7-5

トヲルが家で食器を洗っていると、後ろで足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには妹の永遠がいた。


「ん?どうした?」


トヲルは一旦手を止めたところ、永遠が何かを手渡そうとしてきた。濡れた手を拭いて、それを受け取る。


「・・・折り紙?」


だが、それが一体何を模したものかは分からなかった。


実は、永遠はあまり器用な方ではない。一緒に見ながら作っても、よく分からないものが出来上がってしまうのだ。以前に作ったものを褒めたのだが、実は全く違うものだった。それで、永遠が拗ねてしまったのは言うまでもない。


それ以来、トヲルは憶測で言わないことにしていた。少なくとも本人が言うまでは、"何を作ったか"については言及しないようにしている。


「これ、永遠が作ったの?」


頷く永遠。


「くれるのかい?いいの?折角作ったのに。」


何度も頷く永遠。トヲルは、ニッコリと笑顔で返す。


「そうか。ありがとう。大事にするよ。」


トヲルは、永遠の頭を撫でる。永遠は目を見るでもなく、泳ぐような視線でトヲルの顔を見た。そして、すぐさま走って行ってしまった。


「でも、どうして急に折り紙なんて・・・。」


そこでふと思い出す。以前、永遠の体調が悪かった時に、折り紙を作ってあげたことがあった。それは元気が出るおまじないだった。永遠はその折り紙を、今でも大事そうに秘密の箱へと仕舞い込んでいる。


「ああ、そうか。これ、犬か。」


その時作ってあげたのが、犬だった。おそらくはそれを見ながら作ったのだろう。お世辞にも上手とは言えない。だが、不器用なりに一生懸命折ったのは分かる。問題は、なぜこれを今渡してきたか、ということだ。


だが、それは少し考えて気付いた。永遠は、トヲルの表情を確認していたのだ。そこに答えがあった。


「そうか・・・。俺、元気なかったように見えたんだな。」


ここ最近のランキング参戦と、アナトの問題。トヲルはずっと精神的に重かった。もしかしたら、暗い顔をしていたのかもしれない。


だが、それも今日で終わりだ。アナトは自力で殻を破ったのだから。


トヲルは手の中の折り紙を見て、少しだけ微笑んだ。



トヲルの部屋。


暗黒はかなり機嫌が良かった。


「見直したぞ、アナト。」


だが、当の本人であるアナトは頭を抱えていた。


「はぁ・・・。ボク、なんであんなこと言っちゃったんだろう・・・。」


ただそれでも、以前のように落ち込んではいなかった。自分でこうすると決めたのだ。発言に後悔があっても、歩き出すことをやめたりはしないだろう。


そして、アナトは思い出したように口を開く。


「・・・それで、そのご主人様。あと暗黒ちゃん。・・・ひどいこと言って、すみませんでした・・・。ボク・・・。」


だが、暗黒は笑う。


「は!謝ることなんて、なにかあったか?私の記憶にはないがな。特に何もなかったぞ?まぁ貴様は何か悩んでおったようだが、そんなもの、ヤツをぶちのめせば吹き飛んでしまうだろう。あの程度のヤツ、貴様の敵ではないわ。」


トヲルも笑った。


「暗黒は心配してたからなぁ。今にしては笑えるだろ?あれで励ましてたつもりなんだからな。」


「なっ!?私は心配なんてしてないし、だから励ましてなぞ・・・。」


「ありがとうね、暗黒ちゃん。」


「わ、私は別にだなぁ・・・。そういう・・・。」


取り繕う暗黒。相変わらず、こういうコミニュケーションは苦手なようだ。トヲルもようやっと肩の荷が降りたように、ため息をつく。


「まぁ、アナトが吹っ切れたみたいで良かったよ。俺も色々考えてはいたけど、いきなり色々と詰め込みすぎてたかもと、ちょっと反省してたんだよ。」


「そ、そんなこと・・・。」


「今度はアナトだけじゃなく、俺もやるからさ。」


「ご主人様が・・・?」


「ああ。まぁどこまで出来るかはまだ分からないけど、前よりはきっと・・・。」


「ご主人様・・・。」


アナトはトヲルを見つめる。アナトには、トヲルが以前とは何か違うように思えた。そこでアナトは、思い切ってトヲルにお願いをすることにした。


「あ、あの・・・ご主人様。ひとつお願いが・・・。あと、暗黒ちゃんにも。」


「ん?なんだ?」


トヲルも暗黒も、座り直して話を聞く体勢をとる。


「対戦までの間、暗黒ちゃんといっぱい対戦したいです。可能でしょうか。」


「鍛えてほしいってことかな?」


「はい。ボクには実力もそうですが、とにかく経験がありません。短い期間ですが、相手が暗黒ちゃんなら、きっとどんな訓練よりも効果があるんじゃないかと・・・。」


「それは別に構わないが・・・。」


トヲルはチラリと暗黒を見た。暗黒はアナトの言葉を受け、何か考え始める。そして、トヲルの目をじっと見つめた。


「ふむ・・・。なるほど。そうだな。貴様、私からも少し提案がある。たしかギガントの設定は、ある程度こちらに一任できるんだよな?」


「え?あ、ああ。できなくはないみたいだけど・・・。どうして?」


「アナト。これから私が、貴様をみっちりと鍛えてやろう。」


「え?暗黒ちゃん、本当に!?」


「暗黒ちゃんではない!教官と呼べ!!」


「えっとぉ・・・?」


「返事は、"ハイ"か"了解"だ。それ以外は禁止だ!!」


「でも・・・。」


「でもじゃない!!貴様は自分の主人が馬鹿にされて、悔しかったんだろう!?あんなやつに負けてもいいのか!?」


「良いわけ・・・、ないです。」


「なら、私について来い。短い期間だが、あんな奴に負けないくらいには鍛えてやるからな!!」


「わ、分かりました。暗黒ちゃ、いや教官、よろしくお願い・・・。」


「違ぁう!!返事は"ハイ"か"了解"だ!!・・・返事は!?」


「えっと・・・、ハイ!!」


そのやりとりに、一番困惑しているのはトヲルだった。


「えっと・・・?」


「だから、この私がアナトを直々に鍛えてやるというのだ。心配するな、貴様は貴様の生活をすればいい。その間、我らは昼夜を問わず、ずっと戦い続ければ良いのだからな!」


「ええ!?ちゅ、昼夜問わず!!?・・・あ、明日から眠れないんですか!?」


「貴様!!戯けたことを言うな!!今日からに決まってるだろうが!!対戦まであと何時間残ってると思っているんだ!?寝てる暇なんぞ無いぞ!!・・・だから、貴様!!さっさとギガント関連の管理権限を寄越せ!!」


暗黒の剣幕に圧倒されるトヲル。


「いやでもなぁ、暗黒オマエ・・・。」


「・・・なぁに心配ない。修練モードなら、誰にも見られないのだろう?学校だろうが、バイトだろうが、貴様が寝てようが、飯だろうが、トイレだろうが。その横で、我らは関係なく戦い続けるだけだ!!」


「ひ、ひぃい!!ご、ご主人様、そ、それはさすがに・・・。」


「ええい!!今更泣き言を言うな!!ほら、早く寄越せ!!」


「あ、ああ・・・。」


トヲルは暗黒の勢いに押され、ギガント関連の管理権限を渡してしまった。


「フフフ、アナトよ。喜べ。これが終われば、貴様も一端の戦士の顔に変わっているだろうよ・・・。」


「わわわわわ、ご、ご主人様ぁ・・・!た、助けてぇ・・・!!」


涙目のアナト。だが、トヲルはそれを見なかったことにした。

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