3-1:深淵に映える黒

トヲルは自宅に帰り、いつものように家事を行っていた。


「お?・・・永遠とわ、今日の晩御飯は全部食べたんだな。えらいぞ。・・・美味しかった?」


「・・・。」


相変わらず、妹の永遠から返事はない。彼女は口を尖らせてる。


少し前なら、この表情は怒っているものだと思っていた。だが、実はそうではない。褒められて嬉しいが、どうやらそれを堪えているみたいなのだ。


難しいお年頃なのか、ただ単にこの子の特性なのか。あまり口を開かないので、意思疎通も難易度が高い。それでも、トヲルは永遠のことを大事に思っていた。


中学の時、トヲルは何もかもが嫌になった時期があった。父親は再婚後すぐに蒸発し、新しい環境でトヲルは居場所がなくなったのだ。その時はまだ、新しい家族とまともな関係を築けていなかった。


だが、永遠は何も言わずに、そばに居てくれた。彼女はトヲルに寄り添い、トヲルの袖をギュッと握った。その時のトヲルには、それだけで十分だった。


「よし、勉強みてあげようか?」


「・・・。」


頭をぶんぶん振る永遠。そして、何かを持ってくる。それは宿題だった。


「ん?宿題か?・・・お、もう終わってる!すごいなぁ永遠。えらいえらい。」


トヲルは、永遠の頭を撫でる。だが、永遠は頭をぶんぶんと振り、トヲルの手を振り払う。そして、そのまま走って行ってしまった。


「ああ、オイ。走るなって!・・・ふ、ふふ。」


少し顔が綻んでしまったトヲル。それはいつもの日常だった。


・・・だが、今、トヲルは問題を抱えていた。



トヲルの自室。お茶を啜る。


「さて、どうしたもんか・・・。」


手には、カードが2枚。・・・いつものように1枚から、声が聞こえてくる。よく聞かなくとも、何を言ってるかは予想がつく。


「分かったって、今出してやるから。」


トヲルは、カードからアナトを出してやった。


「もう!!早く出してくださいよぉ!!こっちはもうもうお腹が・・・。」


ぎゃーぎゃーと喚くアナトの前に、トヲルはすかさず電子果実を出した。


「・・・ライチだよ。これは俺も何度か食べたことあって、結構好きかな。」


「ほわぁ!!美味しそう!!それじゃ、いただきます!!」


アナトは、むしゃむしゃと電子ライチを頬張る。


「ほ、ほれわぁ!?あまふってー、やふぁらふふってー!?」


「だから、黙って食えって。オマエはなんでいつも、食べながら喋るんだ。」


それから黙々と食べるアナト。しばらく放置しても問題なさそうだ。


・・・問題は、もう一枚のカードだ。


「さて・・・。」


「ほれは、ひうまろらつれすくぅあ?」


アナトは、ジュルジュルと果汁を垂らしながら喋る。


「・・・ん?何言ってるか分からないけど、昼間のあの子だよ。」


そう、このカードの中には、すでにあるシルフが入っている。・・・それは、路地裏で見つけた黒髪のシルフ女性だ。


実はあの時、トヲルはシオンを呼んだ。



それは、倒れているシルフ女性を見つけた時のこと。


トヲルはバイトの時間が差し迫っていたので、シオンに任せて行こうとした。しかし、シオンはそれを許さない。


「いやいや。面倒事を他人任せて、ってのはズルくない?」


そういうと、シオンは手持ちのブランクカードに彼女を格納した。そして、それをトヲルに渡す。


「・・・え?あ、オイ。こんなの俺貰ったって。」


「とりあえずだ。とりあえず。・・・俺も、こんな状態のシルフなんて見たことないんだよ。シルフが単独で倒れてるなんて・・・。見たところ、誰かに使役されてるとかでもないみたいだしな。野良シルフってとこか。」


「って言ったって、俺が持ってても・・・。」


「まぁ明日また話そうぜ。何かあったらコールしろよ。・・・って、バイトは時間大丈夫なのか?」


「・・・ハッ!?うわあああああ!!マズイ!?」


結局、トヲルは謎のシルフ女性が入ったカードを、預かることになってしまった。



「はぁ・・・。」


そしてトヲルは、バイトが終わって今は自宅にいる。やはりため息が出る。


「なぜ、あそこで倒れていたかを確認するにしても、この子自身に聞くしかないしな・・・。」


「れも、らろよはりっらいられらんれひょうれー?」


「ああ、うん?・・・うーん。」


アナトは、大好きな果物を頬張りながらモゴモゴと喋る。相変わらず、何を言ってるか分からない。


「まぁ、彼女が目覚めるのを待つしかないか。というかこれ、放っておいても目覚めるのか?シルフは病気とか、怪我とかって無いの?」


「ふぁふぁひふぁひふぁ、ろふにひょううひゅう・・・。」


「あ、うん、いや。食べ終わってから、ゆっくり聞くよ・・・。」


アナトは、口の中の果実をごくんと飲み込む。


「ん・・・、んぐっ。・・・シルフは、怪我してもすぐ治りますよ。ネクタルがあれば・・・、ですが。」


「ああ、マスターのエネルギーだっけか。・・・じゃぁこの子も初期設定でリンクすれば・・・。あれ?でも他の人のシルフだったりしたら、どうなるんだ?やっぱ勝手にやるのはマズイよなぁ。」


悩んだ挙句、結局トヲルは彼女に初期設定をしなかった。

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