2-2

いつもの公園。


「はぁ・・・。」


トヲルはため息を吐く。これは朝からずっとだった。


・・・そして、いつものようにシオンがやってくる。


「よお!今日もバイトか?」


「バイトだよ。・・・行けたらな。」


「なんだよ、なんかムスッとしてんな。・・・ふむ。無事に初期設定終わったみたいだな。」


シオンは、トヲルのシルフ少女"アナト"をまじまじと見つめる。シオンの肩に寄りかかるシルフ"瑤姫ようき"も、同じように彼女を見つめている。


「・・・随分仲良いな。ベタベタじゃん。」


トヲルとアナトの関係性を見て、ニヤニヤとするシオン。トヲルと主従関係を結んだアナトは、昨晩のやりとりが嘘のように懐いてしまっていた。今では、後ろから首に抱きつくように、ギュッと身を寄せている。


だが、トヲルのため息は深い。


「・・・オマエ、ちゃんと言っておけよ・・・。一度出したら引っ込められないって・・・。」


実はこのシルフ、既存のペットリソースを上書きしてしまっていた。しかも、オンオフの設定も抹消されており、常時出っ放しの状態。つまり、トヲルの横には、常にアナトが出っ放しなのだ。・・・学校だろうと、バイト先だろうと。


だが、とぼけるシオン。


「ん?あれ?言ってなかったっけ?」


「ギガントの方は、インストールしないと見えないみたいだけど・・・。よくよく考えたら、シルフはインストールしなくても見えてたんだよな。・・・ってことはだ。引っ込められないなら、俺もう、学校もバイトも行けないだろうが。」


「あははははは!」


「笑いごっちゃねぇ!!元々入ってたガラスケースは消えてしまうしさ。」


「それでか。やたら、コール来てたの。すまんな、ちと出れんかった。・・・で、そのまま忘れとった。ふはっ!オモロ!」


「俺、今日学校サボったんだぞ?こんな女連れで行けるかよ・・・。」


「ぶははははは!」


シオンは自分の膝をバンバン叩き、大爆笑している。


「俺は今、・・・オマエを殴っても許される気がする。」


シオンは笑いを堪えながら、おもむろに電子データのカードを取り出した。うっすらと透けて見える不思議なカードだった。


「すまんすまん、言い忘れてたよ。こういうのがあんのよ。見た目はカードだけど、シルフ用の部屋かな。普段はこれに住まわせておけばいい。」


「へぇ・・・。その小さいのに入れておけばいいんだな。・・・って、そんなの、昨日の時点で渡すべきだろうが・・・。」


そう言って、トヲルはそのカードに手を伸ばす。しかし、シオンはそれをさっと取り上げてしまう。


「おおっと?・・・タダじゃぁ、あげらんないなぁ?」


「・・・。」


シオンのその悪戯っぽい仕草に、あからさまにムッとしたトヲル。無言の圧で責め立てる。


「・・・ぶはっ!あははは、冗談だって。ほらよ。」


トヲルは、シオンから手渡されたカードを見る。だが、トヲルのシオンへの疑心暗鬼は収まらない。


「もう無いだろうな?」


「え?」


「こういうのもう無いだろうな、って言ってんのよ。」


「怒るなって。・・・ああそうだ、ギガントの設定とかまだだろ?」


トヲルはムスッとしたままだった。


その時、後ろからアナトに声をかけられた。


「あの・・・、ご主人様?もうそろそろ紹介してもらっても?」


アナトは、トヲルとシオンのやり取りをじっと見ていた。だが、一向に話に混ぜてもらえずヤキモキしていたのだ。


「え?ああ、コイツはシオンっていうんだ。俺の・・・、悪友だな。」


「悪友はひどいな。俺たち親友だろ?」


「・・・で、その隣が瑤姫ちゃん。キミと同じシルフだよ。」


「そうですか。・・・はじめまして、ボクはアナトと言います。シオンさん、瑤姫さん、よろしくお願いしますね。」


「お、おおう、よろ・・・、しく。」


瑤姫はニコッと微笑みを返すが、シオンはなにやら戸惑っている様子だ。


「すげぇな。オマエのシルフは、えらい懐っこいな。珍しいタイプ。」


「え?そうなの?」


「ああ、うん。・・・あまりないかな。」


「なんか設定間違えたか?昨晩だって、色々大変だったんだが・・・。」


「大変?どんな風に?」


シオンにそう尋ねられたが、トヲルはあの"いやらしいご主人様"みたいなやりとりに触れたくはなかった。どうせまた、シオンは大爆笑することだろう。


「いや、まぁ色々とな・・・。」


「でもまぁ、いいじゃん。いきなりもう、親密度MAXってカンジで。」


「そんなパラメーターがあんのか・・・。」


「いや無いけど、やたらイチャイチャしとるし・・・。」


こんな会話をしている最中も、アナトはずっとトヲルに抱きついている。さすがにトヲルも、遠回しに嫌がっている素振りを見せる。


「・・・だから、近いんだって。もうちょい離れてさ・・・。」


「だって、離れるとなんだか調子が・・・。くっ付いてると、すごく調子が良いんですよ!元気が溢れてくるというか!もっとこう、この辺の角度が・・・。」


ふわふわと浮遊しているアナトは、トヲルの周りをぐるぐる回る。そして、自身の胸に、トヲルの顔を埋めるようにぎゅうぎゅうに引っ付いてくる。


「だぁ!やめろって!近っ!近いって!」


思わず赤面するトヲル。感触も何もないのだが、アワアワと狼狽えてしまう。


「ふはははは!トヲル、楽しそうで良かったな!」


トヲルとアナトのやりとりを見て、シオンは再び爆笑した。


トヲルの日々の退屈は、とっくに吹き飛んでいた。・・・それが望んだものかは別として。

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