3-1:深淵に映える黒
トヲルは自宅に帰り、いつものように家事を行っていた。
「お?・・・
「・・・。」
相変わらず、妹の永遠から返事はない。彼女は口を尖らせてる。
少し前なら、この表情は怒っているものだと思っていた。だが、実はそうではない。褒められて嬉しいが、どうやらそれを堪えているみたいなのだ。
難しいお年頃なのか、ただ単にこの子の特性なのか。あまり口を開かないので、意思疎通も難易度が高い。それでも、トヲルは永遠のことを大事に思っていた。
中学の時、トヲルは何もかもが嫌になった時期があった。父親は再婚後すぐに蒸発し、新しい環境でトヲルは居場所がなくなったのだ。その時はまだ、新しい家族とまともな関係を築けていなかった。
だが、永遠は何も言わずに、そばに居てくれた。彼女はトヲルに寄り添い、トヲルの袖をギュッと握った。その時のトヲルには、それだけで十分だった。
「よし、勉強みてあげようか?」
「・・・。」
頭をぶんぶん振る永遠。そして、何かを持ってくる。それは宿題だった。
「ん?宿題か?・・・お、もう終わってる!すごいなぁ永遠。えらいえらい。」
トヲルは、永遠の頭を撫でる。だが、永遠は頭をぶんぶんと振り、トヲルの手を振り払う。そして、そのまま走って行ってしまった。
「ああ、オイ。走るなって!・・・ふ、ふふ。」
少し顔が綻んでしまったトヲル。それはいつもの日常だった。
・・・だが、今、トヲルは問題を抱えていた。
*
トヲルの自室。お茶を啜る。
「さて、どうしたもんか・・・。」
手には、カードが2枚。・・・いつものように1枚から、声が聞こえてくる。よく聞かなくとも、何を言ってるかは予想がつく。
「分かったって、今出してやるから。」
トヲルは、カードからアナトを出してやった。
「もう!!早く出してくださいよぉ!!こっちはもうもうお腹が・・・。」
ぎゃーぎゃーと喚くアナトの前に、トヲルはすかさず電子果実を出した。
「・・・ライチだよ。これは俺も何度か食べたことあって、結構好きかな。」
「ほわぁ!!美味しそう!!それじゃ、いただきます!!」
アナトは、むしゃむしゃと電子ライチを頬張る。
「ほ、ほれわぁ!?あまふってー、やふぁらふふってー!?」
「だから、黙って食えって。オマエはなんでいつも、食べながら喋るんだ。」
それから黙々と食べるアナト。しばらく放置しても問題なさそうだ。
・・・問題は、もう一枚のカードだ。
「さて・・・。」
「ほれは、ひうまろらつれすくぅあ?」
アナトは、ジュルジュルと果汁を垂らしながら喋る。
「・・・ん?何言ってるか分からないけど、昼間のあの子だよ。」
そう、このカードの中には、すでにあるシルフが入っている。・・・それは、路地裏で見つけた黒髪のシルフ女性だ。
実はあの時、トヲルはシオンを呼んだ。
*
それは、倒れているシルフ女性を見つけた時のこと。
トヲルはバイトの時間が差し迫っていたので、シオンに任せて行こうとした。しかし、シオンはそれを許さない。
「いやいや。面倒事を他人任せて、ってのはズルくない?」
そういうと、シオンは手持ちのブランクカードに彼女を格納した。そして、それをトヲルに渡す。
「・・・え?あ、オイ。こんなの俺貰ったって。」
「とりあえずだ。とりあえず。・・・俺も、こんな状態のシルフなんて見たことないんだよ。シルフが単独で倒れてるなんて・・・。見たところ、誰かに使役されてるとかでもないみたいだしな。野良シルフってとこか。」
「って言ったって、俺が持ってても・・・。」
「まぁ明日また話そうぜ。何かあったらコールしろよ。・・・って、バイトは時間大丈夫なのか?」
「・・・ハッ!?うわあああああ!!マズイ!?」
結局、トヲルは謎のシルフ女性が入ったカードを、預かることになってしまった。
*
「はぁ・・・。」
そしてトヲルは、バイトが終わって今は自宅にいる。やはりため息が出る。
「なぜ、あそこで倒れていたかを確認するにしても、この子自身に聞くしかないしな・・・。」
「れも、らろよはりっらいられらんれひょうれー?」
「ああ、うん?・・・うーん。」
アナトは、大好きな果物を頬張りながらモゴモゴと喋る。相変わらず、何を言ってるか分からない。
「まぁ、彼女が目覚めるのを待つしかないか。というかこれ、放っておいても目覚めるのか?シルフは病気とか、怪我とかって無いの?」
「ふぁふぁひふぁひふぁ、ろふにひょううひゅう・・・。」
「あ、うん、いや。食べ終わってから、ゆっくり聞くよ・・・。」
アナトは、口の中の果実をごくんと飲み込む。
「ん・・・、んぐっ。・・・シルフは、怪我してもすぐ治りますよ。ネクタルがあれば・・・、ですが。」
「ああ、マスターのエネルギーだっけか。・・・じゃぁこの子も初期設定でリンクすれば・・・。あれ?でも他の人のシルフだったりしたら、どうなるんだ?やっぱ勝手にやるのはマズイよなぁ。」
悩んだ挙句、結局トヲルは彼女に初期設定をしなかった。
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