第7話
「僕ね、草原を思いっきり走りたかったんだ。自分の足で、両の足でね、思いっきり走りたかったんだ。でももう、なくなっちゃった」
「事故か」
「うん。蒸気魔術のへーガイってやつなんだって。生まれついて接続が脆くて、それで…」
10になる前に、腐り落ちてしまった。
「悲しいな。悲しいよな…」
「い、いいんだよ白魔道士さん」
私の目からは、涙がとめどなく溢れていた。
「私が君の足を治してやるからな」
「…気休めはいいよ。お兄さんのローブ、それ下級ってやつでしょ。なくなったものを蘇らせるなんて魔法、使えるわけないよ…」
「なんだ、不満だったか。君の体に合わせて、問題なく使えるようレイズをかけたつもりだったが」
「えっ」
少年が自分の体を見下ろす。
膝から下に、持ち上げるものがある。
その重量に、その感覚に、少年は信じられないものを見る目で、足を、そして私を見た。
「歩いてごらんなさい」
少年は立った。
覚束無い足取りも、数年振りの大地を前にしていることを考慮すれば、立派なものだ。
「お、おにいさ、ぼ、僕、あ、あるけ…歩け…っ!」
「ああ、君の足だよ」
少年の目には見る見るうちに涙が溢れていた。ぼろぼろとそれは大地に落ちて、煌めいた。
「汝、自分の足を愛しなさい」
「うん、うん…っ!ありがとう、お兄さん!」
それを見た人々が、次から次へと私の元へとやってきた。
みな、何かしらの不幸や激しい戦闘で体の一部を失ってしまった人たちばかりだった。
私はみなに平等に接した。
「汝、自分の目を愛しなさい」
「汝、自分の指を愛しなさい」
「汝、自分の皮膚を愛しなさい」
「汝、髪の毛は諦めなさい」
人々は二度と戻るはずのなかったものを取り戻して、それを愛おしそうに撫でた。
「あの、髪の毛は…」
「無いものはありません」
「そんな…っ」
私は自分の黒髪を撫でつけてクールに告げた。
失った毛根は回帰しない。二度と戻らない。
アーメン。
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