第4話



バタンッ!


勢いよくドアが閉められる。


「ちょっと、満華ちゃんっ!?なんで、閉めちゃうの?」


「はぁ?当たり前じゃん!てか、なんでこいつがいんの!?信じられないんだけどっ!?」


いきなり視界から消えた満華を引き戻そうと、ドアノブをガチャガチャする愛菜さん。それに対し満華は断固拒否と言わんばかりにすぐさまガチャリとカギを閉めてしまう。


そんな二人をおいて俺はまだ状況が理解できていなかった。


あれ?なんで?星野が?

愛菜さんが星野で、星野があの星野?


つまり星野は愛菜さんの妹で、今日の仕事は星野の家の家事代行?


いや待てよ?


星野があんな汚い口調なわけないだろ。だって、今日の学校では、ムカつくくらい清楚系だったし、ありえない。これは、きっと幻覚と幻聴のせいだ…


でも、仮にそうだとしたら俺もういろんな意味でやばいんじゃね?


頭を抱えること約五分。俺の自問自答に終焉をもたらしてくれたのは、愛菜さんだった。


「え、えっと、大丈夫?たーくん?」


「…………」


「た、たーくんしっかりっ!?」


「—ハッ!?」


両肩をゆさゆさと揺すられてようやく戻ってこれた。


「ホントに大丈夫?固まってたけど……生霊出てない?」


「…いえ、ダメかもです。なんか俺、疲れてるみたい…あんなやつが星野満華に見えるなんて」


「ちょっと!あんなやつ呼ばわりされるとか聞き捨てならないんだけど?」


「あっ!満華ちゃんっ!」


ピタリと閉められていた玄関のドアが少し開き、そこから綺麗な瞳がこちらをのぞき込んでいた。


「やっぱり、幻聴だ…星野満華の声にしか聞こえない…」


「だからぁ!幻聴じゃないってばっ!!」


「ウソだ…星野はもっとお淑やかなはずだ。さては、お前…偽物だろっ!」


「どうしてアンタにそんなこと言われなきゃいけないのよっ!!?」


「正体をあらわせッ!この悪魔!」


「悪魔って言ったわね!?明日、覚えておきなさいよっ!?」


「まぁまぁ、仲がいいことは非常に結構だけどこれじゃあ近所迷惑だよ?いっかいお家の中いかない?」


「なんでこんなヤツ入れなきゃなの!?ぜぇぇぇったいヤダからね!」


「…………満華ちゃん?」


「な、なによ…お姉ちゃん」


「満華ちゃんは物分かりがいいと思ってたんだけど…もう一回言わないとダメかな?」


場の空気が一瞬で氷点下まで下がったような感覚に陥った。愛菜さんは笑顔を一切崩してない。だが、その目は全く笑ってないのだ。


「わ、わかったわよっ!こ、今回だけ特別だからねっ!」


「やったぁ!さすが、満華ちゃん!話がわかる妹ねぇ!」


「脅したくせに…」


「ん?なに?どうかした?満華ちゃん」


「別に…」


再びその視線が満華に注がれると彼女は逃げるようにプイッと視線を逸らした。


「よかったね、たーくん。さぁ、行こ?」


「あ、は、はい」


そうして俺は愛菜さんに背中を押されあの星野満華の自宅にお邪魔することになった。



「で?どうして、たーくんは満華ちゃんをみてあんなことを言ったのかな?」


修羅場は全く終わっていなかった。

むしろこれから本番といった方がいいまである雰囲気だ。


「えーとね。おねいちゃん、そのことに関しては、山より高く海より深い事情があるんだよ。話すと長くなるし今回はやめておくってことで――」


「満華にはきいてない。ちょっと黙って」


「はい…」


いままで満華ちゃんと気さくに呼んでいた愛奈さんの姿はそこにはない。本当に同一人物かと疑ってしまうほどだった。


この空気感で話さなきゃいけないのか……


言うまでもないがこの空間は、先程とは異なりほどよく重苦しい雰囲気となっている。


星野が必死に誤魔化しているところを見た感じ、こっちの姿が素の方だろう。

ということは、あのお淑やかな感じは偽りの星野で学校の方では猫をかぶっているということになるのか。


チラリと星野の方を見るとお願い黙っててと言わんばかりに目配せしてきている。


だが、すまんな。

俺は、明日お前に文句を言われた方が何倍もマシな感じがするんだ。

今の愛奈さんはアンタッチャブル。触らぬ神に祟りなしとはこういうこと。


俺は、包み隠さず学校での様子を愛奈さんに話した。


「ふーん。なるほどね」


俺からすべて聞き終えると、両手を組んで少し考え来む愛奈さん。

怒っているのか??

恐る恐る覗き込んだが彼女の感情を読み取ることはできなかった。


「お姉ちゃん……怒ってる?」


心配なのは星野も一緒のようで同じように愛奈さんの様子を伺っていた。


「いや、怒ってないよ。女の子関係は色々めんどくさいもん。満華が一番と考えるのを否定するつもりもない。でも、私としては満華には満華らしくいてほしいかな?」


仮面を被り続けるということは、自我を押し殺すということ。

その分、自分にも負荷がかかるし、ストレスも感じやすくなる。

だから、彼女の身を案じている姉としては極力そのままでいてほしいのだろう。


しかし、星野の立場からすれば、それは呑むことができないお願いだったらしい。

「だいじょーぶ。無理はしてないから」とニコッと笑い平気な顔をして見せた。


愛奈さんはその顔を見てしぶしぶ納得したのか、それ以上何も言うことはなかった。


「じゃあ、もう話は終わったよね??私はとっても忙しいから!ほらはやく帰った帰ったぁ!」


そう言って俺たちを無理やり部屋から追い出そうとする満華。

だが、それを許す姉ではなかった。


「残念だけど、今回の本題は家事代行これだから」


「結論から言っとくけど、私に家事代行なんか不要だから。ぜぇぇぇったい要らないからね!」


仁王立ちでそう宣言する満華に対し、もうひと悶着あるなと頭を抱えられずにはいられなかった。

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