7-1:鈍色の蛹

トヲルは家事を終え、既に自室にいた。熱いお茶を口にゆっくり含む。


いつもなら、すぐにカードからアナトたちを呼び出し、飯を食わせる。アナトは元気に"お腹空いたー!"と言い、大好きな果物を頬張るのだろう。相も変わらず食べながら喋るので、トヲルはそれにツッコむのだ。


それはいつもの光景だ。


・・・だが今、トヲルはカードを手に持ったまま躊躇していた。


昼間の模擬戦で、アナトの鬱積していたものが噴出してしまった。おそらく彼女は、ギガント戦での自身の不甲斐なさを、ずっと気に病んでいた。だが、持ち前の明るさと人懐っこさで、そういう負の部分は見せていなかったのだろう。


だから、彼女がそうなるまでトヲルは気付けなかった。


彼女はAIだ。ただのプログラムだ。そう言ってしまうのは簡単だ。そして、実際にそうなのかもしれない。けれども、トヲルはアナトと過ごすうちに、そんな風に割り切れなくなっていた。


「ペットに電子フードなんて・・・、と思っていたけど。こういうことか。」


トヲルは頭では知っていたが、"それ"を再認識する。


飯を食わせたり、毎度振り回されたり。面倒臭いと感じることもあるが、その慌ただしさは望んでいた非日常でもあった。そして、トヲルにとっての新しい日常なのだ。そこに生まれたのは、もはや情や愛着と言ってもいい。


「そうか・・・。そうだな・・・。」


トヲルは何かを噛み締めるように呟く。


そして、意を決してシルフたちを呼び出した。すぐさまカードから現れるアナトと暗黒。トヲルは努めて優しく、何事もなかったように声をかけた。


「待たせたな。よし、飯にしようか。」


「・・・。」


いつもなら元気に飯を要求するアナトも、今日は静かだった。肩を落とした彼女は、いつもよりもより小さく見える。


暗黒はそんな彼女を見ても、何も言わない。ただ、暗黒が多くを語らないのはいつものことだ。それでもやはり、暗黒の方もいつもとは違う気がした。


トヲルは電子フードを出す。


「さぁ、食べて食べて。」


二人は何も言わずに、目の前の電子フードを食べ始めた。


トヲルは一瞬、ため息を吐きそうになったが、意識して吐かないようにした。そして、意識して笑顔でいた。


だが、暗黒はトヲルの表情を怪訝そうな顔で見た。


「なんだか気持ち悪いな・・・。何なのだ、その張り付いたような笑顔は。」


「え?」


「無理して笑うな。気持ち悪い。」


「・・・。」


トヲルは暗黒にそう言われたが、そうする以外にどうすればいいか分からないのだ。そして、暗黒はアナトへと向き直り、諭すように話す。


「・・・アナト。イイ加減にしろ。うまくいかずに落ち込むのはいい。だが、いつも元気な貴様がそれでは、こちらも調子が狂う。大方貴様は、昼間に言ってしまったことを気にしているのだろう。だが、そんなものは・・・。」


だが、アナトはそれを遮るように言った。


「ご主人様!・・・ご馳走様。美味しかったです・・・。」


「美味しかったって、まだちょっとしか食べてないだろうが。」


「あ、えっと・・・、お腹いっぱいになっちゃいました。あの・・・、戻っていいですか?」


「え?あ、ああ・・・。」


「暗黒ちゃん、ゴメンね・・・。」


「・・・。」


「じゃぁ、おやすみなさい。ご主人様、暗黒ちゃん。」


落ち込んだアナトに、トヲルはなんて言葉をかけていいか分からなかった。引き止めたかったが、彼女の希望通りにカードに入れてやった。


そこで、トヲルはようやっとため息を吐く。だが、暗黒の目は冷たい。


「貴様・・・、早く何とかしろ。」


「分かってるって・・・。暗黒もあまり言い過ぎないようにな。」


「なっ!?私は別に・・・。」


「オマエなりに、元気付けようとしてたんだろ?・・・あんな言い方でも。」


急に本当のことを言われ、あわあわと狼狽える暗黒。


「わ、私は別にだな、そういう・・・。」


「けど、もう少し時間をくれ。アナトには必要だ。そして、俺にも、な。」



次の日の公園。バイトまでの時間潰しだが、トヲルはずっと考えていた。


アナトは相変わらずカードから出たがらない。暗黒は側にいるが、不貞腐れたようにそっぽを向いていた。そこへシオンがやってくる。


「うっす。」


「ああ。」


「変わらず・・・、か。」


シオンはアナトがいないことを確認し、状況が変わってないことを理解した。


「まぁな。・・・ところでさ、シオン。俺に何かできることってないか?」


「は?・・・アナトちゃんは、まだそっとしておいた方がいいんでない?」


「あ、いや、アナトのことはまぁ・・・。そうじゃなくてさ、ギガントマキアの話。俺にも何かできるんじゃないかと思ってさ。」


「ほ、ほう・・・?」


「アナトばかりに任せてないで、俺にもやるべきことがあるんじゃないかと思ってな。他の人がどうやってるのか分からんけど・・・。」


「ふむ・・・。あると言えばあるかな。マスターはギガントの弱点だけど、司令塔でもある。戦っている本人には見えないことも、マスターなら把握できる。そういったことを適切にギガントへ指示できるかは、マスターの力量だな。」


「そうか、司令塔・・・。」


「メニューにナビがあるだろ?基本はアレだな。公園とか障害物の少ないところは恩恵少ないけど、ビル群なんかだと地形データってのは結構重要だよ。気付いてると思うけど、ギガントの攻撃ってのは物理的な建造物を破壊できない。」


「あ、ああ。たしかに剣で攻撃しても、ビルで止まっちゃうな。」


「早い話、ギガントにしてみれば、ビル群ってのは柱だらけの場所なんだよ。それも破壊不能な柱だ。それ以外にも信号機やら電柱やら。障害物になるようなものって、実はかなり多いんだよ。」


地図データを開けるシオン。


XR上に展開されていくそれは、さながら仮想空間のジオラマだ。すぐそこのビルも描画されているが、ギリギリ片手で掴めそうなサイズになっている。


「ほら、こういうの。最近の地図データは、その辺の細かいものも3Dで描画できるだろ?こういうのが全部そう。しかもギガントマキアは、リアルタイムにデータ拾ってるっぽくてな。車とか、現在進行形で動いてるものも対象だ。」


「なるほどな・・・。目視の情報も必要ということか。そういうのを踏まえて、リアルタイムに指示できれば・・・。」


「そういうこと。まぁこれだけの情報を、どうやって同期とってんのか、全く分からんけどな。・・・で、なに?心境の変化?急にやる気になって。」


「まぁ、誰かに何かやれって言う前に、自分も何かやって見せないとさ。説得力ないだろ。それでアナトの負担が軽くなるかは分からんけど、やらないよりはマシだと思うんだよ。」


トヲルが1日考えて見つけた答え。それは、自分でやってみせることだった。

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