8-3

トヲルがランキング戦を待っていた同時刻。


白い制服の男性"ミナト"と、白いパーカーの少女"トウカ"も開始を待っていた。彼らは、ましろ主催のクラン"白き円環"のメンバー。主に情報収集を任されている。これから始まる戦いを確認するのも、その一環だった。


だが、ミナトはもうすでに飽きていた。自身が参加するのであれば、気合いも入る。または知人が出るのなら、応援にも熱が入るというもの。だが、見ず知らずの者のデビュー戦に、はたして見る価値があるのか疑問だった。


「なぁ、トウカ。こんな試合、見る必要あるのか?」


「ミナトさん、貴方は帰ってもいいよ。私が見ておくから。この戦いは見ておかないといけないの。これから、ましろ様に関わってくるはずだから。」


「ふぅん・・・。」


ミナトは理解できない。この少女は不思議な子で、いつも何を考えているのかよく分からない。いわゆる不良少女なのだろうが、家にも帰らず、日々どこで過ごしているのだろうか。彼女については、そんなことすらも知らないのだ。


情報収集にあたり、彼女とはこうしてチームを組まされている。ただそれだけの間柄で、特に親しいわけでもない。可愛らしい子ではあるが、生意気なので正直好きにはなれそうもない。それは、これからも変わらないだろう。


ただひとつだけ、ミナトは大きな疑問を持っていた。この少女が、時より不思議な物言いをすることだ。それはまるで、未来を知っているかのような・・・。頭の良い子なので、恐らくは洞察力に優れているのではないかと思うが。


「それにしても・・・。これだけしょっちゅう大々的にランキング戦やらやってて、なんで警察は捕まえにこないのかね。呑気なもんだ。」


「それは違法ではないからでしょ。表面上は安全性の問題があるだけだし、それについては条例程度。そこまで大きな罰則があるわけでもない。」


「違法ではない、ねぇ。ギガントのソフトなんて、どう考えてもヤバそうだけどなぁ。ペットリソース上書き、なんて。あれって、そもそも標準機能の強制更新だろ?違法性アリアリだと思うんだけどな。」


ミナトは静かな上空を見上げる。もう少しすれば、現実に垣間見える非日常が始まるはずだ。ギガントという巨大なロボットが、街中を練り歩くのだから。


「それにさ。3D地図データと現実との完全同期。これって、さすがにヤバくない?XRの根幹に関わる技術なんだろ?そこを勝手に触れてる時点で・・・。」


「日本の警察は優秀よ。少なくとも捜査に関してはね。だから、その辺のことは疾うに理解してる。理解していて・・・、ただそれを放置している。」


「放置?どういうことだよ。」


「ミナトさんは、あの名門高校に通ってるんだよね?なら、上級国民でしょ。何も考えなくたって、守られている側だものね。」


「む。どう言う意味だ。」


若干ムッとするミナト。たしかに、彼とましろの通う高校は名門であり、家柄も重視される。だが、それを面と向かって言われるのは、少々納得がいかない。そこには、トウカの嫌味も存分に含んでいた。


そんな風に少し不貞腐れるミナトを見て、トウカは少しだけ口角を上げた。


「取り締まる側って、なぜ取り締まるの?それは治安維持の為。じゃあ何のため?それは上級国民のため。貧乏人が好き勝手にやれば、彼らも他人事ではなくなるから。もっと言えば、上級のための安全装置でしかない。」


「・・・要するにギガントマキアには、その上級の誰かさんの意志が介在してて、警察は動かないってことか。」


「分かってるじゃないの。」


「随分とスレた子供だな、キミは。」


「歳なんて、貴方もさして変わらないでしょ。子供扱いしないで。・・・そもそもこのギガントマキアがなぜ行われているのか。貴方は考えたことある?」


「なぜ、とは?」


「XR自体は世界中で使われてるけど、ギガントマキアは日本のみ。しかも、ギガントの売人は原則的に外国人への販売を禁止されている。まぁ、どこまで効力があるかは微妙なところだけど。」


「たしかに外国人は見たことないな。アジア系だったら、ぱっと見は分からないかもだけど・・・。」


「なぜ日本だけなのか。なぜ日本人だけなのか。さらに、なぜ警察は動かないのか。いや、動けないのか。」


「まさかこれ、国がやってるってのか・・・?なぜキミが、そんなことを知っている・・・?」


「少しネタバラシすると、それが私の能力だから。」


その時、ミナトにはトウカの目が緋色に輝いていたように見えた。信じ難いが、この世のものではないように思えてしまった。だが、ミナトは、その一瞬の考えを振り払う。そして、あくまでも陽の光の加減によるものだと解釈する。


トウカはつぶやくように言う。


「ましろ様には野望がある。それを実現させるためなら、私は悪魔にだって魂を売る。そして、私は大事なものを守るの。これは、私がやらなくちゃいけない。私だけにできることだから。」


それはただの独り言ではなく、トウカの確固たる意志の再確認だった。


その後、ミナトは何も言わなかった。そして、間食用に買ってきたハンバーガーを開封し、おもむろに食べ始めた。


チーズの甘ったるい香りが食欲をそそる。それを一口頬張ると、鼻の奥にバンズの香ばしさが広がる。口の中にはすぐに肉汁が溢れ、小気味良くレタスが音を立てる。ソースも絶品だった。そして、コーラをグッと飲んで小休止。


そうしてミナトは微かな満足感を得て、静かな空を見つめて背伸びをした。


(なんだか、ウチも面倒なことになってきたな。巻き込まれない内に・・・、いや今は止そう。)

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