第18話

「クリストスさん、万歳!」

「クリストスさん、万歳!」


その晩、街の中央の噴水酒場では、盛大な宴が開かれていた。

適当に布を敷いて地べたに座ったり、伐採した木を転がしたりして椅子を作り、みな好きなように楽しんでいた。


「私のための宴ならば、質素なものにしてください。一切れのパンとワインがあれば、私はそれ以上を望みません」


ドヤり顔でそう言った私へ、受付嬢のペテロが笑い声を上げる。


「昼間っからビール飲んでたじゃないですか」


いやほら一応、白魔道士だからね?

清貧でいこうとしたわけさ。


「はい、ごめんなさい。お肉もください。あとビールで」

「はいはい、よろこんでー!」


ここ数千年、種しか食べてこなかったから、そういえば肉なんて食べ物あったなー、という感覚で、肉をもらう。


他者の血肉を喰らうという体験を目前に、違う意味でごくりと喉を鳴らす。


覚悟を決め、肉汁したたるそれをもらい、ひとかじり。


「う、うまい!?」


忘れられていた動物性タンパク質を摂取し、舌が、唾液腺が、喉が、五臓六腑が「これだよこれ」と喜びの大喝采を上げた。


「主よ、この恵みにマジ感謝」


今までよく種だけで生きてこれたなと感心する。

なまじ、せいめいが高すぎるので飢えでは死なない。


「クリストスさん、あんた、何者なんだ」


私が久方ぶりの肉を堪能していたとき、タルっ腹の男がそう尋ねてきた。


「愛の伝道師だよ」


気づけば他の街の人たちは「クリストス万歳」と叫びながらも、当の本人である私とは違う場所で勝手に楽しくなっていた。


近くで聞こえる宴の音を肴に、私の隣に座ったタルっ腹の男とペテロはビールを飲む。


「クリストスさん、あのハニカム、本物だったんですね」

「正真正銘、私のステータスだよ」

「俺にも見せてくれねぇか」


口元の泡を拭いながらハニカムを見せると、男は「どっひゃー」と酔っ払い特有のオーバーリアクションを見せた。


「こいつは、たまげた。現代の勇者と呼ばれるやつのハニカムを見せてもらったことがあるが、そいつでさえハニカムの半分をちょっと超えてたくらいだ…」

「数年前にとある魔術師の方の魔力が外角に触れてギフトを得たことでも、一大ニュースになりましたよね」


「…まぁ、どっかの軍の研究対象になったって噂だが」

「あんまり、気持ちのいい話ではなかったですね」


「しかし、まぁその魔術師は、代償に生命が極端に低かった。クリストスさんのステータスは…尋常じゃねぇな…」


がんばって種を育てて食べ続けたからな。


「一体どんな苦行を積めば、こんな…」


数千年、種を育ててただけです。


「ま、深くは聞かねぇよ…いや、聞けねぇよ」

「ぜんぜん聞かれたら話すけど…」

「いいんですよ。クリストスさんがこうしてここにいて街の平和を守ってくれたんですから」


そうか。まぁ、いいなら、いっか。


「それで?クリストスさんよ。あんたこれから、この街にいてくれんのか」


タル男とペテロが、私をじっと見つめてきた。

愛の視線を感じる。


「…いや、出て行くよ」

「えー!」


嫌だよー、とペテロが寂しがりな人みたいに、上目遣いで私を見る。

おいおい、よしてくれよ私は聖職の白魔道士。いたいけなお嬢さんにそんな目で見られるとかもうね、何千年禁欲してると思ってるんだ。


「よしな、嬢ちゃん。クリストスさんにはな、愛を伝えて回る使命があるんだ」


そして可愛らしい受付嬢の肩をそっと撫で回しながら止めるフリをするタル男。

お前今セクハラしたろ。

私にはわかるぞ、かしこいからな!


バリバリバリ

ぎゃー


「セクハラはノットビューティ、だ」


雷で痺れたタル男を見下ろしながら、私はビールをグビグビと飲んだ。


「あ、ありがとうございます…」


と苦笑するペテロ。


やれやれ、世界を愛で包むのは遠い道のりになりそうだ。

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