第8話


夕陽差し込む廊下に一人の足音だけがコツコツと鳴り響く。


「あれぇ…こんなに人っていないもんだっけ」


部活棟は、文化部の部室が集合している場所である。


去年、ここにきた時はもっと活気があった。


だが、今はシーンと静まり返っている。

ただ、自分の歩く足音だけがこだましていた。


まあ、冷静に考えたら文化部が新学期初日から活動していることなんてあんまりないからな。


空っぽな教室を眺めてふとそう思った。


高校で文化部に入る人は、大学受験の為の勉学優先者か運動部に入りたくない奴、どこにも所属したくないけど一応籍だけ入れている幽霊部員が殆どである。


つまり、運動部のように毎日真面目に部活動している部活は少数。


それに加えて文化部は毎日活動という習慣がなく、多くても週三くらい。


比較的活動していないのだから、当然見学目的の入学生も寄り付かず結果的に、静かになる。


という現象を俺は今この身で体験している。




因みに、この棟には、生徒会室もある。


けど生徒会に興味はないからな。


なんか、生徒会と言えば厳格なイメージが拭いきれない。




俺みたいな、火曜日と木曜日だけ出席するとかいうそんなふざけた奴は許さないだろう。


だから、最初から見学地の候補から外している。  


更に歩いてみたが活動中の部活を発見することはまだ出来ていない。


これだけ静かだと今日は、どこもやってないかもな。


また、今度来てみるか…


諦めて帰ろうとしたその時だった。


「あれ?なんか、人の気配がする……」


目の前の多目的教室に人影があったのだ。


部活かな??何やってんだろう……


純粋な興味だけで引き寄せられるようにその教室に入って行った。



「うんしょ…よいしょ…」


人の気配がする方へ向かうとそこには、一人の少女が机の上に乗り、背伸びをしながら何かやっていた。


え…なにしてんの……?そうじ?


俺は、初めてこの光景を見たかもしれない。


誰もいない教室に少女が一人、天井の埃とりをしていたのだ。


よほど集中しているのか、俺が教室に入っても一向に気付く様子がない。


これは、声をかけた方がいいのだろうか?


いきなり声を掛けてもいいが、驚いて転落してしまう可能性もある。


怪我をさせるわけにはいかないため躊躇っていた。


なにも後ろめたいことなど無いはずなのに、俺は今足音を極力抑えて歩いている。


しかし、忍者ではないのでどうしても靴と地面の擦れる高い音が鳴ってしまった。


その音にビクッとした彼女は、お化け屋敷に来ている客のような反射速度でこちらに首を向けた。


「だ、誰ですか…?」


机の上に乗っていなかったら後退りしていただろう。聞き手の俺が感じ取れるほどに彼女は驚いていた。


初対面の異性が音も出さずにこんなところにいるのだ。


警戒しない方が難しいかもしれない。


「べ、別にぜんぜん怪しい者とかではないですよ!」


「悪い人はみんなそうやって言うんですよ。私は今アナタを見て確信しました」


「いやいや、ホントに違うから!部活見学したくてきただけだから!」


「どういうことは、一年生ですか?」


「いや、二年生だけど……」


「やっぱり、怪しいです。生徒会に、いや、いっそのこと職員室に駆け込んだほうが…」


「それは、マジで勘弁してくれ!ちゃ、ちゃんとした事情があるんだ。しっかり話するから!」


「うむむむむ……でも、まだ怪しいです」


怪しむのをやめなかった少女だが、なんとか粘って話を聞いてもらうところまで漕ぎ着けた。


「はぁ……わかりましたよ。ですが、少しお待ちください。今は天井の掃除で忙しいので」


「初日から文化部が掃除なんて珍しいなぁ…顧問の先生にやれって言われたの?」


「いえ、自主的にです。春休みは一回もここを利用しなかったので埃とか溜まってるんじゃないかなって……それに、キレイにすると、達成感というかなんというか、心がスカッとして気持ちよくないですか!?」


「それ、わかる!」


「ですよね!!」


まさか、ここに俺と同じ思考のやつがいるとは。


その少女も同類がいて嬉しかったのか、意気揚々と埃取りを振る。


その姿を見て、どこか見覚えがあった。


「そう言えば、名前聞いてなかった。キミなんて言うの?」


「もぅ…人の名前を尋ねる時は自分から言うものですよ?」


「確かにそうだな。ごめん、俺は2-a組 山永拓実」


「私は2-e組 鮫島≪さめじま≫恵梨≪えり≫です」


「鮫島?鮫島ってもしかして……」


この学校には、その苗字で有名な人がいるのだ。


「そ、そうですね…姉が生徒会長をやっています」


ビンゴだった。確かに面影はある。


恵梨さんは、黒髪のポニーテールでちょっと小柄の子だ。


お姉さんは高身長なので、そこは姉妹にしてはあまり似てはいないが、二人ともとても背筋がピンとしているところだったり、瞳が茶色だったりと意外と共通点はあったりした。


「そっか……姉が生徒会長なんだ。恵梨さんは、生徒会とか興味なかったの??」


「っ…………」


「どうかした?」


「恵梨さんって……」


「ああ、さすがに馴れ馴れしかったか、ごめん」


あまり同年代の女性と話すことがないからここら辺わかんないんだよな。


「いえいえ、全然問題はないんです。ただ、あまり下の名前で呼ばれることがなかっただけで…」


「そっか、不快にさせてないんならよかった」


「別に大丈夫です」


「…………」「…………」


少しの静寂があった。


「…さっきの話の続きなんだけど」


「す、すみません!そうですね……姉が一年生の頃から生徒会にいたので興味はありましたが、私は人前に出て喋ったり、リーダーシップを発揮してみんなを引っ張ったりするのが得意ではないので、諦めました」


「そんな風に見えないけど……」


今の恵梨さんはとても自然体だった。この人が、人前に出て喋るのが得意じゃないなんて、きっと誰も信じないだろう。


「ふふふ…まだ、少人数だから喋れているだけです。あと三人くらいきたら私のお口は完全にチャックされてしまいます…笑」


自虐的に笑って恵梨さんは言う。


恵梨さんが笑うのを見て自己肯定感が低かったりするのかな?とそんな風に思ったりもした。


「さて、こんなものでしょうか…?山永くん、お待たせしました。もう既に随分とながら話をしてしまっていますが、事情とやらを伺ってもいいですか…?」


「そうだなぁ…話したいのは、山々なんだけどね……」


「??……どうしましたか?」


「ずっと思ってたけど、机の上に乗ったまま聞く必要はないのでは??」


「た、確かにそうですね……降りますね」


そう言って、降りようとした恵梨さんだったが急に動作を止めた。


「どうかした……?」


「す、スカートだったことをすっかり忘れていました……」


「ああ………」


実は俺も思っていたのだ。この子、スカートなのにそのまま机に上がるなんて、なんと言うか無防備?な子なんだなと。


「やややや、山永くんっ!??」


「なんでしょうか……?」


「わ、わたしっ………のスカートの中………見えてませんよね…?」


「大丈夫……


そう言って数秒後。彼女はボワッと急に頬を染めた。


言葉の真意を知ってしまったから。


「っ…!ほ、ほんとですよね??」


「神に誓ってみてないよ。見えそうだったから、極力そっち見ないようにしてたし」


「そ、そうですよね。まったく目を合わせてくれなかったので不思議に思っていたのですが…す、すみません……気を使わせてしまいましたか……?」


「いや別に気をつかったわけではないけど」


実際俺は、恵梨さんに近づいてからは一回も視線を合わせず、あさっての方向を見ていた。


もちろん、恵梨さんに自分の潔白を証明するために。


恵梨さんもそれに気付いていたらしく、見てないことを本気で疑ったりはしなかった。


「こんなところに人が来ることなんて滅多にないですし、男子は尚のことこんな部活に来たりはしないので、完全に油断してました……」


「でも、俺みたいな例外もいるから気を付けるに越したことはないな」


「ふふふっ……そうですねっ!今度から気を付けます」


俺がそう言うと彼女は柔らかい笑みを浮かべてそうこたえた。




――――――――

引き続きよろしくお願い致します!

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