2-5

トヲルはバイトを終え、家に帰った。そして、いつものように家事を終える。自室で緑茶をすすると、自然とため息が出た。


それは、深いため息だった。


「はぁ・・・。」


だが、何か物音が聞こえた。どこからだろうと探っていると、それはXR内のインベントリ内からだった。


「何の音だ?・・・もしかして、これか?」


トヲルはそれを取り出す。それは電子データ上のカード。シルフを収納しておくためのものだ。そこから、薄っすらと小さな物音が聞こえていた。よく聞こえず、耳を当てるトヲル。それは、籠ったように聞き取りにくい。


聞き覚えのある女性の声だった。


「・・・ご主人様ぁ!!部屋に着いたなら、早く出してくださいよぉ!!」


アナトだった。


日中、ギガント化でやらかした後、バイトへ行くのでアナトをカードに格納した。今日のバイトは特に忙しく、そのことをトヲルもすっかり忘れていたのだ。


カードの端をトントンと指で弾くと、カードからアナトが飛び出してきた。


「ちょっと!!酷いじゃないですか!ずぅ〜っと閉じ込めたままで!!どれだけ監禁するつもりなんですか!!」


「ああ、ゴメンて。今日はちょっとバタバタしててさ。忘れてたよ。」


「それよりも早く食事にしてください!お腹ぺこぺこなんですよ!!?お腹と背中がくっ付いちゃいますよ!?」


「ああ、分かった分かったって・・・。」


そう言って、トヲルは電子果実を取り出す。


・・・と言っても、XRのペット用の食料だ。キャラクターに食事を取らせることに、何の意味があるかは分からない。ただ昨今の電子ペットブームでは、こういった一手間も人気なようだ。そのため、電子フードは種類が豊富だった。


「・・・こ、これなんです?あまり美味しそうな形では・・・。」


「ドラゴンフルーツって言うらしい。結構レアみたいよ。」


「へぇ、そうですか。ちょっと食べてみます。ではいただきますね。」


そう言って、アナトはそれを割ってみる。


「おぎゃぁ!?虫がいっぱい!!これ、きっと不良品です!!」


「違う違う。それは種だ。俺も一回しか食べたことないけど、美味しいよ。」


勿論、それは現実の話だ。電子フードに、味なんてあるのかは分からないが。


「うむむむ・・・。」


アナトは、それを恐る恐る口に入れる。すると、パアッと表情が明るくなった。


「うおお、こひぇうわぁ!!おいひぃくぉも・・・っ!!ほひゅひんはぁまもぅ・・・っ!!」


「いやもう、食べながら喋んな。いいから、黙って食え。」


「ほわぁ〜い!!」


そう言って、アナトは黙々と果実を食べ始めた。


トヲルはその様子を見ながら、また茶を啜る。そして、ため息を吐く。



夕方。


トヲルは、いつものように公園にいた。アナトは、ニコニコ顔で電子みかんを食べている。そこへ、シオンからコールが入る。


「なんだ?どうした?」


「・・・今すぐ、〇〇のとこの交差点に来い!出たぞ、黒騎士だ!!今やってる!!」


「ええ!?」


アナトを連れ、トヲルは息を切らしながら走る。目的地にはシオンがいた。


「おお、来た来た。遅いぞ!!」


「オマエ・・・、はぁはぁ。これでも全速力で走ってきたんだぞ!!」


「それよりほら、黒騎士だ!!」


トヲルはここに来る間も、巨大なギガント"黒騎士"が見えていた。ただ、こんな近くまで足元に近付くと、改めてその威圧感に圧倒される。全身漆黒鎧の大剣使い。流麗なその動きは、見るものを魅了する。


・・・だがその時、その美しい体捌きは見る影もなかった。


「なんだ、どういうことなんだ?」


トヲルは困惑する。膝をつく黒騎士。明らかにもうやられる寸前だ。


「あれだ、通称"白騎士"。・・・"白銀はくぎんのアーサー"だ。」


トヲルは、シオンの指し示す方向を見る。


そこには、片手剣と盾を持った純白鎧のギガントが立っていた。黒騎士と対をなすように全身真っ白の装いだった。埃ひとつもないような美しいマントに身を包む。その佇まいは、まさに王者の風格だ。


「元々、黒騎士ってのは正式名称じゃなく、白騎士になぞらえた呼び名だ。あっちこそ本家本元さ。そして、トップクラスのランカー様さ。」


「ランカー・・・。でも、黒騎士はなんでボロボロなんだ?これは野良戦なんだろ?さっさと逃げればいいじゃないか。」


「それなんだがな、黒騎士の様子がおかしいんだよ。妙に突っかかってるというか。もしかしたら、何か因縁があるのかもな。」


トヲルとシオンが見てる中、黒騎士は最後の力を振り絞る。白騎士に向かって両手剣の突進を食らわせる。しかし、そのスピードは、明らかに本調子ではないように見えた。


それを、易々と盾で弾くアーサー。


体勢を崩す黒騎士。そこへ、アーサーの片手剣がモロに入ってしまう。そして、黒騎士はとうとう地に伏してしまう。


だが、黒騎士は這うように逃げ始める。それは、今までの姿からは想像もできないほど、あまりにも見苦しい姿であった。しかし、途中で力尽き、黒騎士のギガントは消滅してしまった。



戦闘が終わり、トヲルとシオンは帰るところだった。


「白黒両方見られるなんて、俺らツイてたな。やっぱ白騎士強ぇわ。」


「白騎士か・・・。でも、なんだったんだろうな、黒騎士のあれ。」


「さぁな。調子悪そうだったが。・・・これからバイト行くんだろ?」


「ああ、俺はこっちだ。こっちの方がバイト先に近い。じゃあ、またな。」


「おう。」


トヲルはシオンと別れ、バイト先へ向かう。そして、近道をするために、普段は使わないような路地裏を通った。


だがそこで、トヲルは人が倒れているのを発見してしまう。


「うおっ!?人が死んでる!?」


トヲルは、恐る恐るその人に触れる。・・・だが、感触がない。


「・・・あれ?これってシルフ・・・、か?」


そこに倒れていたのは、黒髪の美しいシルフ女性だった。

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