6-5
そこはビルの屋上。
先ほどまでランキング戦を観戦していたが、急遽アナトの特訓が始まった。相手は上位ランカーの釘姫。
だが、最初の勝負は一瞬で終わった。釘姫の刀は、アナトの胸に深々と貫いていた。修練モードでダメージはないとは言え、なかなかにエグい状況だ。
実は釘姫もここまでやるつもりはなかった。だが、アナトの急な反転行動が思ったより素早く、釘姫のカウンターがモロに入ってしまったのだ。それはもうこれ以上はないというほど、的確に真芯を貫いてしまったのだ。
結局、一瞬でシルフに戻ってしまうアナト。その場にヘタリ込んでしまった。
「ふえええ、ご主人様ぁ、ごめんなさい。こんなの無理ですよぉ・・・。」
半泣きのアナト。最初から、実力差があるのは分かっていた。だが、ここまで何もできないとは、さすがに想定していなかったのだ。
それはトヲルも同じだった。それこそ、ランスロットにエルドラードが瞬殺されたのを思い出してしまう。"一矢報いる"なんてことも、絵空事のようだ。
すでに戦意喪失してしまった2人を見て、シオンは檄を飛ばす。
「トヲルもアナトちゃんも、訓練なんだから何度だってやったらいい。相手が知り合いだからって、気を抜くなよ?上位ランカーが相手をしてくれるってんだ。胸を借りるつもりで、どーんといったれ!」
「気を抜くも何も、一瞬過ぎて何が何やら・・・。」
紅緋も一瞬で終わってしまったことに、少々困惑気味だった。
「こ、これじゃ、特訓にならないですね・・・。えっと、釘姫。これじゃアナトちゃんの練習にならないので、もう少し手加減をして・・・。」
「いや、いいよ。紅緋ちゃん。」
止めるシオン。
「あのエルドラードに勝つには、一撃も食らわないことが大前提なんだ。逆に言えば、釘姫の動きに少しでも対応できれば、それが可能になるかもしれない。とりあえずは、このまま何度かやってみた方がいいんじゃないか?」
トヲルも気を引き締めなおす。
「そうだな・・・。アナト、どうだ?次行けるか?」
「わ、分かりました!な、なんとか、頑張ってみます!」
アナトは元気に返事を返す。しかし、すでにいつもの元気な彼女ではない。前向きな彼女は、空元気を使ってでも前に進み出そうと懸命だった。
だが、それから何度か挑戦したものの、アナトの結果は燦々たるものだった。そして、見かねた暗黒がついに立ち上がった。
「私が手本を見せようか。」
「え?」
「鎧を外して、武器も軽いものに変えてくれ。装備重量に問題があると言うなら、それで何とかなるだろう?」
それから、暗黒がギガント化する。全身漆黒の鎧はなく、アナトと同様に鈍色の地味な装いだった。手にはナイフが握られている。
暗黒は、ギガント体で全身の感覚を確かめる。前回よりもずっと軽い。力が出ないことに変わりはないが、この軽装ならなんとか動けそうな気がした。
「なるほど。これなら何とかなりそうだ。」
釘姫は、暗黒が準備するのを待っていた。
「暗黒ちゃん、貴方には紅緋を庇って頂いた恩義があります。ですが、これは特訓。アナトちゃんのお手本になるために、私は本気で行きますよ。」
「ああ、そうしてくれ。下手に手加減されても困る。・・・というか、その赤い機体。どこかで見たような・・・?まぁいい、私も本気でいく。これが私の、妻としての役目なのだ。例え模擬戦と言えど、負けるつもりはない。」
「妻・・・?」
「さぁ、いくぞ!!」
実は以前、暗黒と釘姫は野良で戦っている。だが、暗黒は漆黒鎧を脱ぎ捨て、巨大な大剣も持っていない。釘姫は相手があの黒騎士だとは気付かなかった。そして、暗黒の方も記憶力が残念なタイプだった。
それから、暗黒と釘姫の模擬戦が始まった。どちらも凄まじいスピードで、一進一退を繰り返す。
興奮のシオン。
「あ、暗黒ちゃん、すげぇな。滅茶苦茶動けるじゃん!!」
「ほら、アナト。ちゃんと動きを見るんだ。あれがオマエの目指す先だ。」
「は、はい・・・。」
アナトは、賢明に2人のギガントの動きを観察する。必死に必死に。目で追った。だが、その胸中は複雑だった。何かモヤモヤとしたものが、奥底から染み出してくるのを感じていた。そして、それが良くないものだとも分かっていた。
拮抗する釘姫と暗黒。
「暗黒ちゃん、さすがやりますね・・・。」
「フ・・・。釘姫、貴様もなかなかやるじゃないか。だが・・・。」
次の瞬間。暗黒は釘姫の刀を受け流し、そのまま腕をとって投げ飛ばした。そして、釘姫が受け身をとって起きあがろうとしたところに、喉元へナイフの切っ先が突きつけられてしまった。そうして、暗黒の勝ちが決まった。
「私の負けです・・・。」
「貴様は強い。だが、貴様の剣は素直過ぎる。それ故、読みやすいのだ。」
「そうでしたか・・・。」
2人のギガントのやりとりを、トヲルらは驚いて喜んだ。
「なぁ、アナト!暗黒すごいな!あんな動けるんだな!あと釘姫ちゃんもすごいよな!・・・心配するな。アナトだって頑張ればできるって!」
トヲルのその屈託のない言葉。だがその不用意な発言のせいで、アナトに余計なことを言わせてしまうことになる。
「ランキング、暗黒ちゃんが出ればいいじゃないですか。・・・ボク、要らないですよね。」
「え?」
トヲルらはその時になって、ようやくアナトの精神状態に気付いた。
彼女は、仮想空間で生きる高性能AIだ。だが、高性能すぎるのだ。それは、人と同じように喜び、悩む。いつも笑顔の彼女だって、何度も失敗する度に傷を抱えるのだ。そして、それは奥底に蓄積され、突如噴出してしまった。
「アナト・・・。」
トヲルは、何も言えなくなる。そして結局、その日はそれで終わりとなった。
*
トヲルはこれからバイトへ行くため、紅緋・シオンと別れる。
「じゃあ俺、もうバイトだから。」
「ああ、うん。また明日な。」
「あの・・・、すみません。私、余計なことしてしまって・・・。」
「いや、紅緋ちゃんは悪くないよ。悪いのは俺だ。」
実はあの後すぐ、アナトは自分からカードに入れてくれと言ってきた。そんなこと初めてのことだった。バイトに行く時は必ずカード化していくのだが、今回は状況が違う。アナトはかなりシュンとしていた。
アナトは、ずっとギガント戦をうまくできずに落ち込んでいた。更には、心の奥底にあった仄暗い気持ちを口にしてしまった。もしかしたら彼女にとっては、そのことの方がよりショックだったのかもしれない。
「トヲル、まぁちょっと様子をみようよ。・・・って言っても、割とすぐランキング戦なんだけど。こればっかりはしょうがない。」
「わかってる。少し時間をくれ。」
そう言って、トヲルは2人と別れた。
「さて、どうしたもんかな・・・。」
空に、鈍色の薄い雲が染み出す。トヲルはそれを眺め、ため息をついた。
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