第17話
私は彼へと歩み寄り、その剣をしかと掴んだ。
「今度は何を…っ!?」
「えいっ」
その剣を何度も何度も自分の胸に刺した。
「えいっ、えいっ」
「な、何やってんだこいつはぁーー!?」
さすがに私のちからなら、私の体に傷をつけられる。私の胸からはダラダラと血が溢れ、足元のローブまで垂れる。
「ば、化け物が…!」
かつてモンスターといわれていた魔族が私を化け物呼ばわりする。
それは、私をモンスターの仲間と受け入れてくれた証のように思えた。
…わけないか。
さすがに化け物呼ばわりは酷いと思う。
「化け物ではない。私の名前はクリストス。汝、人間を愛しなさい」
「ふっざけんな、さっきから愛せ愛せとよぉ…!」
「ふざけてなどいない。私は…」
「人間が俺たちにどんな仕打ちをしてきたか、貴様だってわかっているだろうが!」
「わかっている」
「だったら…っ!」
「しかし、魔族が人間にした仕打ちも、忘れてはいけない」
「それは、同胞は、生きるため仕方なくやったことだ…」
私の言葉に気づかされたか、魔人の男の言葉が濁る。
私は優しく頷いて、こう続けた。
「…かつて、人類は魔族に敗北するかに思えた。しかし、奇跡的に勇者が生まれ、人類は勝利した。あのときの魔族は知恵がなかったから、交渉することができなかった。だが今は違う。こうして話し合うことができる。まずは互いにわかり合おうとするところから始めてみないか。勇敢なる魔族の戦士よ」
なんかプロポーズするときみたいな台詞になっちゃった。
「はっ、勇者?魔王?旧時代の話を、さも見てきたかのように言いやがって…」
「見てたけど…?」
もっとも、魔王を倒した勇者の凱旋パレードは、種の育成フィーバー中だったから見られなかったが。
「…悪いが、俺たちは人間を許すつもりはない。根絶やしにするつもりだ。それは変わらない」
「…そうか」
「……だが、あんたの言うように、人間とわかり合いたいとほざく同胞もいる。人間の悲鳴を聞いて、心を痛める変わり者もいる。だから、人間の中にも、あんたみたいなやつがいるということも、覚えておこう」
「…ありがとう」
魔族の青年が伝えてくれた言葉に、私は心からの感謝を伝えた。
わざわざ教えてくれたのだ。
戦いがすべてではないと、彼も気づいている。
ラブ・アンド・ピース。
世界は愛に包まれ始めた。
「お前ら、撤収だ」
「ボス!?しかし…」
「しかし?なんだ?あの化け物を突破する秘策がお前にはあるのか?」
「……あ、ありません」
「だろうな。あいつへの対策ができるまではここへの攻撃は禁止だ。…次はこっちがやられるかもしれんからな」
私たちにもそう聞こえるように告げて、魔族の集団は去っていった。
その数20。ひとりひとりが、かつての魔王とほぼ同等の力を持つ強大な集団だ。
「か、勝ったのか…?」
人の子が彼らの撤退を、信じられないものを見るような目で見ていた。
通常の「襲撃」では、多くても5、6人の魔人が攻め込んでくるが、それでも数人の死者と甚大な被害を受ける。
その4倍の数で攻めてきた魔人相手に、街の一部地区に僅かな損傷を残しただけで、戦死者さえ出さずに撤退させた。
「ありえない」
そのありえないを成し遂げた奇跡に、まずは戸惑い、人々は唖然と口を開けていたが、やがて魔人の後ろ姿が完全になくなると、ついに奇跡が事実であることに気づき、勝利の雄叫びを上げた。
「おおぉぉぉぉーーーーーー!!!!」
君たちの気持ちはわかるよ。
だって、私はかしこいから。
私は勇敢に戦った戦士たちの頭を撫で、こう告げて回った。
「汝、この街を愛するように、宿敵を愛しなさい」
と。
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