4-1:紅は白きに揺蕩う

森に囲まれた場所。


そこは自然なものではなく、人工的に作られた施設の一部。都市部の中にある大きな自然公園で、関係者以外は立ち入ることができない。


そこに、ひとりの男子高校生がいた。


白を基調とした制服に身を包んでおり、ゆったりとした所作から上品さが窺える。その制服は、全国でも指折りの名門高校の制服だった。偏差値だけでなく、家柄も重視される。いわゆるボンボンが通う学校である。


そして、彼の目の前に女性が現れる。


彼女もまた、白を基調とした装いだ。切長の目に、すらりと伸びた長い手足は、濃厚な妖艶さを纏う。その印象から、冷徹な"雪女"という単語が思い浮かぶだろう。それは、彼女の周りだけ温度が下がったように錯覚してしまう程だ。


彼女は、男子高校生の肩にそっと触れ、すぐさま彼の背後から熱く抱きしめる。いつしか彼女の冷たい空気は掻き消え、ねっとりと甘えた声を発する。


「・・・ねぇねぇ、どうだった?どうだった?ねぇ、ましろぉ?」


"ましろ"と呼ばれた男子高校生は、自身の首に巻き付いた彼女の腕にそっと触れる。そして、ゆっくりと口を開き、優しい声色を響かせる。


「うん、良かったよ。・・・アーサー。やはりキミは素晴らしい。」


「もう!そんなよそ行きの名前で呼ばないで!?ねぇ、ちゃんと呼んで?」


「しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ?キミは、ここではアーサーなんだから。・・・雪白ゆきしろ、良くやったね。えらいよ、よしよし。」


「うん!私はましろのシルフだもん!最強なんだもん!だから、もっと良い子良い子して?」


「・・・でも、少々やり過ぎかな。これでは練習にならないよ。」


彼らの目の前に広がる光景。それは燦々たるものだった。そこには、十数体のギガントが倒れていた。この惨状は、彼女ひとりによって行われたのだ。


「えー?ちゃんと手加減したよぉ?だって、殺してないでしょ?みんなギガントのままで、シルフには戻ってないでしょ?」


「ふふ、そうだね。キミはちゃんと手加減していたね。僕が悪かったよ。でも、もう少し彼女らの訓練になるよう、やってくれると嬉しいかな。雪白だって、一人で世界の全員と戦うわけにはいかないだろ?兵隊は必要だよ。」


「えー?いらないよぉ、兵隊なんて。全部私が壊してあげる。私は、ましろがいれば他に何も要らないの。他のことなんて、全部どうでもいいんだから。」



バイトを終えたトヲルは、自室に戻ってお茶を啜る。そして、2枚のカードを取り出し、2人のシルフ女性を出現させた。


「ごーはーんー!!」


出てくるなり、食事を要求するアナト。


最早毎日のことで、トヲルも疾うに慣れていた。彼女らが出てきた瞬間に、電子フードも準備する。アナトの皿には、電子イチゴがいっぱいだった。


「わわっ!?ほわああ!?美味しそー!!いっただきまぁーす!!」


ムシャムシャと果実を頬張るアナト。彼女はもう放っておいても良いだろう。トヲルは、その様子を見てため息をつく。


「はぁ・・・。なんか、思いのほか食費が嵩んでいるような・・・。」


現実よりもずっと安いとはいえ、電子フードもタダではない。毎日ともなれば、それなりに金がかかる。しかし悩みつつも、トヲルは少し笑っていた。アナトの幸せそうに頬張る顔を見ると、"まぁいいか"と思ってしまうのだ。


そして、アナトの隣に暗黒が座っている。しかし彼女は、目の前の電子フードには手をつけていない。そんな彼女に声をかけるトヲル。


「あー、暗黒ちゃん?お腹空いたろ?ほら、ご飯食べな?今日もキミが好きなオムライスだよ?」


「・・・。」


だが、彼女は項垂れたまま、ピクリともしない。


暗黒は余程オムライスが気に入ったのか、毎度毎度こればかりを要求していた。不思議なことに、オムライスだけでも様々な種類があり、なかなかに凝った作りの電子フードだった。


本来なら暗黒も目を輝かせて食事にありつくのだが、ここ数日はこのようにグッタリとしていた。その原因は、彼女がギガント化できないと発覚したことだ。それから幾度となく彼女は挑戦した。だが、一向にその気配もなかった。


さすがにトヲルも、かける言葉を失っていた。


「・・・あ、えっと・・・。暗黒ちゃん?」


「私はもうダメだ。虫ケラだ。・・・いや、ミジンコだ。ふ・・・、何の役にも立てずに飯ばかり食うなぞ、ミジンコ以下だ。ふふ、ミジンコに失礼だな。最早ゴミ。・・・いや、それ以下のクズだ。」


あれほど傲慢だった彼女が、もう見る影もないほどに落ち込んでいた。なにせ、どうしようもなく戦闘センスのないアナトですら、ギガント化できているのだ。プライドの高い彼女からすれば、それは無理もないことだろう。


「ま、まぁ、ギガント化できないのは、たぶんネクタル不足だよ。だから、マスターとリンクすれば、すぐできるようになるんじゃないかなー?」


この会話は今までも何度かしている。暗黒は口を尖らせて、今にも泣きそうな恨みがましい目でトヲルを見つめる。


「貴様とひとつになれと?・・・この私に?軍門に下れと?」


「いやぁ、別に軍門とかそういう・・・。」


口がへの字に曲がって、今にも泣きそうな暗黒。彼女の何かがそれを許せないのだろう。必死に堪えている。


「わんほふひゃん、ひゃひゃふられひょう?」


しかし、空気の読めないアナト。


彼女はモゴモゴと果実を食べながら、電子オムライスを暗黒の顔の近くに持ってくる。すると、暗黒はそれをパッと奪い取り、掻き込むように食べ始める。・・・実は最近、ずっとこういうパターンのやりとりが続いていた。


「どうしたもんか・・・。」


トヲルは部屋の隅を見ながら、深いため息をついた。

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