第13話  side 満華

ここ数日の私は何かがおかしい。


別にいつも異変を感じるわけではなくて、ある一定の時間。

その時だけ、なんだかフワフワするし、

その人がいると私が私でないみたいに思えてくるのだ。


その人というのは、今年から同じクラスになった山永拓実。


第一印象は、特にこれと言って秀でているものはなさそうで失礼だけどクラスの有象無象の一人に過ぎないと思っていた。


始業式の日。


彼はHRが始まる五分前に教室に駆け込んできた。


よほど、飛ばしてきたのだろう。髪はボサボサ、制服もちゃんと着こなせているわけでもなく、何処か不真面目な雰囲気が漂っている。そんな印象だった。


もう少しで着席しないといけない。


後にするか迷ったけど、挨拶は早く切り上げたいと思って二人のいる方へ向かった。


「よ、よろしくな!」


ぶっちゃけ挨拶した時は、そんなに印象深くないからセリフなんていちいち覚えてない。


だけど、なんだこのモブ臭い人たちは?とか思ってた。


クラスメイト全員に社交辞令と言っても過言ではないありきたりな挨拶をしてカタチだけでも交友を築く。


もうなにも壊させはしないため。


だが、そんな私の思惑なんて知らないクラスメイトは、話しかけられて有頂天になっているようだった。


あの癒しの星野さんに話しかけられた。


この口調でいるだけで、ただずっと笑みを浮かべているだけで、何故か私はよく分からない愛称をつけられていた。


別に迷惑しているわけじゃない。

悪い思いはしてないから。





初日で全員の顔と名前、名称などを全て覚えて帰宅し、ゆったりと落ち着いていたところで事件は起こった。


お姉ちゃんの愛菜と今日話したばかりのクラスメイト、山永拓実の襲来だ。


お姉ちゃんが放課後に私の家に寄ることは知っていた。


昨日電話で、どうしても見せたいものがあると言っていたから。


お姉ちゃんがわざわざ家に来てまで見せたいもの………?


興味はあったがお姉ちゃんのあの性格から胡散臭さが勝ってしまう。


それとなく遠慮していたけど、姉の中で私にそれを見せるというのは確定事項らしく耳を傾けてすらくれなかった。


一方通達と言っても差し違えない連絡をもらって渋々姉の来訪を待っていたのだ。


すると、インターホンがなって扉を開いたらそこで待っていたのは、あの男だった。


セールスよりもタチの悪い手法だ。これでは誤魔化しようも準備のしようもなかったのだから。


クラスメイトを前にして私はこの時、完全に動揺していた。


自分が素の話し方で話しているなんて気付かないくらいに。


その後、後ろに控えていた姉と口論になって、「いつもの星野さんじゃない……」と頭を抱える彼を見てようやく自分が素の話し方で話していることに気づいたのだ。


ど、どうしよう……クラスメイトにバレちゃった……


これまで友人と遊びに行く時さえ隙を見せなかったのに…。


話すようになってから一日で。


そして、よりによって山永という男に。


自分の素がバレてしまった。


表では何も気にしてないように振る舞っていたけど、内心どうすればいいかわかんなくて泣きそうになっていた。


どうしよう……なんとか誤魔化さなきゃ。でも、どうすれば?


想定外の状況で私が必死に考えて辿り着いた答えは様子を見守ることだった。


まあ、もうここまで来たら誤魔化すのはムリかもしれない。


なら、取り敢えず彼の出かたを見てそれから決めればいい。


もし危なそうだったら、脅せばどうとでもなる。いや、どうにかする。


そう考えて部屋に招き入れた。


部屋に招き入れる所までは良かった。

山永拓実に私が学校で素とは全然違うことをお姉ちゃんにバラされるまでは。


あの時のお姉ちゃんは過去一怖かった。

いつも私にベタベタくっついてくるお姉ちゃんの姿はそこにはなく。

初めてお姉ちゃんに対して恐怖を覚えた。


それから、山永が私の家の家事代行をすることになったと聞いた。


は?いや、なに勝手にやってくれてんの?

そもそも、異性なんてあり得ない。


これは、私が思ったことで世間一般的な意見であると今でも信じている。


確かに、ちょっとだけだらしない自覚はある。


食器洗いは後回しにするし、洗濯も3日ぐらい溜めちゃうし、乾いてもそのままにして洗濯山作っちゃうし、食事はインスタントかデリバリーだし、掃除機毎日かけないし。


あれ……?も、もう、考えるのやめようかな。うん。


とにかく、ちょっとだけ面倒くさがりな自覚はあったが家事代行が必要かと言われれば否なのだ。


ところがお姉ちゃんとしては、私のだらしなさを見過ごすことは出来なかったらしく……


家事代行が必要か否かを決めるために彼と勝負をした。


そして、負けた。




確かに彼の腕は本物だった。

悔しいけど、彼の作ったものはとても美味しかった。


私が量をたくさん作ると踏んで一品にしたところからも見透かされていて、正直完敗だった。


なによりも、彼は。


「俺は、星野の料理好きだけどな」


と、私の料理を褒めてくれたのだ。


お世辞なのはわかっている。

だけど、あれだけの腕を持つ人に褒めてもらえた。

それが純粋に嬉しいと思ってしまった。


それからもいうもの、もうなにも考えず団欒して、彼がこの部屋から居なくなるまで、私は素がバレて悩んでいたことをすっかり忘れていた。


一番大事なことだったのに、忘れるとかバカじゃないの…?


自分が嫌になった。


けど、


――アイツのことだし、バラさないか。



確証はない。

けど、何故か私の中で不安材料ではなくなっていた。


どうしてだろう……?


ベットに着いてからも考え込んでいたが次第に瞼が重くなってきて、


まあ、明日。彼に軽く釘を刺す――それだけでいいかな……?


と楽観的に瞼を閉じたのだった。




「はぁ……ようやく着いたぁ…」


「ただ家に帰ってきただけでしょ?何そんなに疲れてるのよ」


「誰かさんの買い物袋も持ってるからだな。こんなにいっぱい買いやがって…」


「仕方ないでしょ?冷蔵庫に何もなかったんだから」


「それは、お前のせいでは……?」


「う、うるさいっ!黙ってはこぶ!」


「へいへい」


近隣のスーパーマーケットで買い出しを済ませてようやく帰宅した。途中、鮫島さんと会ってしまった時はどうしようかと思ったけどなんとか、誤魔化せた。


恵梨さんには、嘘をつく形となってしまったが私としてもこいつと一緒に変な噂を流されたらたまったもんじゃない。


恵梨さんがいい人だっただけに申し訳ないし、心苦しいけど後悔はしていない。


「冷蔵庫に入れる時なんか決まりとかあるのか??」


買い物袋をキッチンのカウンターにどさりと置いた拓実がそう尋ねてきた。


「決まり??適当でよくない??」


そんなどこに入れるかなんていちいちこだわっていない。


取りやすいところにあればオッケーだもん。


「はぁ……」


「ちょっと!なにそのため息!?」


みんながみんなアンタみたいな家事代行なんてやってるわけじゃないんだから、そんな反応しなくたっていいでしょ?


「野菜室って知ってるか?」


「野菜をいれるところでしょ?」


さすがにその程度の知識ならある。


「もちろん、野菜入れてるよな?」


「うっ……」


「おいおい……」


「べ、別に野菜室だって、野菜専用なわけじゃないでしょ??なら、ちょっとくらい食べかけの物とか、調味料とか置いておいても問題ないじゃない??違う??」


「別に入れてもいいけど、どうせなら適材適所に置いたほうがいいだろ?」


正論で突かれるとぐうの音も出ない。


「今回は俺が仕舞うけど、あとでどれがどこにあるかちゃんと分かるように見ててくれよ」


「べ、別にそんなことしなくても大丈夫よ!」


「どうせ、ひとりになったら場所わからなくて冷蔵庫の中ぐちゃぐちゃにされるの目に見えてんだよ。観念してこっちこい」


だから、なんでそこまでお見通しなのよ。

ムカつく。


「はいはい、わかったわよ……」


手招きする拓実の方へ仕方なく向かう。


「来たわよ」


「じゃあ、まず肉から入れるけど―――」


拓実が冷蔵庫に物を入れるのを一緒に確認した。

確認していたのだが………


ちょ、ちょっと、距離……ちかい………


キッチンの設計上、冷蔵庫から物を取り出すスペースが極端に狭い。

ということもあって、自分の隣に。触れそうな距離に拓実がいたのだ。


な、なんか……。ち、近いのやだ……


不快なわけじゃない。


だけど、こんな近くで彼を眺めることがちょっと……


こんな近くで………彼に顔を見られるのが……恥ずかしい…


な、なんでだろ……?

これまで感じたことのない気持ちだった。


「おい?ちゃんと、話聞いてるか?」


「き、きいてるわよっ!!!」


「だから、なんでさっきから怒ってんだよ??」


「怒ってないし!」


「ほんとかよ?」


「別に、お、怒ってないもん………」


「そ、そうか……?」


「うん…」


でも、さっきから、恵梨さんと一緒の部活に入ったのはなんかモヤモヤする。

なんなんだろ……別にどうでもいいことのはずなのに。


私が下を向いていたのことに気付いたのか、彼は「はぁ…」と一つため息を吐いて。


「………おまえさ。すき焼き好きか?」


「えっ……?」


「実は最近、すき焼き作るのに凝っててさ。ちょうど、お前に買わされた高級なすき焼き肉あるし、今日の夜、二人でこれ食べないか?」


「えっと……」


「食べるか?食べないのか??」


「た、食べる!!」


「そうか。なら、手伝ってくれ。俺のすき焼きは、野菜たっぷりだからな。お前の包丁捌きに期待してる」


「う、うん……!」


そう言って、始まったすき焼き作り。

その作る過程も完成したすき焼きの味も今までの中で一番 ――わたし好みだった。


――――――――

これにて1章終了となります。

2章は鮫島恵梨の章になる予定です。

これからもよろしくお願いします。


☆☆☆で応援していただけると嬉しいです。


追記 忘れておりましたが投稿時間を変更します

詳しくは決めておりませんが22時~24時のどこかで。

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