7-4
「わぁ・・・。」
街に出ると、アナトの表情は少しだけ明るくなった。
トヲルはアナトと暗黒を連れて歩いていた。なんとも小っ恥ずかしい。だが、最近は街中でも、XRの仮想人格を連れて歩く人が多くなっていた。それはギガントマキアのシルフの影響から、類似品が多く出回ったせいだ。
もちろん、それらはペットの延長線にあるものだ。見た目のリアルさに近いものはあるが、中身は別物。ギガントマキアほどの優秀なAIではないため、会話をすればシルフかどうかはすぐに分かってしまう。
ただトヲルが女性二人を連れていても、そこまで目立つことはなかった。
アナトは、キラキラとした表情で街を眺めた。そして、つぶやくように言った。
「ボク、夢を見たんです。」
「夢・・・?」
「すごぉーく、怖い夢。たぶん、ボクの怖いと思う気持ちが、そういうものを見せたんだと思います。」
そう語るアナトは、少しだけ吹っ切れたような表情になっていた。
だが、トヲルは不思議だった。AIが夢を見るのだろうかと。夢というのは、人間が寝てる間に、思考を整理するために見るのだと聞いたことがあった。だから普通に考えれば、AIが夢を見る必要はないのだ。
ただもしかしたら、夢によって人間らしさを獲得できるのであれば、わざわざ"夢を見る"というロジックは入れる可能性はある。それは"思考の整理"ではなく、"夢を見る"機能によって夢を見るということだ。
・・・勿論、それにどんな意味があるかは、トヲルには分からないが。
「へぇ・・・、そうか。夢・・・、ねぇ。」
「ご主人様。・・・ボク、少し頑張ってみようと思います。暗黒ちゃんみたいに、うまくは出来ないと思いますが・・・。」
「・・・そうか。無理はしなくていいからな。」
「はい・・・。」
そうして、3人で街角を歩いていると、アナトは次第にいつもの笑顔を取り戻していく。おそらくは、彼女の中で色々と整理されていったのだろう。暗黒は何も言わなかったが、見守る眼差しは優しかった。
だが、その時。アナトは視界の端に発見してしまった。
そして、それは向こうも同じだった。
「ああ・・・、オマエ。なんか見たことあんな?」
それはミツオだった。隣には、シルフのエルドラードも一緒だった。
*
トヲルは、すぐに視線を明後日の方向へ変え、指を差した。
「えっと・・・、ああほら、あそこに・・・。」
アナトもそれに釣られてしまう。トヲルのその行動は誤魔化すためものだったが、ミツオにはあまり通用しなかった。
「オイ。テメェ、無視すんな。オマエだよ、オマエ。」
「ええっと、どちら様・・・、でしたっけ?」
「・・・って、ああああ!?オマエ!!」
「え!?」
ミツオが急に大きな声を出したので、びっくりしたトヲル。ミツオが誰かを指差している。・・・その指の先には、暗黒がいた。
「オ、オオオオオオ、オマエ!?コイツのシルフだったのか!?オマエだよ、その黒髪の!!」
ミツオが紅緋にちょっかいを出していた時、それを邪魔したシルフが暗黒なのだ。ミツオだって、さすがに忘れるはずもない。
だが、当の暗黒はよく覚えていなかった。
「・・・誰だ貴様は?貴様のような下品な知り合いなぞ、私にはいないがな。」
「なっ!?」
暗黒の物言いに、絶句するミツオ。暗黒は別に煽っているわけではない。素で忘れているのだ。なんとか思い出してもらおうと、必死なミツオ。
「ほ、ほら、前に会ったろ!?あー釘姫の・・・、女の子が・・・っ!!」
「・・・?」
難しい顔でポカーンとしている暗黒に、トヲルが助け舟を出してやった。
「紅緋ちゃんに絡んできたヤツだよ。この前の。」
「・・・ああ!!あの時のどクズか。少し思い出したぞ。男の風上にも置けないゴミカスだったな。」
「あはは!!思い出したか!!俺がそのゴミカスだ!!・・・ってオマエ、馬鹿にしてんのか!!?」
キレるミツオ。その時、すでにアナトは真っ青な顔をしていた。トヲルの背後に隠れ、今にも泣きそうだった。
「・・・ご、ご主人様、もう帰りましょうよ・・・。」
「アナト、逃げるな。コイツなんだぞ、次の相手は。」
暗黒は、尻込みするアナトを見て、諭すように言った。だがそれは、明らかな失言だった。トヲルは頭を抱える。相手に情報を与えないよう気を付けていたのに、暗黒が口を滑らしてしまったのだ。
「暗黒、オマエ・・・。余計なことを・・・。」
「次・・・?アナト・・・、どっかで・・・、って、ああ!!?」
気付くミツオ。ふわふわと浮遊するエルドラードが、機嫌悪そうにミツオの肩に足を乗っけた。
「オイ、ミツオ、テメェ!俺様にも分かるように説明しろ!コイツら何なんだ?敵か?敵なんだな?ならさっさとぶっ殺すぞ!?ギガント化させろ!!」
「エ、エルドラードちゃん!!コイツ、次の対戦相手だよ!!」
「次の・・・?」
エルドラードは暗黒を睨みつける。
「ああん!?テメェが・・・?」
「いや、勘違いするな。私ではない。そっちのやつだ。」
暗黒はアナトを指差した。エルドラードの目には、トヲルの後ろで小さくなっている弱そうなシルフが見えた。
「ぶはっ!?コイツがか!?あ、あーははははっ!!コイツが!?・・・こんなマスターの後ろでガタガタ震えてるような、チンチクリンがか!?俺様の相手!?無理だろ!!?こんな腰抜け野郎、俺様のハンマーでミンチだぞ!?」
自信満々で大笑いするエルドラード。すでにアナトは、あの夢の出来事を思い出してしまっていた。夢の中でアナトは、黄金のハンマーで手足をもがれ、めった打ちにされた。勿論それは、現実の出来事ではない。
だが、それはアナトの恐怖心を増長させたもの。彼女にとって、ある意味では真実なのだ。これから起こるであろう、確定した未来だった。
もう完全に戦意喪失していしまったアナト。トヲルの背中で、もうほぼ完全に泣いてしまっていた。
「アナト・・・。」
トヲルは、アナトが自分の背中で小さくなって泣いているのが分かった。
「オイ、アナト。貴様それでも・・・。」
暗黒が何かを言いかけたが、それをトヲルは制止する。
「分かった。俺たちは棄権するよ。アンタらの勝ちだ。それでいいだろ?」
「「は?」」
トヲルの言葉に、ミツオとエルドラードがキョトンとした顔をした。そして、すぐ二人は大爆笑をし始めた。
「だーはははははっ!!コイツはすげぇや!!こんなのは初めてだ!!戦う前に終わっちまったよ!!エルドラードちゃん、コイツら最高だな!!」
「ぶはははは!!傑作だな!!なぁ、ミツオ!!最高新記録じゃないか!?コイツら、今までで一番弱えぞ!!」
大笑いの二人。だが、トヲルは何も言い返さない。
「さぁ、二人とも帰るぞ。」
「・・・。」
ムスッとしたまま、何も言わない暗黒。トヲルら3人は、そのままゆっくりとそこを後にしようとした。
その時、エルドラードが言い放つ。だが、それは失言だった。
「・・・シルフがシルフなら、マスターもマスターだな。こんなゴミみてぇなマスターじゃ・・・、ふははは!!いくらやったって勝てねぇよ。そんな弱腰ならよ、最初からギガントに手出すんじゃねぇ。最弱のマスターさんよ!!?」
「・・・聞き捨てなりませんね。」
「ああん!?」
エルドラードは暗黒を睨みつけた。
「今のは、私ではないぞ。」
エルドラードは、トヲルの背後から恨めしそうに睨みつけるアナトと目があった。涙でぐしゃぐしゃになっていた弱虫な彼女は、本当にどうしようもないくらいに弱いのだろう。
だが、今のアナトの眼光には、言葉では言い表せない何かが宿っていた。
「オマエか、今の?・・・泣き虫がなんか言ったか!?コラァ!!?」
「聞き捨てならないって言ったんです!!ボクのことはいいです。実際、泣き虫ですし、弱いです。でもご主人様の悪口は、捨て置けません!!今すぐ訂正してください!!」
「何言ってんだ!?テメェ棄権すんだろ!?逃げんだろ!?だったら、ゴミ野郎じゃねぇか!!」
「棄権なんてしません!!逃げません!!」
アナトは、トヲルの背中にへばりついていた。
だが、顔は。その視線は。涙でクシャクシャでも、凛とした佇まいだった。そこには、確かに強い意志が宿っていた。今、アナトの心を支配しているのは、恐怖ではない。
・・・純然たる怒りだ。
エルドラードらの物言いに、だんだんと腹が立ってきたのだ。そして、その苛立ちは自分に対してもだ。トヲルに棄権すると言わしめた、自分の不甲斐なさに。腹が立って腹が立って、仕方がなかった。
なぜ、こんな男にトヲルが馬鹿にされるのだろうか。意味が分からない。少なくとも、何も知らないエルドラードらに、トヲルを馬鹿にする権利などないのだ。
トヲルは、毎日バイトをして、家事をして。妹の面倒も見ている。今時珍しいほどの好青年だ。それが、女の子に怖い思いをさせるような、どうしようもない金髪のゴロツキが、なぜそんなことを言うのか。それは金鎧にしてもそうだ。
少なくともアナトにとってトヲルは、尊敬に値する人物だった。
だからこそ許せなかった。
そして、アナトはとうとう言ってしまった。
「貴方は、ボクが倒します。どうぞ、首を洗って待っていて下さい。」
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