7-3
アナトはギガント化していた。
「はぁ、はぁ・・・。」
だが、機械の身体だというのに、呼吸が荒い。思うように身体が動かないのだ。それはまるで、泥の中を這い回るような感覚だった。腕も足も何もかもが重く、全ての行動が頭で考えているよりもずっと遅い。
アナトの視界に、金色の弧が描かれる。真っ暗な空間を黄金色が裂くように、幾重にもそれが重なっていく。
「無理だよぉ・・・。こんなの避けられない・・・。」
泣き言を言うアナト。それは、エルドラードの巨大なハンマー。金色の弧を描き、暴風のように荒れ狂う。それでもアナトは懸命に避ける。
「ご主人様!助けて!助けて下さい!!一体、ボクはどうしたら!!」
だが、返事はない。
「あ!」
その時、アナトは何かを踏みそうになってよろけてしまう。そして、とうとうアナトの身体に、黄金の塊が打ち込まれてしまう。それは、下から抉るようにめり込んでいく。
「ぐうっ!?」
アナトの身体は重力に反するように、放物線を描いて吹き飛ばされてしまう。そして、そのままビルへと衝突した。
「う、うう・・・。」
激しい衝撃のせいで、身を捩ることすらできない。すぐにでも動かなくてはいけないのに、身体が言うこと聞かない。このままでは相手の追撃を食らってしまう。なんとか立ちあがろうと懸命に踏ん張ると、目の前に金色の塊が見えた。
そこにはエルドラードだった。黄金鎧の禍々しいギガントだ。
「ああ、待って!!ボクはまだ!!」
だが、エルドラードはアナトの言葉を無視した。そこにハンマーが打ち付けられてしまう。咄嗟に両手でガードするアナト。しかし、打ち下ろされたハンマーで、両腕はもがれてしまった。
「ああ!!ヤダ!!やめて!!」
泣きながらアナトはガードしようとするが、腕はもうない。なんとか懸命に足を上げ、蹴り上げる。だが、その足にもハンマーが打ち下ろされ、今度は足ももがれてしまった。
「ああ、ああ・・・。もうボクは、やだ・・・、やめて・・・。」
両手足を失ったアナト。その視界には、振り上げられたハンマーが映る。陽の光が黄金のハンマーに反射し、眩しく視界を遮る。そして、それはアナトへと打ち込まれ、不意に視界が真っ暗になった。
「・・・ああ!!!」
アナトは、大量の冷や汗をかいて起き上がる。この時、彼女はシルフ体だった。
「エルド・・・、あれ?ボク、ギガントで今戦って・・・?負けちゃった?」
「どうして貴様はそうなんだ。」
その声は暗黒だった。アナトは半べそをかきながら、反論する。
「そんな言い方しなくたって・・・。だってボクは、暗黒ちゃんみたいにはできないんです!!」
「アナト、どうして命令を無視したんだ?」
その声はトヲルだった。アナトは必死に言い訳をする。
「ご、ご主人様・・・。ボ、ボクはただ懸命に・・・。でも、相手が強かったんですよ!!最初からボクなんかじゃ敵わないんです!!無理なんです!!」
「そうか・・・。やっぱりオマエには無理だったか。なら、オマエは必要ない。俺には暗黒がいるからな。」
「え・・・?」
「暗黒、次の対戦だが・・・。」
「ああ、次も楽勝だ・・・。」
トヲルと暗黒の声。それはどんどん遠くなっていく。
「え、やだ。そんなこと言わないで!!必要ないなんて言わないで!!ボクは・・・、ボクは・・・っ!!」
アナトは叫んだ。
だが、その声は闇に掻き消える。次第に、トヲルらの声も聞こえなくなってしまった。アナトは、頬に何かが伝わるのを感じていた。
*
「オイ、アナト。・・・大丈夫か?」
「え!?」
アナトはボーッとしていたので、急に話しかけられびっくりしてしまった。
そこはトヲルの部屋だ。心配になったトヲルが呼びかけた。なにせ、さぁ飯を食べようかと言う時に、アナトは一点集中したままフリーズしてしまったのだ。トヲルはアナトが静止画のように見えて、かなり焦ってしまった。
システムに何か不具合があって、シルフがフリーズするなんてことあるのだろうか。そんな風にトヲルは考えてしまった。それほどに、アナトは不自然に止まっていた。
アナトは思い出す。それはエルドラードのハンマーや、暗黒やトヲルとの会話。一語一句思い出せるわけではないが、とてもシンドイ記憶だった。
だが、それは夢。現実のトヲルや暗黒は、あんなことは言わない。
ただ暗黒に関しては、もしかしたら少しは言うかもしれない。しかし、彼女は不器用なだけなのだ。昨日もそうだった。それを頭では分かっていたが、受け流せるほどに自分に余裕がなかった。
そして、トヲルにおいては絶対に言わないだろう。もしかしたら命令を聞かないことで、近いことは言われるかもしれない。でもきっと・・・。
「まったくオマエは、しょうがないやつだなぁ。」
そう言って、笑うのだ。
目の前には、心配そうに見つめるトヲル。その隣では、暗黒が電子オムライスを食べている。暗黒は気にしていないようにみせているが、彼女のチラチラと泳ぐ視線にアナトは気付いてしまった。
なんのことはない。二人ともアナトのことを心配しているのだ。
そうすると、途端にアナトは申し訳ない気持ちになってきた。あんな夢を見ると言うことは、よっぽど焦っていたのだろう。自分の勝手な被害妄想で、夢とは言え、二人にそんな役回りをさせてしまった。素直に顔を見られなかった。
アナトは、なんとか冷静に返事をした。
「だ、大丈夫です・・・。」
「そ、そうか・・・?」
トヲルは不安そうだったが、それについては何も言わなかった。そして、トヲルは話を変える。
「ところで、なぁアナト。」
「え?」
「街中、歩いてみるか?前に色々見てみたい、って言ってたろ?」
普段はカードの中に住むアナト。トヲルは、シオンのようにシルフをほぼ常時出しっぱにはしない。理由はトヲルが恥ずかしいからだ。だから、アナトは街中では軽く日光浴をする程度で、多くの時間をカードの中で過ごしている。
だが、街中を好きに散策したいとは前から言っていたのだ。
「でも・・・。」
「気分転換にさ。」
「ボクと一緒じゃ恥ずかしいんですよね?」
「いや、アナトと・・・、って意味じゃないよ。女性連れなのが気恥ずかしいってだけさ。それともアナトは、俺と一緒じゃ恥ずかしいかい?」
アナトは戸惑った。街を探索することが、ではない。そのセリフを、妙に恥ずかしそうにそう言う、トヲルの表情に戸惑ったのだ。
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