7-4

「わぁ・・・。」


街に出ると、アナトの表情は少しだけ明るくなった。


トヲルはアナトと暗黒を連れて歩いていた。なんとも小っ恥ずかしい。だが、最近は街中でも、XRの仮想人格を連れて歩く人が多くなっていた。それはギガントマキアのシルフの影響から、類似品が多く出回ったせいだ。


もちろん、それらはペットの延長線にあるものだ。見た目のリアルさに近いものはあるが、中身は別物。ギガントマキアほどの優秀なAIではないため、会話をすればシルフかどうかはすぐに分かってしまう。


ただトヲルが女性二人を連れていても、そこまで目立つことはなかった。


アナトは、キラキラとした表情で街を眺めた。そして、つぶやくように言った。


「ボク、夢を見たんです。」


「夢・・・?」


「すごぉーく、怖い夢。たぶん、ボクの怖いと思う気持ちが、そういうものを見せたんだと思います。」


そう語るアナトは、少しだけ吹っ切れたような表情になっていた。


だが、トヲルは不思議だった。AIが夢を見るのだろうかと。夢というのは、人間が寝てる間に、思考を整理するために見るのだと聞いたことがあった。だから普通に考えれば、AIが夢を見る必要はないのだ。


ただもしかしたら、夢によって人間らしさを獲得できるのであれば、わざわざ"夢を見る"というロジックは入れる可能性はある。それは"思考の整理"ではなく、"夢を見る"機能によって夢を見るということだ。


・・・勿論、それにどんな意味があるかは、トヲルには分からないが。


「へぇ・・・、そうか。夢・・・、ねぇ。」


「ご主人様。・・・ボク、少し頑張ってみようと思います。暗黒ちゃんみたいに、うまくは出来ないと思いますが・・・。」


「・・・そうか。無理はしなくていいからな。」


「はい・・・。」


そうして、3人で街角を歩いていると、アナトは次第にいつもの笑顔を取り戻していく。おそらくは、彼女の中で色々と整理されていったのだろう。暗黒は何も言わなかったが、見守る眼差しは優しかった。


だが、その時。アナトは視界の端に発見してしまった。


そして、それは向こうも同じだった。


「ああ・・・、オマエ。なんか見たことあんな?」


それはミツオだった。隣には、シルフのエルドラードも一緒だった。



トヲルは、すぐに視線を明後日の方向へ変え、指を差した。


「えっと・・・、ああほら、あそこに・・・。」


アナトもそれに釣られてしまう。トヲルのその行動は誤魔化すためものだったが、ミツオにはあまり通用しなかった。


「オイ。テメェ、無視すんな。オマエだよ、オマエ。」


「ええっと、どちら様・・・、でしたっけ?」


「・・・って、ああああ!?オマエ!!」


「え!?」


ミツオが急に大きな声を出したので、びっくりしたトヲル。ミツオが誰かを指差している。・・・その指の先には、暗黒がいた。


「オ、オオオオオオ、オマエ!?コイツのシルフだったのか!?オマエだよ、その黒髪の!!」


ミツオが紅緋にちょっかいを出していた時、それを邪魔したシルフが暗黒なのだ。ミツオだって、さすがに忘れるはずもない。


だが、当の暗黒はよく覚えていなかった。


「・・・誰だ貴様は?貴様のような下品な知り合いなぞ、私にはいないがな。」


「なっ!?」


暗黒の物言いに、絶句するミツオ。暗黒は別に煽っているわけではない。素で忘れているのだ。なんとか思い出してもらおうと、必死なミツオ。


「ほ、ほら、前に会ったろ!?あー釘姫の・・・、女の子が・・・っ!!」


「・・・?」


難しい顔でポカーンとしている暗黒に、トヲルが助け舟を出してやった。


「紅緋ちゃんに絡んできたヤツだよ。この前の。」


「・・・ああ!!あの時のどクズか。少し思い出したぞ。男の風上にも置けないゴミカスだったな。」


「あはは!!思い出したか!!俺がそのゴミカスだ!!・・・ってオマエ、馬鹿にしてんのか!!?」


キレるミツオ。その時、すでにアナトは真っ青な顔をしていた。トヲルの背後に隠れ、今にも泣きそうだった。


「・・・ご、ご主人様、もう帰りましょうよ・・・。」


「アナト、逃げるな。コイツなんだぞ、次の相手は。」


暗黒は、尻込みするアナトを見て、諭すように言った。だがそれは、明らかな失言だった。トヲルは頭を抱える。相手に情報を与えないよう気を付けていたのに、暗黒が口を滑らしてしまったのだ。


「暗黒、オマエ・・・。余計なことを・・・。」


「次・・・?アナト・・・、どっかで・・・、って、ああ!!?」


気付くミツオ。ふわふわと浮遊するエルドラードが、機嫌悪そうにミツオの肩に足を乗っけた。


「オイ、ミツオ、テメェ!俺様にも分かるように説明しろ!コイツら何なんだ?敵か?敵なんだな?ならさっさとぶっ殺すぞ!?ギガント化させろ!!」


「エ、エルドラードちゃん!!コイツ、次の対戦相手だよ!!」


「次の・・・?」


エルドラードは暗黒を睨みつける。


「ああん!?テメェが・・・?」


「いや、勘違いするな。私ではない。そっちのやつだ。」


暗黒はアナトを指差した。エルドラードの目には、トヲルの後ろで小さくなっている弱そうなシルフが見えた。


「ぶはっ!?コイツがか!?あ、あーははははっ!!コイツが!?・・・こんなマスターの後ろでガタガタ震えてるような、チンチクリンがか!?俺様の相手!?無理だろ!!?こんな腰抜け野郎、俺様のハンマーでミンチだぞ!?」


自信満々で大笑いするエルドラード。すでにアナトは、あの夢の出来事を思い出してしまっていた。夢の中でアナトは、黄金のハンマーで手足をもがれ、めった打ちにされた。勿論それは、現実の出来事ではない。


だが、それはアナトの恐怖心を増長させたもの。彼女にとって、ある意味では真実なのだ。これから起こるであろう、確定した未来だった。


もう完全に戦意喪失していしまったアナト。トヲルの背中で、もうほぼ完全に泣いてしまっていた。


「アナト・・・。」


トヲルは、アナトが自分の背中で小さくなって泣いているのが分かった。


「オイ、アナト。貴様それでも・・・。」


暗黒が何かを言いかけたが、それをトヲルは制止する。


「分かった。俺たちは棄権するよ。アンタらの勝ちだ。それでいいだろ?」


「「は?」」


トヲルの言葉に、ミツオとエルドラードがキョトンとした顔をした。そして、すぐ二人は大爆笑をし始めた。


「だーはははははっ!!コイツはすげぇや!!こんなのは初めてだ!!戦う前に終わっちまったよ!!エルドラードちゃん、コイツら最高だな!!」


「ぶはははは!!傑作だな!!なぁ、ミツオ!!最高新記録じゃないか!?コイツら、今までで一番弱えぞ!!」


大笑いの二人。だが、トヲルは何も言い返さない。


「さぁ、二人とも帰るぞ。」


「・・・。」


ムスッとしたまま、何も言わない暗黒。トヲルら3人は、そのままゆっくりとそこを後にしようとした。


その時、エルドラードが言い放つ。だが、それは失言だった。


「・・・シルフがシルフなら、マスターもマスターだな。こんなゴミみてぇなマスターじゃ・・・、ふははは!!いくらやったって勝てねぇよ。そんな弱腰ならよ、最初からギガントに手出すんじゃねぇ。最弱のマスターさんよ!!?」


「・・・聞き捨てなりませんね。」


「ああん!?」


エルドラードは暗黒を睨みつけた。


「今のは、私ではないぞ。」


エルドラードは、トヲルの背後から恨めしそうに睨みつけるアナトと目があった。涙でぐしゃぐしゃになっていた弱虫な彼女は、本当にどうしようもないくらいに弱いのだろう。


だが、今のアナトの眼光には、言葉では言い表せない何かが宿っていた。


「オマエか、今の?・・・泣き虫がなんか言ったか!?コラァ!!?」


「聞き捨てならないって言ったんです!!ボクのことはいいです。実際、泣き虫ですし、弱いです。でもご主人様の悪口は、捨て置けません!!今すぐ訂正してください!!」


「何言ってんだ!?テメェ棄権すんだろ!?逃げんだろ!?だったら、ゴミ野郎じゃねぇか!!」


「棄権なんてしません!!逃げません!!」


アナトは、トヲルの背中にへばりついていた。


だが、顔は。その視線は。涙でクシャクシャでも、凛とした佇まいだった。そこには、確かに強い意志が宿っていた。今、アナトの心を支配しているのは、恐怖ではない。


・・・純然たる怒りだ。


エルドラードらの物言いに、だんだんと腹が立ってきたのだ。そして、その苛立ちは自分に対してもだ。トヲルに棄権すると言わしめた、自分の不甲斐なさに。腹が立って腹が立って、仕方がなかった。


なぜ、こんな男にトヲルが馬鹿にされるのだろうか。意味が分からない。少なくとも、何も知らないエルドラードらに、トヲルを馬鹿にする権利などないのだ。


トヲルは、毎日バイトをして、家事をして。妹の面倒も見ている。今時珍しいほどの好青年だ。それが、女の子に怖い思いをさせるような、どうしようもない金髪のゴロツキが、なぜそんなことを言うのか。それは金鎧にしてもそうだ。


少なくともアナトにとってトヲルは、尊敬に値する人物だった。


だからこそ許せなかった。


そして、アナトはとうとう言ってしまった。


「貴方は、ボクが倒します。どうぞ、首を洗って待っていて下さい。」

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