第5話

「ねぇねぇあなたは知っているかい?第八区画のウワサ話」

「うんうんもちろん知っている。錆びれた鉄屑のゴミ捨て場」

「敵襲があればすぐに死ぬ」

「誰かが助けを求めてる」


「だけれど、あれれ。おかしいぞ」

「だぁれも助けに来やしない!」

「それもそのはずそのゴミ捨て場にいる人々は」

「汚い汚いラータム人なのだから!」


「ラータム人に決して触れてはいけないよ」

「穢れが移ってしまうから!」

「おお怖い、おお怖い!明日は我が身だラータム人!」

「触るべからず社会の恥部よ!」


まるで民話を聞かせるかのように、フードを被った白髪の少女たちが、くるくると踊りながらそう伝えていた。


ラータム人とは、先天的に四肢が欠けていたり、何かしらの病にかかっていたり、呪いを受けていたり、そういう人たちの総称だった。


私が生まれ育った時代にはなかった言葉だ。

人が人を差別するために、わざわざ新しい言葉を作り出すだなんて。


「ノットビューティだ…」


私はひとり、その第八区画へ足を運んだ。


区画とは名ばかりで、そこは確かにゴミ捨て場と言っても過言のない状態だった。

塀に囲まれた平地の中に、蒸気技術が発展する前の材木やブリキ板を手当たり次第に投げ捨てて、それを屋根のように広げた風景が延々と続いている。

鉄筋なんてもちろんないから、区画は全て一階建てで、平べったい。


酸いた臭いと人の脂の不気味に甘い臭いが混ざって、鼻が曲がりそうだった。

ので、びゅうと風を起こして臭いを吹き飛ばした。


私は道端に倒れていた、ミイラのような男にそっと手を差し伸べた。


足首を怪我していて、そこにウジが湧いていた。


「…かわいそうに」


私は男の肩にそっと手を落とした。

すると、そんな力があったのか。

男はびくりと体を動かして、私を見上げた。


「う……あ……?」


触れば穢れが伝播する。

だから、誰も彼に触れることはなかった。


幾星霜振りかの人の手の温もりに、彼はこんなにも驚いたのだ。


「待っていなさい。今治療するから」


キン、という音ともに、男の体にあった怪我や諸々を治した。

しかし、空腹までもは治せない。


「ここに木を作ろう」


持っていたリンゴの種を地面にばら撒き、白魔術で一気に樹木のレベルにまで育て上げる。


種から木まで育て切るのには慣れたものだ。


木を育てれば土のマナを消費するので、私の魔力を大地に補填しておく。


「むぅん」


そして足元深くにあった水源を呼び出し、石を積み上げて井戸を作り出した。


地下で冷えた水をコップに汲み、もぎたてのリンゴを彼に与えた。


「あ、ああ…」


と、周りにいる人々が次々と木や井戸に群がってきた。


「お食べなさい」


人々はその木の実を掴んで、私が用意したコップに水を汲むと、すぐには食べず、どこかに持っていく。


食べる姿を見せないようにしているのだろうか、と私は思った。こんな状況だ。食べ物を食べてる端から盗まれても文句しか言えないだろうから。


だから、安全なところまで運んでいるのだろうと思ったが、違った。


果物と水を持った男が、ブリキ屋根の下に蹲っていた女へそれを差し出した。


人々はまだ歩ける自分たちよりも、身動きできない人たちへ食べ物を贈ったのだ。


「びゅ、ビューティ…!!」


どびゅっと涙が溢れ出た。

これぞビューティ。これぞ愛。

世界はこんなにも美しい。


涙でその美しい風景が見えない。


私は涙を拭いながら、第八区中に作物を育てて回った。

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