第22話
「朝からずいぶんと死にそうな顔ね。まだ始まってすらないのに、そんな調子で大丈夫なの……?」
開会式直前、げっそりした顔をしていたら星野が呆れた様子で言ってきた。
「いや、朝から色々あってな……」
色々とは、部活の出し物の下準備であり、恵梨さんとどちらがフルーツをキレイに素早くカット出来るかを競っていた。
結果は……
「まさか負けるなんて……」
俺が下手くそだったとは思わない。けれど、恵梨さんは俺の何倍も素早くフルーツをカットしていたのだ。手際がいいにも関わらず、全く歪なものも無く結果は判定要員の第三者を必要としないくらいの大敗。誰がみても一目瞭然レベルだった。
恵梨さんが包丁さばきが上手なのは知っていた。
しかしここまでなんて……
体育祭をせずに今日の勝敗が決まった感じすらある。
くそ……俺の家事代行としての矜持が………
「はぁ……ツライ……」
「もう…始まる前から、そんな辛気臭い顔しないの!」
珍しく星野に嗜められたが、傷は想像以上に大きいのだ。
恵梨さんが勝利した為、相手に何でも命令できる権利は彼女のものとなった。
どんな命令を下されるのか、体育祭が始まる前だというのにドキドキしていたのだが、命令は体育祭後にするという。
一旦、保留となった感じだ。
下準備も今できることは完璧に終わったため、開会式に出席すべく学校のグラウンドに出て、今に至る。
星野はその長い髪をポニーテールでひとつ縛りにしていて、とても動きやすそうな様子だった。
「なんか…お前も新鮮だな……」
星野もどちらかと言えば学校では制服のイメージが強い。
体育では一緒だったもののここまで気合が入っていると、いつもと違って見えるのだ。
「なによ、急に?もしかして鮮度のことを言ってるの??そうだとしたら気持ち悪いわね」
「そんなわけないだろ?そこらへんのセクハラ親父と一緒にすんな。いつもと雰囲気違うけど、似合ってるって言ってんの」
「そ、そう………ありがと……アンタも……その……似合ってるわよ……」
「だんだん声が萎んでいってるぞ………最後の方まったく聞こえなかったし」
「聞こえてないなら、もういいっ!」
ぷくりと頬を膨らませ不満げな星野。
いや、これに関しては俺のせいではないだろ。
「てか、お前なんで素になってんだよ。ここ学校だぞ?」
いつもは癒しの星野さんと言われているほど笑顔を絶やさない星野だが、今は家モードになっている。
キャラに関してはかなり拘っていたくせして、どういうつもりなんだ?
「アンタといるとつい気が緩んで………じゃなくて、まだ人がいないから素でいても全然いいじゃない!なんでアンタと二人でニコニコしてないといけないのよ?疲れるでしょ」
どうやら、人が周りにいないからセーフ理論らしい。
下準備に二時間かかるつもりが俺たちの手際の良さが裏目に出で一時間で終わってしまった。
現在の時刻は七時半。開会式の一時間前ということもあり、グラウンドに出ている人は役員などの大人がほとんど、生徒といってもポツリポツリほどしかいなかった。
「そうかよ……別に俺はお前の素がバレようが知ったこっちゃないが、お前は困るんだろ?気をつけるに越した事はないからな」
「そんなの………わかってるわよ……」
不満そうに何か言いたげだったが、我慢して頷いたようなそんな声音だった。
○
開会式が無事終わり、いよいよ体育祭の熱く激しい戦いの火蓋が切って落とされた。
第一種目は玉入れ。
そう言えば恵梨さんが出場すると言っていた。
俺は二種目めに出場予定なので、グラウンドから離れられず競技を観戦することにした。
「第一試合の開始ですっ!!」
アナウンスの合図で玉入れがスタートした。
今大会は五つの軍団(赤、青、黄、黒、白)で分けられていて、この玉入れも五軍団一斉に行う。
勝敗は至ってシンプル。5チームのなかで一番多くカゴに入れたチームが勝利だ。
俺のクラスは、黒軍。
応援席からは、比較的近い距離にいた。
第一試合なので女子が玉入れをしているのだが、意外と善戦していた。
一番が、赤軍でウチは二番めくらいだろうか?
確か赤軍って恵梨さんの軍団だった気が……
そう思って赤軍の方を見てみると。
あ、いた。あれ、恵梨さんじゃね?
身体的特徴を持った人は探しやすいと言われているが、恵梨さんにはそれが当てはまる。彼女は高校二年生にしては、結構小さいのだ。俺と恵梨さんでは25センチほど差があり並んで歩くと兄妹みたいだと以前(会長に)言われたことがある。
やっぱり……小動物みたいでかわいいな……
他の女子とは違い、カゴが高くて精一杯玉を投げなければいけなく少し苦戦している様子だった。
しかし、彼女らしく頭を使って玉を一箇所に集めてから効率よく投げている。
これは、作業では……?と思ったがそんな所も彼女らしい。
そんなことを考えているうちに競技が終了し、恵梨さんの赤軍が一位を獲得した。
ウチは二位か……まあ、この後の男子に頑張ってもらうとしよう……
もう、次の競技の集合が掛けられていたので、集合場所に移動しなければならない。
もっと、その場にいたい気持ちを抑えながら俺は綱引きの集合場所に向かった。
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