第11話
「おい、これはちょっと変じゃないか?」
「仕方ないでしょ。バレたくないんだから。我慢しなさい」
「バレたくないって…いや、これ逆効果だと思うぞ?」
今、俺が身につけようとしているのは、SPが日頃着けるような真っ黒サングラスだ。
星野と買い物に行く際、どうしても俺と一緒に行っているのを学校の奴らにバレたくないらしく存在を偽るために変装しろと言われたのだ。
それで渡されたのがこの服とサングラス。
服とサングラスはどうやらパパのものらしく、それを一式渡された。
学校帰りで制服のまま星野の家にお邪魔していたので、服を貸して頂けるのは大変ありがたかったが、サングラスは変に目立つので断ろうとしていた。
しかし、星野が着用を強要しそれを俺が拒む。中々意見がまとまらない。
制服から着替えるのは理解できるが、
何故、サングラスをすれば変装できて全て解決すると思っているのだろう。
むしろ、星野が得体の知れないサングラス男と一緒に歩いているのを見たら心配すると思うのだが。
それを言っても中々聞く耳を持ってくれなかったため根負けしてサングラスをつけることになった。
「ぷっ……」
「おい、おまえ。いま笑っただろ?」
「わ、笑ってないわ…よ。と、とても、にっ、似合っているわ」
そう言ってすぐ背後を向く星野。
そして、ぷるぷる震えている。きっと、必死に笑い声を抑えているに違いない。
どうしよう。なんか急に拳を握りたくなってきた。
むしろ、滝路相手なら、この拳はあの頭頂目掛けて飛んでいたかもしれない。
不本意な形でサングラスをつけて街中に繰り出すことになったが案の定注目を集めてしまっている。
「おい、俺このままだと最悪通報されそうな気がするんだけど」
「そうね……街ゆく人がみんなアンタのことを見ているわ。本当になにをやらかしたの?」
「いいかげん、このサングラスのせいだって認めろよ?いいのか…?俺が職質されても」
「別に構わないわ。私はこっそりアンタから離れるし」
「そんなこと俺が許すと思うか?」
「じゃあ私を逃さないためにアンタに何ができるの?」
「は?簡単だよ?」
そう言って俺は、星野の手を握った。
「ちょ、ちょっと。な、何すんのよ!」
「捕獲だな」
「こういうのを捕獲とは言わないでしょ!」
「なら、おまえの手を握ってるだけだな??」
「だ、だから、なんで手を握る必要があるのよ。はやく放しなさいよっ!!」
「嫌だね。お前が逃げないように物理的な手段を行使しているんだ。どうだ?これなら、お前だって逃げられない」
「じょ、冗談に決まってるでしょ!?」
「いいや、まだ信用できないな。まあ、サングラス取ってもいいってなら放してやってもいいけど」
「ゆ、許すからっ!だ、だから、放して」
「はいよ」
そう言って、俺はすぐさま手を離した。
いやぁ……強引な作戦だったけど、こうでもしない限り星野は許してくれなかっただろうしな。
「信じらなんない……いきなり、手を握っちゃうなんて……」
「こうでもしないとお前は逃げるし、このままだと俺が危なかったからな、恨むなら自分を恨め」
「で、でもぉ……」
「なんだお前?顔赤くなりすぎだろ?もしかして、手握られる耐性ないのか?」
「う、うるさいっ!こっちは、怒ってんの!それに、て、手なんて握られまくってるわよ!」
「それはそれでどうなんだ…?」
「た、確かにちょっと、大袈裟すぎたけど、た、耐性ないわけじゃないから!」
「はいはい」
「つ、次やったらこうだからっ!」
そう言って俺のつま先を思いっきり踏みつける。
「いってぇ……全然話と違うじゃん…」
「次やったら」とは彼女にとっていったいどう意味だったのだろうか。
てっきり今回は警告だけだと思っていたのに。
きっと俺にはしらない隠語だったに、違いない。
そんなこんなでなんとか、近所のスーパーマーケットに到着した。
「なんか、ここまで来るのにこんなに疲れるとは思ってなかった」
「全部、アンタのせいよ……」
同じく疲れ顔の星野に文句を言われたが、不満を言いたいのはこっちの方だ。
こんなところでまた言い合っても意味のないことはお互いがわかっているのですぐさま買い物カゴを手に取り、先に進んでいく。
「あ、小松菜安いな、それにキャベツも」
「安さとかあるの?いつもそんな感じじゃない?」
「わかってないな。いつもは40円くらい高いんだぞ?」
「そんなの誤差でしょ」
と、彼女は言うが料理をしていない奴や、富裕層は大抵みんなそう言う。
だがこの数十円がどれだけ大きいか、料理をして買い出しをするようになると痛いくらいわかるのだ。
俺はそれを熱心に説明しても「ふーん」としか言われなかった。コイツに買い物も付き添って徹底的に世間一般の価値基準を叩き込んでやりたくなってきた。
そんなことを考えていると、夏野菜コーナーが見えてきた。
まだ、四月が始まったばかりの春先というのに、何故かピーマンやきゅうりなどの夏野菜がお安くなっていたのだ。
「お、ピーマンも買っていくか」
「ぴ、ピーマンは、うちにあるからいらないわ」
これまで俺が野菜をカゴに入れてもなんの文句も言わなかった星野が突然口を挟んだ。
「いや、お前の家に野菜なんてなんにもなかっただろ?」
「ぴ、ピーマンはあるの!とにかくこんなの買わなくていいから!」
そう言ってピーマンをカゴから取り出そうとする星野の手を止めた。
「な、なにするのよ?」
「お前、ピーマン嫌いだろ?」
「っ……そ、そんなわけないでしょ!ぴ、ピーマンが苦手なんてあるわけない……」
「じゃあ、今日はピーマンの炒め物作ってやるから、ちゃんと食べろよ?」
「今日はお腹空いてないから遠慮するわ……」
「お前この歳になってピーマン嫌いとか、子供みたいなこと言ってんなよ」
「別に歳なんて関係ないでしょ!?私以外にも食べられない人なんてこの世の中にごまんといるわ!」
彼女は気付いていないが、こいつ暗にピーマンが苦手ですと、自白したのだ。
「はぁ……」
「ちょっと、アンタにそんなため息吐かれる謂れなんてないはずよ」
星野が抗議してきたが、こちらとしては段々と星野ブランドが崩れているんだ。無茶言わないでほしい。
「あ、あれ?も、もしかして、山永くん?」
そんな時、声を掛けてくる人がいた。
咄嗟に背後を振り返ると、そこには鮫島恵梨が買い物カゴを持って立っていた。
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