5-5

次の日の公園。トヲルの側で、アナトと暗黒が何やら会話をしている。


ただそれは、会話というよりも、一方的にアナトが喋り続けているような様子だ。暗黒は、それを正座して聞いており、ひたすらに"はい。はい。"と素直に聞いている。なんとも不可思議な光景だった。


そこへ、シオンと瑤姫ようきがやってくる。


「こんちゃっすー、って。アナトちゃん、何してんの?」


シオンは、アナトと暗黒のやりとりを不思議そうに眺めていた。


アナトは伊達メガネをクイっと押し上げて、腕を組む。そして、まるで家庭教師のように、暗黒に言って聞かせる。


「いいですか、暗黒ちゃん?貴方も第二夫人なんですから、今までのような言葉遣いではいけませんよ?きちんとご主人様を敬ってください。」


「はい・・・。」


「私たちはご主人様の嫁なんです。私たちの一挙一動がすべて、ご主人様の評価に繋がることを自覚してください。」


「はい・・・。」


ひたすら正座して、相槌を打つだけの暗黒。以前の傲慢さはすっかり影を潜め、もはや素直な相槌マシーンとなってしまった。


トヲルはそれを止めることなく、遠くを見つめている。若干引き気味のシオン。


「なに、これ・・・?」


「なにこれって。オマエが余計なこと言ったせいで、もう収拾つかんのよ。」


「え!?俺のせい!?もしかして、昨日のまだ続いてんの!?」


「オマエが、嫁だの夫人だのって言うから・・・。」


「え、あ、いや。だからって、こうはならんでしょ・・・。もしかして暗黒ちゃん、あれからずっとああなの?」


「ああっていうか、どんどんひどくなってな・・・。昨晩も、自分は虫がどうの、虫じゃなくてどうのって。」


「虫、好きなの・・・?」


ギガント化したが、まともに動けなかった暗黒。その落胆は相当なものだったようで。しかも、ギガント化によって急上昇したテンションが、その勢いのまま真っ逆さまに急下降してしまったようだ。


トヲルはため息をつく。


「まぁそれで、アナトが昨日のシオンの話を持ち出してきてさ。夫人とはくあるべし、・・・なんてことを語り出して。」


「それ、気のせいか・・・、俺、悪くなくない・・・?」


「なんで、毎日食っちゃ寝してるだけのやつが、そんなに偉そうなのか知らんが。というか、あのホワイトボードはどっから持ってきたんだ・・・?」


彼女らの様子を見ていると、何やら電子ホワイトボードに図が書いてある。汚くて解読できないが、おそらくはトヲルやアナトの関係を図式しているのだろう。アナトはその図に、指示棒で暗黒に指し示す。


「いいですか、ここ!ここ大事!ご主人様は一人。そして、妻は二人。」


「はい・・・。」


「さぁ大変!一人余ります!・・・そこで、なんと!!妻には優先順位が付けられているのです!」


「はい・・・。」


その様子を横目に、シオンはつぶやく。


「・・・なんていうか、大したことは言ってないな・・・。」


「だいたい、夫人じゃないって何度も言ってんだけどな。」


アナトの講釈にも熱が入る。


「いいですか!暗黒ちゃんは第二夫人なんです!ボクの下なんですよ!」


「はい・・・。」


暗黒は口を尖らせながら、俯いて返事をした。


心なしか泣きそうにも見える。意を決してトヲルとリンクしてギガント化したのに、結局まともに動けなかったのだ。彼女からすれば、不本意であっても嫁になったつもりなのだ。相当にショックなのだろう。


だが、シオンがそこに口を挟んだ。


「えっと、あれから少し考えたんだけどさ。暗黒ちゃんのギガント、何らかの理由で総出力値が下がってんじゃないかな?」


「総出力値・・・?下がる・・・?」


暗黒は聞き慣れない言葉なのか、それをオウム返しする。アナトもよく分からないようで、シオンに聞き返す。


「下がることなんてあるんです?」


「いや、普通はないと思うけど、暗黒ちゃんはちょっとイレギュラーな存在だしなぁ。昨日のあの様子だと、装備重量が超過してんじゃないかと思ってさ。」


その意見には、トヲルも合点がいったようだった。


「なるほど。じゃあとりあえず、全部脱いじゃえばいいんじゃないの?」


「え?」


トヲルのその言葉に、目が点になる暗黒。


「こ、こここここ、この私に裸になれというのかっ!?・・・くっ!?そうか、そうだな・・・。娶られるということは、そういうことなのだな・・・。」


「またなんか勘違いしてんな、コイツ・・・。」


「ああ、いいさ!好きにするがいい!!私のこの柔肌を好きにするがいいさ!!私は貴様の第二夫人なのだからな!!」


「だから、第二夫人じゃないって!その設定、いい加減忘れろ!・・・というか、これなんだ。既視感が。アナトの時もそんな話になったような。」


グッタリするトヲルの言葉に、反応するシオン。


「え?トヲルちゃん、アナトちゃんも脱がしちゃったの?え?マジ?」


「脱がしてない!」


トヲルがシオンにツッコむ。だが、アナトは自身の身体を抱くように、身体を小さくさせた。


「え・・・?あの時の、あの言葉は嘘だったんですか?」


「あの時のって、あの言葉って。一体どれの話だ。・・・もうオマエまで、話をややこしくするな。」


トヲルはアナトにもツッコむ。だが、今度は暗黒が暴走し始める。


「そ、そうか。アナト、貴様も・・・。分かった、従おう。もはや私に選択権はないのだな・・・。」


そう言って暗黒は、シルフの姿のまま、何やら脱ぎ始めた。トヲルは、あらん限りに狼狽える。


「いやいやいや!いや違うから!装備重いから外せって話をしてんだって!シ、シルフじゃないぞ!?ギガントの方な!?とりあえず脱ぐのやめろ!」


「ギガント・・・?なぜ?私には第二夫人としての・・・。」


「いや、それもういいから!」


「う、うう・・・、こ、こんな辱めを・・・。」


「だぁ!!だから、オマエ、シルフで脱ぐんじゃない!!」


ひたすら脱ごうとする暗黒を、トヲルは必死に止めた。


そんな風にトヲルはドバドバと冷や汗をかいていると、シオンがニコニコと語りかけてきた。


「・・・でだ。ところで話変わるけど、トヲルに頼みがあるんだよ。」


「は?いや、オマエ。今、それどころじゃ・・・。」


「ほら、前に仕事手伝ってって、話したじゃん?トヲルにはさ、クラン作って欲しいんだよね。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る