6-1:鈍色は深く深く

トヲルは、シオンにクラン設立を持ちかけられた。


だが、トヲルは、不意の話に理解が追いつかない。クランを作るも何も、トヲルはまだデビューすらしていない状況だ。やったのはせいぜい模擬戦程度で、ランキングどころか、未だ野良戦すら参加したことがないのだ。


そんなトヲルの後ろでは、相変わらずアナトたちがワチャワチャと戯れている。暗黒ももう脱ぐのをやめたようなので、とりあえずは放っておいても良いだろう。どのみち、ツッコんだところで聞きやしないのだから。


トヲルは、改めてシオンに確認する。


「クラン?・・・それって、ギガントマキアのグループだよな?作って欲しいってことは、俺がリーダーになれって話?」


「うん、そう。」


「んー?・・・いやいや、俺、まだデビューすらしてないんだけど。」


「大丈夫大丈夫。何とかなるって。」


「ならんて。なんで初心者の俺なんだよ。シオンがやればいいだろ。」


「俺に、そんな責任あるポジションが務まると思ってんのかよ!!一体オマエは、俺を何だと思ってんだ!?俺は結構イイ加減なんだぞ!?」


「知ってるって・・・。無責任さを力説すんな。というか、そもそもクランって、そんなに重要なものなのか?」


「すげー重要!・・・クランには助け合いの側面もあるけど、一番のメリットはコンクエに参加できることだよ。コンクエストな。相手陣地、・・・要は、街を占領できるのさ。」


「占領?」


トヲルにはピンとこない。ギガントが街を占領するから何なんだろうか、と。


「ギガント関連って、トヲルはまだ俺からしか買ってないから意識してないだろうけど・・・。実はこれ関係の商売には、税金がかかってんだよ。しかも自動でな。勝手に差っ引かれてる。通貨Gグリードの取引すべてにな。」


「税金って、購入価格の何パーが・・・、とかってことか?」


「そう。これが結構馬鹿にならなくてな。あとは、他にも色々あるけど・・・。とにかくそういうものが、支配しているクランに取られてってんだよ。税率とかは自由に設定できるしな。」


「ふぅん・・・。」


「俺みたいに商売してるやつには、結構デカいんだって。・・・って、トヲルちゃん、興味なさそうね・・・。」


「だって、それ。結構な額になるってことだろ?」


「そうな。だから、そのクランは寝てても大金が入ってくるってわけさ。不労所得ウマウマー!やるしかねぇだろ!?」


「うーん。」


「なんで、そんなやる気ないのよ・・・。」


「普通に考えて・・・。それで勝つには、どんだけ金が必要になるんだ?」


「そこはまぁオイオイ・・・。」


「やっぱりか。オマエ、ホント計画性ないな・・・。」


「さすがはトヲルちゃん!俺にはその計画性・・・?そういうのないからさー!やっぱ、トヲルちゃんがクラン長やってくれんと!」


「おだてんな。とにかく俺はやらんぞ。大金はたしかに魅力的だが、勝てる見込みゼロだろうし。だいたい2人でどうせと。」


「そりゃ、仲間増やしてくしかないんじゃない?トヲルちゃんの人望と、・・・頭脳と策略で。」


「その人望と策略が、一介の高校生からポンと出てくると思ってんのかよ。大体、まだデビューもしてないんだぞ?知り合いなんて・・・。ん?知り合い?」


トヲルは、ふと紅緋のことを思い出した。だが、トヲルはその思いつきを、ブンブンと頭を振って振り払う。その様子を見ていたシオン。


「ん?なんだ?誰か知ってんの?」


「・・・いや、別に。」


「ああ、そうだそうだ。デビューの件は、心配しなくていいぞ。俺がランキング申し込んでおいたから。」


「・・・はぁ!?オマエまた、そんな勝手に・・・っ!?」


「だって、トヲルに任せておいたら、一生デビューせんだろうが。慎重過ぎるんだよ。そんなの勢いで行けよ。男ならもっとブワーっとやれ。」


「だったらオマエも、クランのリーダーぶわーっとやれよ。」


「それは嫌です。元々クラン長になってもらいたくて、トヲルを誘ったんだよ。暗黒ちゃんの件があって、なかなか言うタイミングがなくてな。」


「そっちの方が、手っ取り早く金になりそうだったからだろうが。」


「そうとも言う。」


「コイツ・・・。」


トヲルは頭を抱える。何やかんやで、トヲルのデビュー戦が決まってしまった。そしてその通知は、後日トヲルの元に送られてくるのだが・・・。



とある街角。紅緋は背後からの男性の声に、反射的に身体が強張る。


「紅緋ちゃん・・・。」


「ひっ!?・・・あ、ああ。ト、トヲルさん・・・。」


その声の主はトヲルだった。紅緋の強張った身体は、一気に弛緩した。


トヲルは、挙動不審な紅緋を街中で見かけ、しばらくその様子を見ていたのだ。彼女はどうやら危険がないか路地から覗き、確認ができると歩を進める、といったことを繰り返していた。


ギャグ漫画のスパイでもやらなそうな行動だが、おそらく彼女は至って本気なのだろう。だが、周囲から見ればかなり目立っていた。普通に行動していた方が、よっぽど安全なのではないかと思ってしまうほどだ。


トヲルが疑問だったのは、あれほど怖い思いをして、なぜ彼女は再び街へ来たのかだ。家が貧乏で、ギガントマキアに生活がかかっているなら納得はできる。だが、彼女の家は裕福だ。それほどの何かがあるとは、到底思えない。


トヲルは努めて冷静に、優しく語りかける。


「しばらくは、控えた方が良いって言ったよね・・・?」


「えっと、あの・・・、はい。言ってました。でも、私、ごめんなさい・・・。でも、私・・・、トヲルさん!!ごめんなさいっ!!」


紅緋はそう言って、突然走って逃げようとした。


「あ、ちょっと!!」


トヲルは、咄嗟に紅緋の手首を掴んでしまった。紅緋は一瞬転びそうになり、トヲルが慌てて彼女の肩を掴んで支えた。


「ご、ごめん、引っ張って。・・・でも待ってよ。どうして逃げるの?別に俺は怒ってるわけじゃないんだ。キミが心配なだけだ。・・・それが、キミにとって迷惑だって言うなら、俺は・・・。」


トヲルは、酷く悲しそうな表情をした。トヲルが紅緋に言った助言は、本心から彼女の身を案じてのことだ。だが、それを迷惑だと彼女が感じているのであれば、トヲルはそれ以上何も言うべきではない。


紅緋は、トヲルの表情から全てを察する。そして、胸の奥が苦しくなった。唇を強く噛み、自分の行動が正しいことなのか分からなくなってしまう。


見かねた釘姫が、紅緋に提案をする。


「・・・紅緋。トヲルさんに話してみたら・・・?」


「・・・。」


紅緋は少し考えた。そして、ゆっくりと口を開く。


「トヲルさん。私には、ギガントマキアをやめられない理由があります。」


「理由?・・・それは、キミの身の危険を天秤にかけても、優先されるほどのものってことなんだよね?」


「はい・・・。」


紅緋は、トヲルの目をじっと見つめた。


「・・・人を探しているんです。」

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