第3話

「あんた、そんなんで娘を幸せにできるの!?」

「お前こそ!そんなんであの子のためになると思ってんのか!」


そんな声が聞こえた。

犬も食べない夫婦喧嘩。

タルみたいな腹をした中年の男と、ハリガネみたいな女性が言い争っている。


「娘のためには金がいるのよ!その金をあんた、酒に使うんじゃないよ!!」

「馬鹿野郎!あれは俺が稼いだ金だ!俺の金を好き勝手使って何が悪い!」


ぎゃぁぎゃあと言い争う夫婦。

その姿を見ていると、私の胸には深い悲しみが溢れてきた。


「大体あんた、酒場の受付嬢なんかに色目使って!」

「いいい色目なんてつつつ使ってないわい!!!」


周囲の人たちも、なんとなく不快そうに街を歩いている。

美しくない。

ノットビューティ、だ。


「ほら見なさい!このロクデナシのタルっ腹ジジイが!」

「ぬ~!さっきから黙って聞いていれば…」


ぷるぷると男の腕が震える。

ああ、それはダメだ、と私は思った。


「ひっ…」

「俺だってあの子のために、こんな必死にやってんのに…っ!!」


ぶんっ、

しゅぱっ。


私はすばやいから、男が拳を振り切るよりも先に、その腕を掴んで止められた。


「な、なんだおめぇは…ぐっ?」


男は私を振り解こうと一瞬だけもがいたが、私はちからも強いので、離さなかった。

そして私は彼に、教えを授けた。


「汝、嫁を愛しなさい」

「は?」

「嫁を、娘を、愛しなさい」

「おめぇ、何言って…」

「そして、愛する人のために努力を重ねている自分自身も、愛しなさい」

「…っ!!」


男は私の言葉に気づかされ、ハッと息を呑んだ。

一方で、奥様のほうは勝手に割り込んできた私を訝しげに見ていた。


「あんた誰よ」

「私の名前はクリストス。汝、旦那を愛しなさい」

「なんだこいつ…」


変な顔を作って見せる嫁を、タルッ腹の男はそっと制して、涙を溢しながらこう言った。


「いい、いいんだ。俺が悪かったよ、ハニー」

「誰よハニーって」


世界はまたひとつ平和になった。

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