第24話 ほぼside恵梨

その人が本当はすごく頑張り屋さんなことを私は知っていた。


その人は、いつも気怠そうにしているが他の誰よりも責任感が強いことを私は知っていた。


いつも何処か大人びていて、物事を一歩後ろから見ている彼が初めて私に見せたある意味弱さとも取れる表情………それを見たときに私は身体を押さえておくことができなかったのだ。






「さぁ、午前の部、最後の種目は100m選抜です。今年から新たに加えられることになった新競技ぃ!いったいどうなってしまうのでしょう!!」


放送部のアナウンスがグラウンド中に響き渡った。

燦々と照りつける太陽は、本当に暑くてキラキラ眩しくて。

普段の私ならこんな気候なら絶対に外には出ていない。


しかし、私は太陽の下でしっかりと地面を踏みしめている。

彼が勝つところが……その瞬間が見たかったから。


一番最初にゴールテープを切る彼の姿が。


送り出す際、あんなに大胆なことをしてしまった手前、終わった後にどう接すればいいのかすらわかってない。


だけど、そんなこと今はどうでもよくて、悩んだり後悔したり悶絶したり、その全て後回しにしてもいいくらい、私は目の前の光景に見入っていた。


「最初は、女子からのスタートとなります。第一レース、一年青軍、山永麻里奈さん――二年赤軍――」


あ、山永って……もしかして……


放送部のアナウンスが彼と同じ名前を読み上げた時、応援席から一際大きな声援が上がった。


あれが山永くんの妹さんですか……


彼から妹の話を聞くことはよくあった。

文武両道の成績優秀者。おまけに人当たりも良くて、高校に入りたてとは思えないくらいの大人っぽさがあるその美貌。


そして、なによりもかわいい。

最高の生命体まであって、尊くて、すっごくかわいいんだ!(本人口調)


熱弁されたとき、さすがに身内びいきし過ぎでは?と思うこともしばしばあった。

けれど、実際に彼女を目の前にして彼が彼女をベタ褒めするのも無理はないと思った。


それに姉さんとなんか、似た雰囲気がする。


山永くんから聞く感じ、性格は全然違っている。

でも、なんというか言い表せないカリスマ性と言えばいいのか…


そんなものを遠くから見て感じた。


「では、位置について……よーい、ドンッ!」


ピストルが鳴り、クラウチングスタートの体勢をとっていた競技者は一斉に走り出す。


最初は横一列に並走して、そこまで差がないように見えていたが50m付近から一気に一人の少女が前に出た。


妹さんだ……


どこか、彼の面影がある少女が先頭に飛び出していた。


「おおっーと!これは、山永選手、一気に前に出ます!すごいスピードだァ!!」


アナウンスも興奮気味だった。

この種目に学年は関係ない。

ただ男女が分けられているだけのいうならば、学年混合100m選抜。


最初は、ただ三年が得するだけの競技だと思っていたのに、彼女の前ではそんなことは関係ないらしい。

上級生が一緒のレースにいるなど御構い無しかのように、周りを置き去りにしてなおも加速する。


どんどん差がひらき、そのまま彼女は一気にゴールテープを切った。


「きまったぁああ!!第一レース、一着に山永選手!――」


すごかった……


応援席で観ていたが感嘆の言葉が溢れそうなほどに衝撃を受けていた。

他の追随を許さぬ圧巻の勝利だった。


走り終わった彼女は、息切れひとつせず余裕の表情だった……


やっぱりバケモノですね……


山永くんは、こんな驚異的な才能を持った妹にブラコンされてるんですもんね……


きっと、彼も凄いレースを見せてくれるに違いない。

彼のレースを前にして私はそう確信せずにはいられなかった。





妹が圧巻のレースを見せた。

競技前にチラッと目線があったが、アイツは笑っていた。

そして、腕につけたミサンガと一緒に腕を掲げる。


おい、ワンピ〇スかよ。


そうだよな。お前がやるなら、俺だってやらないとな。


そうじゃなきゃ。

俺は胸を張ってお前の兄でいることができないから。


「続いては男子のレースです。第一レース、2年黒軍山永拓実さん」


名前を呼ばれ、一歩を踏み出した。



彼がスタートラインに立つ、その姿を見るとまるで自分がそこに立っているかのように、自分まで緊張して胸がドキドキしてしまう。

深呼吸し、拳をギュッと握って息を呑む。


視線は、彼をずっと追っていた。




会場は、クライマックスと言ってもいいほどの盛り上がり。


その異様な空気の中、アナウンスに彼の名前が呼ばれる。


歓声は妹さんの時よりも小さかった。

それは、多分同じレーンに本命の人物がいるからだろう。


「やっぱ、このレースは道隅みちすみ一択だろ」


「それな、他の競技者は道隅と同じになって可哀想まである」


どこからか、そんな声がした。


私たちの軍でさえ、彼には敵わないと言うなんて……やっぱり凄い人ですね……


三年白軍、道隅先輩。彼は、サッカー部のキャプテンであり、学校で圧倒的な人気を誇る男子生徒だ。


他人の名前を覚えるのが苦手な私さえ知っている人。

そんな人が山永くんと同じレースですぐ隣を走る。


人々の視線は、山永くんではなく、道隅先輩に釘付けだった。

当の本人も観客に手を振る余裕があるほど。


むぅ……みせてやってください。山永くんなら、絶対に勝てます。


落ち着いた様子でただ、ゴールをみつめる彼に私は、心の中でもう一度エールをおくった。

本音を言えば、言葉にしたかった。しかし、今日は彼とは敵だ。

だから、この想いは胸の内だけに秘めなきゃいけない。


当番の教師がピストルを天高く掲げた。


「それでは、位置について。…………よーい、ドンッ!」


「いけぇええええ!」


「やっちまぇえええ!」


ピストルの音と共に破れんばかりの声援が辺りを包んだ。


「やっぱ、道隅はえぇええ!?」


男子生徒が叫ぶ通りにスタートダッシュを誰よりも完璧に決めたのは、道隅先輩だった。

しかし、山永くんだって全然悪くはない。


ある時、彼は放課後に練習でのことについて私に話してくれたことがあった。


「俺は、スタートダッシュいっつも苦手で10m付近ではいつも最後なんだよ。それを途中の持久力でカバーしてる。50m付近から急にめちゃくちゃ加速するタイプ見たことあるだろ?俺もあのタイプで後ろからどんどん人を抜いていって抜かれた人の驚いた顔を横目に見るのが堪らなく楽しいんだ。本番だってきっと拝める」


とても悪そうな顔で言っていたのを思い出す。


今思えば、あれも自己暗示だったのかもしれない。

私は、あの時笑っていたけど実際は…


いや、もうそれは、過ぎたことだし考えなくていい。


彼ならこう言うはず。


それにしても、敢えて最初から自分の得意なところを先に喋ってしまうなんて…私に感動の涙は流させてはくれないのですか?


でも、そうですね……そういうところが、山永くんらしいです。


回想に想いを馳せながら観てると、50m付近でレースに変化が起きた。


「おいおいおい……」


「な、なんなんだよ……なんか、めっちゃ追い上げてる奴いね?」


「え……?もしかして俺らの軍?いや、でも、アレは……」


やっぱり、そうでした。

いや、そうですよね。


「おっとおお!黒軍がどんどん青軍に迫っていきます!残りは30mこれは、いったいどうなるのかぁ!???」


「いやいや、さすがに…」


「いや、でも……あれは尋常じゃない……もしかしたら」


「まじかよっ!けど、これはこれでおもしれぇ……どっちもいっけえええ!!」


「うおおおおおお!黒追い越せぇえええええ!」


会場は、動揺と興奮が入り混じった混沌を生み出していた。

最初は道隅先輩一色だった声援が段々と変わり始めている。


その熱に感化されたのか、ダメだとわかっていても声を出さずにはいられなかった。


「や、山永くんっ!!がんばれぇえええ!!」


今までに出したことのないような大声だった。 

しかし、周囲の声援にかき消され、多分彼には届いていない。


けど、きっと………


残り10m。


ついにその時が来た。


「黒軍っ!ついに青軍を抜いたッ!!そして、そのまま、ゴールっ!!一着、2年黒軍、山永拓実選手!劇的なレースですっ!大方の予想を覆す大波乱っ!それを黒軍がやってのけましたっ!」


ゴールテープを切り、アナウンスが彼の名前を呼んだ時、会場は大歓声だった。


やったね……山永くん……

よかったね……


人目に付く場所ではあまり感情を表に出さない彼が笑顔でガッツポーズをしている姿を見ていると、自然と溢れてくるものがあった。


あれ、おかしいな。

わたしはもちろん彼のことを信じてたし、準備もできてた。

だけど、なんでこんなに溢れるものがあるの?


ポツリポツリと乾いた地面にこぼれ落ちたものがある。

滲んだ視界には、まだ彼の姿が映っていた。


なんだろう……なんか急に止まらなくなっちゃった……


でも、今は……このままでもいいよね。


せめて、この競技が終わるまで。


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