5-2

ましろは、人工的な自然公園の中にいた。


ここは、いつぞやに雪白ゆきしろがギガントを蹂躙していた場所だ。関係者以外は立ち入れないせいか、都市部にあっても静かで空気が澄んでいる。かすかな木漏れ日が心地よく、時間がゆったりと流れていくように感じてしまう。


隣には、ましろのシルフ"ランスロット"。そして他には、白い制服の男性が1人と、パーカーを着た少女が1人。それに彼らのシルフたち。


その白い制服を着た男性が、口を開く。


「ましろさん。例の黒騎士の件ですけど、どうにもまともな情報がないッスね。まぁ金が絡むと、こうなることは予め分かってはいましたけど・・・。それにしてもガセばかりッス。毎回確認してますけど、徒労感がやばいッスよ。」


彼は、ましろと同じ高校の後輩"ミナト"。体育会系の爽やかな青年だ。腕を組み、むむむと唸っている。そして、その隣では、同じように腕を組んで唸るシルフ。彼女もまた、主人と同様に爽やかな印象のある女性だった。


そして、その隣の少女が眠そうな顔で話し始める。


「ましろ様。それで結局、黒騎士って何なんです?そんなに金かけてまで、捕まえる意味って・・・。そりゃ私ら、ましろ様の命なら喜んでやりますけど。でも、相手が何なのか分からないと、探しようがないというか・・・。」


彼女は中学生の"トウカ"。白地に派手なプリントのパーカーを着ており、一目で少々やんちゃなタイプだと見て取れる。ガムをくちゃくちゃとする様は一昔前の不良を彷彿とさせるが、シルフは対照的に大人しそうだった。


二人は、クラン"白き円環"のメンバーだ。ましろは二人の話を聞き、意見を真摯に受け止める。


「ふむ・・・。まぁ情報の件は、ある程度予想はしていたよ。ボクはその結果によって、黒騎士の行動を制限できれば・・・、と考えていただけさ。」


「は、はぁ・・・。」


「ただ、こうも動きがないというのは、おかしいね。そうすると、アレはまだ"人の手に渡っていない"ということかもしれない。」


「・・・それって、雪白と同じタイプってことッスか?」


ミナトは頭の後ろで腕を手を組み、少しだけ身体を逸らす。雪白はましろのシルフだが、ミナトはどうにも彼女が苦手だった。嘘のつけないタイプのミナトは、それがつい仕草に出てしまう。・・・本人は軽いストレッチのつもりだが。


「ましろ様、そもそもアレは何なんです?マスターに縛られないシルフなんて。私らには、よっぽどアレの方が何かあるように思えますが・・・。」


トウカは、雪白のことを"アレ"と呼ぶ。トウカも同様に、雪白のことが苦手だった。いや、むしろ嫌いと言ってもいい。意識してか、彼女はその名を口にすることすら避けていた。


そんな二人の空気は、ずっと前からましろも察していた。


「まぁ、彼女のことはいずれ話すよ。・・・今はまだその時ではない、かな。」


「はぁ・・・。」


その時、トウカの背後で声がした。


「なぁに?私の悪口かしら?」


「ひっ!?」


トウカは身体を硬直させた。その声の主は雪白だった。ミナトも驚いている。


「相変わらずの地獄耳ッスね。雪・・・、アーサー。」


雪白のことは、"アーサー"と呼ぶ決まりになっていた。ましろ以外がそう呼ぶと、彼女は怒るのだ。雪女のような見た目とは違い、存外子供っぽい性格だ。下手に機嫌を損ねると、後が面倒で仕方がない。


「そりゃあ、私は巫女だもの。大抵のことは分かるのよ。」


「巫女・・・?」


ミナトはその言葉の真意が分からず、困惑してしまう。


ましろはニコニコとした笑顔で、雪白に声をかけた。


「やぁ、雪白。ご機嫌よう。昨晩はゆっくり休めたかい?」


「ましろ!!酷いじゃないのよ!帰ってきてるなら、そう言ってよ!私、ずっと待ってたんだからね!!」


「ごめんごめん。色々やることがあってね。」


「もう、知らない!!」


プンプンと可愛らしく拗ねる雪白。まるで子供か恋人のように振る舞う。それは彼女なりの甘え方であった。だが、突如くるりと向き直り、不機嫌さを隠そうともせずにランスロットを睨みつけた。


「そうそう、紛い物のランスロット。貴方、ましろと外で遊んできたみたいじゃない?ましろは私のものなの。・・・貴方、何か勘違いしていないかしら?」


「い、いえ。雪白様。決して私はそのような・・・。」


「いつ、私の名を呼んでいいと言ったのよ!?紛い物の仮想人格のくせに!!私のことを、二度とそんな風に呼ばないでちょうだい!私と貴方では、モノが違うのよ!?私は選ばれた人格なの!!貴方とは違うの!!」


「も、申し訳ございません。・・・アーサー様。」


「まぁまぁ、雪白。ボクとしては、名前は統一したいんだよ。だから、アーサーって名を別に用意したんだけど・・・。」


「それって、ましろの好きな登場人物の名前でしょ!?・・・ましろは別なの!特別なの!私はましろにだけは、ちゃんと名前で呼んで欲しいのよ!!どうして乙女心が分からないの!?」


ましろはニコニコとした笑顔を崩さず、ひたすらに雪白を宥める。


だが、そのいつもの様子に、頭を抱えるミナト。


実は、雪白がこのように駄々をこねるのはよくあることなのだ。その度に、こうして話がよく止まってしまう。それも急にふらっとやってきて、急にふらっといなくなる。自分勝手な彼女に、ましろ以外も随分と振り回されているのだ。


だが、彼女の存在はたしかに特別だった。マスターのペットリソースを必要とせず、自立している存在だ。奇しくもそれは、あの暗黒と同じ状態なのだが、ミナトらには黒騎士の詳細までは知らされていなかった。


ましろは雪白の頭をポンポンと撫でる。大抵は、これで雪白の機嫌は良くなるのだ。今回も案の定、彼女の癇癪は収まった。


ましろはゆっくりと口を開く。


「そうだな、雪白。もうそろそろ、キミにも手伝ってもらおうかな。」

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