第23話
「やっぱり、綱引きは腕が痛くなるからキライです…」
二種目めの綱引きが終わった後、俺と恵梨さんは応援席をこっそり抜け出し、家庭科室に来ていた。
無論、これはサボりとかそういう不純な動機ではなく出店の準備をする為である。
「軍手でやってたのに、どうやったらそんなに手のひらが赤くなるんだ…?」
恵梨さんは、どうやら綱引きを本気でやりすぎたようで、手のひらが真っ赤になっていた。
「本気でやってたんですっ!せっかく玉入れも一位取れましたし、綱引きも一位で終えて気持ちよく終わりたいじゃないですか!!」
「その気持ちはわかるけど…」
「ここまでひどくなるなら、ちょっとだけ加減した方がよかったです…」
「まあ、確かにめちゃくちゃ頑張ってたしな……」
「も、もも、もしかして観てたんですか!?」
「チラッとな。ほんのちょっとだけ……」
「むむむ、ホントですか〜?」
「あぁ、すげー気迫だった」
「ガッツリ観てる!これ、ガッツリ観てますよね!?」
「いやいや、そんなことないさ…」
玉入れで男子も一位を獲得した赤軍。その後も破竹の勢いで綱引きを制し、他軍を寄せ付けず二種目終わった時点では、独走している。
我が軍も赤軍に負けじと手堅く二位を獲得している。
上々の滑り出しと言っていいだろう。
「ウソですっ!ぜったい見てました!どうせ、山永くんも女子がこんな行事 ごとで本気になって………バカらしいやつ……って思ってるに決まってます」
一方で勝ち星を上げているはずの恵梨さんは何故かご機嫌斜め。
そんなに俺に観られるのが嫌だったのだろうか。
「あのさぁ……俺的には、『ふん…こんな体育祭なんてクソ行事やってられっかよw』みたいに冷めたやつよりも皆んなで何か達成しようと一生懸命になれるやつの方がいいぞ?」
「ホントですか??」
「中坊じゃないんだから、必死になって頑張る姿見る方が心打たれるに決まってる。誰よりも先頭で引っ張っている恵梨さんみたら敵ながら応援したくもなったしな」
「山永くん………えへへ……そうですか」
「もう、大丈夫か?」
「はい……私としたことが気にしなくていいところでちょっと過敏になりすぎていたのかも知れません」
「何でかは知らないけど、戻ったならよかったよ。ほら、さっさと準備を始めよう。100m選抜遅れられないからな」
「そうですねっ……私も山永くんの勇姿をこの目に焼き付けたいので頑張ることにします」
「そんな期待されても困るんだが……」
「ふふっ、お尻を叩いた方が山永くんは、好成績を出せると思いまして」
そう言って、鼻歌混じりに歩き出す恵梨さんを見てホッと胸を撫で下ろす。
よかったよ……元に戻ってさ。
よし、一時間半で終わらせるぞ!
○
「恵梨さん!あと、どれぐらい??」
「多分、これで全部終わりました!」
「そっか……これで、ようやく終わったか……」
いったい部室と家庭科室を何往復しただろう。
ペットボトルやフルーツを冷やしたままにしておく、保冷バッグに商品を詰める。そして、肩に担いで部室と家庭科室を行ったり来たり。
これから、100m選抜があるというのに、苦行のような作業だった。
唯一の救いはこの二つの教室はそれほど離れていないということだが。
「お疲れさまです。これから、100mだというのに山永くんの無尽蔵のスタミナには私も感服いたしました」
苦労を労ってくれているのだろうか。
何処からかうちわを持ってきてパタパタと扇いでくれる恵梨さん。
生ぬるい風が吹いて、イマイチ涼しくはないがこういう機会もそうないかと思って彼女の好意に甘えていた。
すると、時計の針が11時30分を示す。
「いよいよですね………」
「ああ、いよいよだ……」
自分にしては今回の体育祭は色々と頑張った方だと思う。
練習だって、放課後一回もサボらずに行ったし、本気で練習に取り組んだ。
せっかく本気で頑張ったんだから……結果がほしい……
「もしかして緊張してますか……?」
「え……?」
「山永くんにしては、珍しく険しい顔をしていましたので……柄にもなく緊張してるのかと……」
「そうかもな……あんまり、自覚ないかもしれないけど……心の奥底では……緊張してるんだと思う……恵梨さんにもいっぱい迷惑かけたし、その分を結果で残さなくちゃとか……自分らしくないこと考えてるかもな」
本当は、自分でわかっていたのかもしれない。
けど、自覚したら自分でどんどん悪い方向へ追いやってしまう気がして……気付かないフリをしていたんだ。
「大丈夫です。山永くんなら、出来ます。私が保証しますし……そのミサンガも勇気を分けてくれます」
「あはは……そうかもな」
そう言って、手首に巻かれているミサンガを眺める。
利き手には自分のミサンガ、もう片方には妹の分。
まったく……痛々しい兄妹だ……
「もう…山永家は兄妹揃って、シスコンブラコンなんですね」
恵梨さんはカラカラと笑った。
それは、普段俺に見せる変わらない笑顔だった。
「ありがとう。なんか、勝てる気がしてきた」
「そうですか、ならば私から更なるバフをかけてあげましょう」
「バフ?」
珍しいな、恵梨さんがバフとかそんな言葉を使うなんて。
「はい、バフです」
そう言って恵梨さんは背後からそっと、俺を抱きしめた。
「お、おいっ……ちょ、ちょっと……」
「な、なにも言わないでください……私だってこんなこと初めてなので恥ずかしいです」
「なら、無理しなくても……」
「で、でもっ……これは、姉さん……お墨付きの元気注入法なのです。それに、幸運祈願の役割も果たしていてとってもありがたいものなんですよ…?」
「そっか……」
「はい……そうです。貴重なのです」
「敵なのに塩を送って大丈夫なのか……?」
「確かに体育祭では敵ですが、部活という体育祭よりも大事な居場所で私たちは、仲間なんです。なのでこれは、大切な部員に送る
「
「はい……今日は特別なのでいいのです。私も柄じゃないことをすることにします。直接触れているので効力も抜群です。だから、……頑張ってきてくださいね?」
「ああ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい。山永くん」
そっと離れた恵梨さん。背後は振り返らずに真っ直ぐ進む。
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