそう…」
「じゃあ、これにします!」
「かしこまりました!」
「わぁ……すごぉい!おいしそう!」
開店してから、ポスターや放送を聞いてくれていた人がやってきてくれて盛況だった。最初のうちは。
しばらく時間が経過すると、少しずつ人が減っていって開始してから20分もすると、誰も列に並ばなくなった。
「恵梨さん、売上はどんな感じ?」
「えっと、今のところ3割ですかね。このまま続けば問題ないと思います。このままのペースで続けばですが……」
やはり、学校の放送やポスターでは、限界があるようで昼休みにみんなで写真を撮りたい生徒や出張の売店で食事する生徒はみんなここではなく、別の場所に行っていた。
「やはり、軽食だと難しかったですかね……?」
「分がわるいのは事実かもな……」
俺たちが扱っているのは、ジュースやフルーツなどのいわば軽食と呼ばれている物だ。
ジュースは自動販売機にもあるし、フルーツしか売っていないところよりも弁当も軽食もどちらも売っている出張売店に人が流れるのは自明のことだった。
「どうにかしてこの状況を打開しないとですね」
このまま待っていても何も変わらない。
だから、動く必要があるのだが……
「恵梨さん、ひとつ提案がある」
「なんですか?」
「人が多くいるところに宣伝してきたい」
「なるほど…確かに今はそれが一番効果的かもしれません」
「けど、懸念点もあるんだ」
その懸念点は、残った方が一人で店番をしなければならないと言うこと。
それを恵梨さんに話すと彼女は少し考えてから、
「わかりました。私が店番をするので山永くんが宣伝してきてください」
と、言った。どうやら、恵梨さんにもこれが最善の方法だと思い至ったようだった。
「わかった。じゃあ、さっそく――」
俺が部室から出ようとした時だった。
「…お邪魔します。まだ売り物は残っていますか??」
ドア越しにひょっこりとこちらを覗き込む少女がいた。
計算しつくされたあざとさ、そして人が声を聴いただけで笑顔になってしまうような柔らかい声。
「星野…」
「せっかくなので、買いにきました!」
ここに来ると思っていなかった星野の姿がそこにはあった。
―――――――――――――――――
すみません
昨日、投稿したつもりでしたができてませんでした。
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