5-4
トヲルは、目の前の光景に絶句した。
「こ、これは・・・っ!?」
シオンにおいては、興奮し過ぎて語彙力が消滅した。
「アレじゃん!それの、アレじゃん!やっぱ、これ、アレじゃん!!」
トヲルとリンクすることで、ついに暗黒はギガント化できたのだ。
暗黒は、マスターに依存しない奇異な存在である。だが、マスターのネクタルを必要とするということでは、アナトたちと同じなのだろう。
その巨大な黒は、公園の中で異様な存在感を示す。闇が染み出したような漆黒の鎧と、鈍く光る黒い刀身の大剣。そして、蠢く闇夜のマントを纏う。まるで、闇が人の形をとって具現化したような姿だった。
歓喜に震え、叫ぶギガントの暗黒。
「取り戻したぞ!!私は、ついに元の姿を取り戻したぞ!!」
やはり、暗黒こそがあの黒騎士であったのだ。アナトと瑤姫も驚いている。
「ふああ!?暗黒ちゃんのギガント!?つ、強そうです!!」
「まぁまぁね・・・。私ほどじゃないけれど・・・。」
感情が高まった暗黒は、背中の大剣に手をかけた。
「ふ・・・。待ち侘びたぞ、この時を。雪白!!首を洗って待っていろ!!貴様の素っ首、私が刮ぎ落としてやる!!」
暗黒は叫び、大剣を勢いよく抜いた。だが・・・。
「ん、なぁ!?・・・・・・ぶへぇっ!!?」
暗黒は抜いた大剣の勢いに負け、そのまま地面に投げ出されてしまった。突如うつ伏せでダイブする形になり、派手に顔面を地表に打ち付けてしまう。
「うわぁ!!オ、オイぃ!?あ、暗黒!!?」
「あ、危ねぇ!!ちょ、暗黒ちゃん何やってんの!?」
トヲルとシオンは、暗黒が突如倒れたことで潰されかけた。一応、被害はなかったが、アナトも瑤姫も気が気ではない。
だが、それから暗黒がいくら剣を振ろうとしても、まともに扱えなかった。端的に言えば、大剣の重さに対して、筋力がまるで足りていないような印象だ。それどころか鎧が重くて、身体もまともに動かせないように見えた。
「どういうことなんだ・・・?」
トヲルらも原因が分からない。
だがその後も、暗黒はまともに動けるようにはならなかった。そして彼女は両手両膝をつき、その巨体のまま大地に項垂れた。再び彼女は、自分自身を小虫が如く蔑み始めてしまう。
「なぜだっ!?なぜこの身体は動かないのだっ!?これでは本当に虫ケラではないかっ!?・・・くっ!甘んじて第二夫人になったというのに!!」
「だから、なってないって!!」
トヲルは、項垂れる巨人に向かってツッコミを入れた。だが、それからの彼女はより一層落ち込みまくった。それはもう、かける言葉も見つからないほどに。
結局、シオンの作戦は失敗した。
ギガント化を成功させ、暗黒の気を良くさせる。そして、2000万円級の情報を聞き出す作戦が。もはや、下手なことも言えない雰囲気になってしまった。
*
その頃、別の場所。紅緋は、路地から通りをこっそりと覗いていた。
いつもと変わらぬ街中。先日、ゴロツキたちに絡まれてから、すっかり街へは通いにくくなった。だが、彼女には明確な目的がある。だからこそ、どんな思いをしたとしても、ギガントマキアを止めるという選択肢はなかった。
「ふぅ・・・。あの人たち、いないみたい。」
「そうですが・・・。くれぐれも程々にしてくださいよ。トヲルさんにも止められてますから。またあんなことがあったら・・・。」
「釘姫は心配性だね。」
「心配にもなります!実際、怖い思いをしたでしょう?・・・私はあの時、何もできませんでしたから。」
「そんなことないよ。トヲルさんが駆けつけてくれたのって、結果的には、あのとき釘姫が叫んでくれたからでしょ?」
「それはそうですが・・・。それにしても、あの黒髪のシルフは誰だったのでしょうか。」
「トヲルさんの・・・?でも、トヲルさんのシルフは、アナトちゃんなんだよね?私を連れて逃げる時、黒髪の人はそのまま置いていっちゃったし。あの人は結局、誰のシルフだったんだろうね。」
トヲルと暗黒が合流したのは、トヲルが紅緋を家まで送った後だ。だから、紅緋は暗黒とまともに会話をしていない。結局、長い時間放っておかれたことで、暗黒はその後に拗ねに拗ねてしまっていた。
「とりあえず、どこかで待とうか。行くよ、釘姫。」
「とにかく、今日はこれだけですよ?ランキング戦1回だけ。それが終われば、すぐに帰りますからね?」
「わ、分かったよ。トヲルさんに、また心配かけたくないしね。」
ランキング戦は、マッチした相手とのスケジュール次第だ。実は、定期的にランキング戦へ参加しないと、降格してしまうのだ。今日を逃せば、ランキングがかなり下がる。今回は、不戦勝になるわけにいかなかった。
紅緋らは、見晴らしのいい川縁に陣取った。そこは、ギガントマキアには格好の場所だった。彼女は中学生であり、まだ行動範囲には制限がある。学校の規則でお店にも入れないので、開けた場所でないと視界が確保できないのだ。
「時間、もう少しあるね。次の相手は・・・。」
紅緋は、XRメニューから相手の情報を開いた。釘姫もそれを覗き込む。
だが、そこで偶然、とある人物と目が合う。
「あ・・・。」
紅緋は全身が強張り、肩にギュッと力が入る。気が付いた釘姫も身構えた。
「あ、あの男は・・・っ!?」
それはミツオだった。先日、紅緋を追い回した、ガラの悪い金髪男。それがまた再び目の前に出現したのだ。紅緋は一瞬で後悔した。どうしてここに来てしまったのだろうと。どうして、トヲルの言いつけを守らなかったのだろうと。
ミツオは紅緋に気が付くと、不機嫌そうな顔をした。
「・・・ケッ!」
だが、何をするでもなく、すぐさまその場から立ち去ってしまった。
「え・・・?」
「・・・また、仲間を連れてくるんでしょうか・・・?」
「う、ううん。そんなカンジじゃなかったけど・・・。」
結局、その日はそれ以降、紅緋の前にミツオは現れなかった。
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