3-5

いつもの公園。


すでにトヲルのシルフ"アナト"も、シオンのシルフ"瑤姫ようき"もギガント化していた。公園の池を挟んで互いに距離をとり、開始を今か今かと待っている。彼女らはこれから、この修練モードで模擬戦を行おうとしていた。


結局暗黒は、あれからあまり多くは語ってくれなかった。あまり深く突っ込んでしまうと、彼女の機嫌を損ねる可能性もあった。そのため、トヲルは無理をせず、時期を伺うことにした。


そして、今日は予定していたギガントの練習日。


アナトのギガントは、まだまともな装備もない。殆ど未強化なので、鈍色の地味な見た目だ。片手にナイフを一本だけ装備。前回、クラス"ウォーロック"でやらかしてしまったので、結局クラス"ハンター"に変更した。


そして、瑤姫のギガントは、全身を紫で統一した華美な装いだった。動きにくそうな長いローブのようなものを着ている。その手には、大きな杖を持ち、いかにも魔法を使いそうな見た目だ。


緊張するトヲルの耳に、シオンからの無線が入る。


「・・・準備はいいか?」


「ああ。いつでも。」


トヲルは答える。そのトヲルの肩には、シルフ"暗黒"が寄り添っている。


「私は、ここで見ていればいいのか?」


「そうしてくれ。これは練習だが、あの子の初対戦なんだ。助言とかもらえれば、俺も助かる。とりあえずは、俺とアナトだけで頑張ってはみるが。」


「ふむ。分かった。」


無線のシオンが言う。


「こっちはいつでもいいぜ。胸を貸してやるから、いつでも来な。・・・ああ、こっちの無線は切ってからな。作戦筒抜けになるからよ。」


「ああ、じゃあまたあとでな。」


そう言ってトヲルは、シオンとの無線を切る。シオンは今、公園の池を挟んで向こう側にいる。


トヲルはアナトへ無線を飛ばす。


「よし。アナト、行くぞ!ぶちかませ!!」


「はい!!・・・って何をすれば?」


「何って、戦うんだろうが。あくまでも模擬戦だから、相手のダメージとかは気にしなくていいぞ。」


「それは分かっていますが、具体的な作戦とかは・・・?」


「いや、作戦って言ったって、オマエ。できることと言えば、素早さで撹乱して、ナイフで攻撃するだけだろうが。・・・まぁそうだな。機動力を活かして、まずは魔法を躱すことに専念するんだ。」


「はぁ・・・。」


気のない返事のアナト。そんな風にトヲルらがもたもたしていると、瑤姫のいる方向から何かが飛んできた。


それは初級魔法のエネルギー弾だった。ギガントとの対比では、野球のボール程度の大きさだ。当たったところで、ギガントには大したダメージはない。その代わり、大きなノックバックが発生する。


「うわああああああああ!!」


それをモロに食らうアナト。公園の端っこまで吹き飛ばされる。


「ア、アナト!?オイ!?初手はこっちから攻撃するんじゃないのかよ!?」


すると、外部スピーカーで瑤姫の大きな声が聞こえてきた。


「貴方たち、おっそいのよ!!敵は待ってくれないのよ!?ほぉら、避けられるものなら避けてみなさいよぉ!!おーっほっほっほ!!」


「えぇ・・・?瑤姫ちゃんって、あんなキャラなの・・・?」


それから次々と飛んでくるエネルギー弾。ただし、その速度ははっきり言って遅い。冷静であれば、避けるのはそれほど難しくはない。だが・・・。


「うわあああん!!瑤姫ちゃん酷いよぉ!!」


泣きながら避けるアナト。しかし、エネルギー弾の軌道を見て避けているわけではなく、闇雲に避けている。そのせいで、殆どの弾に当たってしまっていた。


エネルギー弾はアナトに連続でヒットし、激しくノックバックを起こす。彼女の身体は公園外のビルに激突し、やっと止まった。


トヲルはアナトに言う。


「アナト、無事か?まだ戦えるか?防戦一方はダメだ!オマエの武器は素早さしかないんだ。とにかく足を使って撹乱しろ!」


「ううう・・・。もうやだぁ・・・。」


だが、アナトからは泣き言しか返ってこない。


瑤姫の方は、すでに勝ち誇っている。


「ほぅら、子猫ちゃん?さっさと来なさい?まさかそれで終わりなのぉ?なら、さっさと降参なさい?頭を地面に擦り付けてお願いするなら、やめてあげてもいいのよぉ?おーっほっほっほ!!」


「くっそぉおおお!!」


走り出すアナト。瑤姫に向かって真っ直ぐに向かっていく。思わず叫ぶトヲル。


「ああ!!馬鹿!!正面から行くな!!」


「はい、お馬鹿さん。」


正面に向かって、次々とエネルギー弾を発射する瑤姫。だが、アナトは左に回り込むように軌道を変える。


「お、おお!?」


それはトヲルの予想外の動きだった。アナトは動きで撹乱しようと、直線から急激に方向転換したのだ。だが・・・。


瑤姫はつぶやくように言う。


「その程度のこと、予想していないと思っていたの?」


アナトが瑤姫に今一歩というところまで近づくと、それは発動した。あの罠魔法だった。アナトの足元から、罠による爆発が起こる。


「「あ!」」


同時に叫ぶトヲルとアナト。


派手な爆風で、空中に吹き飛ぶアナト。


「うわあああああああ!!・・・ぐへっ!?」


そのまま地面に落下。そして、ぐったりしているアナトに向かって、大量のエネルギー弾が浴びせられた。


「あははははは!!貴方、この前はよくもかましてくれたわね!!どう!?罠にかかる気持ちは!!?このこのこのこのぉ!!!」


「あいーーーーー!!ごめんさあーーーーい!!」


アナトは、そのままギガント化が解けてしまった。そして、トヲルのすぐそばにシルフ体で再出現した。


「だ、大丈夫か・・・?」


心配するトヲル。


「・・・はい、一応・・・。」


だが、アナトはグッタリしている。トヲルは、遠くのギガント体の瑤姫を見る。


「ウォーロックの罠魔法か。瑤姫ちゃんって、実は結構根に持つタイプかも。相当私怨が篭もってたような・・・。」


そこで、今まで黙って見ていた暗黒が、初めて口を開く。


「ひどいな・・・。」


「え、ああ。すまん。こんな体たらくで助言も何もないな。」


「全くだ。良かろう。私が見本を見せてやろう。」


だが、暗黒は腕を組んだまま、何も起きない。


「ん?ギガントになるんじゃないの?」


「・・・え?あれ?なぜだ!?なぜ、元に戻れんのだ!?」


それから少し頑張ってみたが、結局、暗黒はギガント化できなかった。

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